肝静脈血流の速度変化(肝静脈波形)を数値化した新しい肝線維化診断法の開発

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2019-07-12 東京大学

1.発表者:
揃田 陽子(東京大学医学部附属病院 検査部 登録研究員)
中塚 拓馬(東京大学医学部附属病院 消化器内科 助教)
佐藤 雅哉(東京大学医学部附属病院 検査部 助教)
中川 勇人(東京大学医学部附属病院 消化器内科 特任講師)
矢冨 裕(東京大学医学部附属病院 検査部/大学院医学系研究科 臨床病態検査医学 教授)
小池 和彦(東京大学医学部附属病院 消化器内科/大学院医学系研究科 消化器内科学 教授)

2.発表のポイント:
◆超音波パルスドプラ法で肝静脈血流の速度変化(肝静脈波形)を解析することによって肝線維化を評価する新たな方法を開発しました。
◆肝静脈波形が肝病態に応じて変化することは知られていましたが、客観的評価が難しく実用性がありませんでした。本研究では、変動係数(coefficient of variation:CV)を用いることで生体内の波形変化を数値化し、定量的に表現することに成功しました。
◆本手法は超音波機器に標準搭載されるパルスドプラを利用した非常に簡便な手法であり、健康診断などにおける慢性肝疾患スクリーニングの手段として広く普及される技術へと発展する可能性があります。

3.発表概要:
 慢性肝炎によって肝臓は線維化をきたし、肝硬変・肝臓がんへと進行してしまいます。したがって慢性肝疾患においては肝線維化がどの程度進行しているかを正確に診断することが重要です。肝線維化の診断は肝生検(注1)による組織学的な評価で行うとされますが、この方法は患者の負担が大きく制約があります。最近では肝生検に代わる肝線維化評価法として、エラストグラフィ(注2)を用いた肝臓の硬さを測定する機器が登場しましたが、測定のためには高額な専用機器が必要となり、本来リスクの高い慢性肝疾患患者を拾い上げるための健診施設などで普及されるには至っていません。そうした背景から、より簡便かつ正確な肝線維化評価法の登場が望まれています。
 東京大学医学部附属病院 検査部の揃田陽子 登録研究員、佐藤雅哉 助教、矢冨裕 教授、同院 消化器内科の中塚拓馬 助教、中川勇人 特任講師、小池和彦 教授らの研究