筋肉に胎児期の位置記憶が存在することを発見~筋疾患の病態メカニズムと再生医療開発に新たな視座~

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2021-06-10 熊本大学,日本医療研究開発機構

ポイント
  • 筋肉とその再生を担う筋幹細胞*1は、身体の位置による固有の情報(位置記憶)をもっていることを発見しました。
  • 位置記憶は、胎児期に手足などのからだの形作りに働くホメオボックス(Hox)遺伝子*2群の発現パターンに基づくことがわかりました。
  • 本研究成果から、筋ジストロフィー*3などの筋疾患の病態解明の手掛かりを得るとともに、位置記憶を応用した再生医療の開発に役立つことが期待できます。
概要説明

熊本大学発生医学研究所の吉岡潔志研究員、小野悠介准教授の研究グループは、長崎大学、九州大学、京都府立大学との共同研究により、全身に隈なく分布する成体の骨格筋(筋肉)およびその再生を担う筋幹細胞(図1)は、身体位置固有の情報(位置記憶)を保持していることを発見しました。この位置記憶は胎児期から維持されており、胚発生過程にからだの設計を司るホメオボックス(Hox)遺伝子群の発現とその遺伝子座*4のDNAメチル化*5パターンにより可視化することができました。また、マウスの後肢の筋幹細胞を頭部筋に移植すると、後肢のHox遺伝子を維持した状態で頭部筋が再生されることから、強力に固定された位置記憶は移植再生治療に影響を与える可能性が示唆されました。


図1.筋幹細胞は必要に応じて増殖し筋線維を新たに作る(筋再生)

さらに、筋幹細胞特異的にHoxa10遺伝子を欠損させたマウスでは後肢における筋再生不全が見られ、発現位置に依存した筋再生不全の表現型を呈することがわかりました。このメカニズムの解析を行い、Hoxa10遺伝子は後肢における筋幹細胞の正常な細胞分裂に欠かせない機能を持っていることを突き止めました。また、マウスと同様、ヒトにおいても筋幹細胞の位置記憶は保存されていることを確認し、本研究結果から、筋幹細胞の位置記憶は単なる胎児発生の残存ではなく、身体位置固有の機能を担っていることが明らかになりました。

難治性筋疾患である筋ジストロフィーはいくつかの病型があり、脆弱化する筋肉の身体位置は病型によってそれぞれ異なります。また、サルコペニアとよばれる加齢による筋肉の脆弱化も身体位置の特異性があります。しかし、一見同じようにみえる筋肉になぜ位置特異的な症状が出るのかは全く分かっていません。今後本研究グループは、位置記憶の機能的な側面から筋疾患のメカニズム解明に取り組むとともに、位置記憶を応用した新たな筋再生治療の開発を進めていきます。

本研究成果は、米国科学誌の「Science Advances」に2021年6月9日(米国東部時間午後2時)に掲載されました。

説明
背景

全身に分布する骨格筋の大きさや形状は解剖学的に多様であり、またその機能も身体動作のみならず、姿勢維持、呼吸、咀嚼、嚥下、表情表出等と多岐にわたります。一方で、難治性筋疾患である筋ジストロフィーにはさまざまな病型が存在し、身体内で症状が表出する位置は病型毎に異なることが知られています。たとえば顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーは、疾患名の通り、主に顔面・肩甲帯・上腕の部位が脆弱になっていきます。また、サルコペニアとよばれる加齢による筋脆弱化も、全身を通して均一には起こりません。これらの筋疾患の身体位置による症状は、筋線維タイプ*6の違いや身体活動様式だけでは説明できないことから、それぞれの病態解明に向けた新たな視座を必要としています。

身体を構成する骨格筋のルーツを遡ると、咀嚼筋など頭部筋の多くは頭部中胚葉由来、前脛骨筋などの四肢筋は体節由来といったように、胎児期の段階で筋肉の基となる細胞の発生起源が異なっています。また、胎児期における四肢筋と頭部筋の発生には、発生起源に応じた特有の分子機構が関与することがわかっています。一方、出生後、成熟した骨格筋の身体位置による性質の違いについては、これまで十分に議論されていませんでした。そこで今回、骨格筋とその再生を担う筋幹細胞のエピゲノム*7状態や遺伝子発現パターンを調べることで身体の位置情報を可視化することに取り組みました。

研究の成果

成体マウスの頭部と後肢から単離した骨格筋およびそれに付随する筋幹細胞を用いて、DNAメチローム解析*8によりエピゲノムレベルでの位置特異性を調べました。その結果、ホメオボックス(Hox)の遺伝子座におけるDNAメチル化状態に特徴的な差がみられました(図2)。AからDの4つのクラスターのうち、頭部と比べて、後肢の骨格筋と筋幹細胞では、特にHox-A遺伝子座が全体的にDNA高メチル化状態になっていたほか、後肢の骨格筋と筋幹細胞ではともにHox-A遺伝子が高発現していることが確認できました。また、これらのHox-A遺伝子の多くは、胎児期での発現パターンを反映していました。以上のことから、骨格筋や筋幹細胞は胎児期の位置情報を記憶(位置記憶)しており、位置記憶にはDNAメチル化によるエピゲノム制御が関与している可能性が示唆されました。


図2.位置記憶の可視化
後肢の筋幹細胞と骨格筋にはHox-A遺伝子のDNA高メチル化とHox-A遺伝子群の発現がみられる


続いて、Hox-A遺伝子のうち、頭部筋では全く発現せず、全ての四肢筋でのみ高発現がみられたHoxa10遺伝子に絞って、詳細な解析を行いました。マウスからHoxa10を発現する後肢由来の筋幹細胞を単離し、Hoxa10を発現しない頭部筋へ移植したところ、頭部筋にHoxa10遺伝子の発現が検出されるようになりました。つまり、後肢由来の筋幹細胞は異所性に移植しても位置記憶を強力に保持したまま頭部筋に生着したことを示しています(図3)。


図3.筋幹細胞の異所性移植による位置記憶の獲得

次に、筋幹細胞特異的にHoxa10遺伝子を欠損するマウスを作成し、Hoxa10の機能を解析しました。その結果,Hoxa10欠損によりの後肢筋の再生は著しく障害される一方,頭部筋の再生には全く影響を与えませんでした(図4)。後肢筋の再生障害のメカニズムを詳細に調べた結果、筋幹細胞の分裂の際に生じる染色体分配異常によるゲノム不安定性に起因することを突き止めました。


図4.筋幹細胞特異的Hoxa10欠損マウスの筋再生能評価

さらに、ヒト筋組織から筋幹細胞を単離・培養する方法を確立し(Yoshioka et al., Front Cell Dev Biol 2020)、ヒト頭部筋および下肢筋の筋幹細胞を用いて解析したところ、下肢筋のみHOX-A遺伝子を発現し、HOXA10遺伝子の機能を阻害すると細胞分裂異常がみられることから、マウスと同様にヒトの細胞においても位置記憶を保持していることを確認しました(図5)。


図5.ヒト筋幹細胞はマウスと同様にHOX遺伝子発現に基づく機能的な位置記憶を保持する

以上の結果から、位置特異的なHox遺伝子発現分布を基盤とした筋幹細胞の位置記憶は、単なる胎児期からの残存ではなく、骨格筋の身体の位置に応じた性質を決定している可能性が示唆されました。

展開

今後は、本研究で明らかになった筋幹細胞の位置記憶の機能的な側面から、筋ジストロフィーを含む様々な筋疾患でみられる症状の身体位置特異性のメカニズム解明につながることが期待されます。また、採取した位置とは異なる位置に移植する異所性移植実験により、筋幹細胞は位置記憶を維持した状態で生着し筋再生することがわかりました。見方を変えると、異所性移植により再生した骨格筋は、本来の位置情報を持たないため正常な機能が損なわれる可能性があります。実際、本研究グループは骨盤底筋から採取した筋幹細胞を後肢筋に異所性移植すると、性ホルモンに対して感受性が高い骨盤底筋の特徴が後肢筋に付与されることを観察しています(Yoshioka et al., Acta Physiol 2021)。これらの知見から、今後本研究グループは、細胞の位置記憶を人為的に制御すること、あるいは位置記憶が刻まれた細胞の性質を適材適所に活用することで筋疾患に対する再生治療応用に展開していきます(図6)。近年、iPS細胞からさまざまな組織前駆細胞への分化誘導や大量培養技術の開発が急速に進んでいますが、誘導した前駆細胞の位置情報は考慮されていません。このような筋幹細胞の位置記憶の概念は、骨格筋のみならず全身に分布する組織における効果的な再生医療の開発を進める上で新たな視座を提供すると考えられます。


図6.今後の展開
筋疾患の病態位置特異性の解明と位置記憶を応用した移植再生治療

特記事項

本研究は、熊本大学発生医学研究所(吉岡潔志、長久広、北嶋康雄、瀬古大暉、土屋吉史、小野悠介)、京都府立大学生命環境科学研究科(亀井康富)、九州大学生体防御医学研究所(野上順平、大川恭行)、九州大学医学研究院の医化学分野(三浦史仁、荒木啓充、伊藤隆司)および病態制御内科学分野(小川佳宏)、長崎大学病院の整形外科(米倉暁彦、岡崎成弘、千葉恒)および口腔外科(大場誠悟、住田吉慶、朝比奈泉)、長崎大学医歯薬学総合研究科(伊藤公成)により行われました。

本研究成果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の再生医療実現拠点ネットワークプログラム「骨格筋幹細胞のポジショナルメモリーに則した筋再生治療基盤の構築」21bm0704036h0003、「骨格筋幹細胞の不均一性・階層性原理を応用した筋再生治療法の開発」18bm0704010h9903およびAMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)20am0101103、日本学術振興会 科学研究費(16J09948,17H03608,18H03193,18K19749,20J01490,20K19537,20H00456)、武田科学振興財団、日本理学療法士協会、熊本大学国際先端研究拠点、熊本大学発生医学共同利用・共同研究拠点、九州大学生体防御医学研究所共同利用・共同研究拠点、トランスオミクス医学研究拠点ネットワーク形成事業の支援により得られたものです。

用語解説
*1.筋幹細胞
骨格筋の組織幹細胞。サテライト細胞ともよばれる。骨格筋は筋線維の束で構成されており、筋幹細胞は筋線維と基底膜の間に位置している。筋幹細胞は強力な筋再生能をもつため、筋疾患への再生治療として応用が期待されている。一方で、その機能や数の低下はさまざまな筋脆弱症に関連すると考えられている。
*2.ホメオボックス(Hox)遺伝子
胎児期における前後軸(頭と尾の向き)に沿ったからだの構造や手足などのパターン形成を指令する遺伝子。脊椎動物では4本の染色体上にHox-AからHox-Dまでの4つのクラスター(遺伝子グループ)を形成し、各クラスターには13種類のHox遺伝子が存在する。発生期に適切な組み合わせとタイミングでHox遺伝子を発現することで、からだの形態が正しく決定される。
*3.筋ジストロフィー
筋肉の壊死と再生を繰り返す遺伝性筋疾患の総称。進行性で筋量や筋力の低下をもたらす。さまざまな病型があり、それぞれ症状が出る位置や程度が異なる。
*4.遺伝子座
染色体上の遺伝子の位置。
*5.DNAメチル化
DNAのCpGという塩基配列のシトシンにメチル基が付加されること。DNAメチル化は一般的には遺伝子発現を抑制する働きがある。しかし最近の研究ではDNAメチル化はHox遺伝子に関しては逆に遺伝子発現を正に調節する可能性も報告されている。
*6.筋線維タイプ
骨格筋は、速筋(白筋)と遅筋(赤筋)の2種類に大きく分類される。速筋は、持久力は乏しいが瞬発的に大きな張力を発揮することができる。一方、遅筋は、持久力に優れるが瞬発的収縮はできない。
*7.エピゲノム
細胞内のDNAの塩基配列を変えることなく、遺伝子の発現を制御する仕組みで、DNAのメチル化は主要なエピゲノム制御の1つ。
*8.DNAメチローム解析
全ゲノムレベルでのDNAのメチル化パターン(メチローム)を解析すること。
参考文献

Yoshioka K, Kitajima Y, Seko D, Tsuchiya Y, Ono Y. The body-region-specificity in murine models of muscle regeneration and atrophy. Acta Physiol (Oxf). 2021 Jan;231(1):e13553.

Yoshioka K, Kitajima Y, Okazaki N, Chiba K, Yonekura A, Ono Y. A Modified pre-plating method for high-yield and high-purity muscle stem cell isolation from human/mouse skeletal muscle tissues. Front Cell Dev Biol. 2020 Aug 13;8:793.

論文情報
論文名
Hoxa10 mediates positional memory to govern stem cell function in adult skeletal muscle(Hoxa10は成体骨格筋における筋幹細胞の位置記憶を媒介する)
著者
吉岡潔志1,2,3,長久広1,三浦史仁4,荒木啓充4,亀井康富5,北嶋康雄1,2,瀬古大暉1,2,3,野上順平6,土屋吉史1,2
岡崎成弘7,米倉暁彦7,大場誠悟8,住田吉慶8,千葉恒7,伊藤公成3,朝比奈泉8,小川佳宏9,伊藤隆司4,大川恭行6
小野悠介1,2,10*
所属
  1. 熊本大学発生医学研究所 筋発生再生分野
  2. 長崎大学医歯薬学総合研究科 筋骨格分子生物学研究グループ
  3. 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 分子硬組織生物学
  4. 九州大学大学院医学研究院 医化学分野
  5. 京都府立大学生命環境科学研究科 分子栄養学研究室
  6. 九州大学生体防御医学研究所 トランスクリプトミクス分野
  7. 長崎大学病院 整形外科
  8. 長崎大学病院 口腔外科
  9. 九州大学大学院医学研究院 病態制御内科学分野
  10. 熊本大学健康長寿代謝制御研究センター

*責任著者

掲載誌
Science Advances
お問い合わせ先

本発表資料のお問い合わせ先
熊本大学発生医学研究所
筋発生再生分野
准教授 小野 悠介

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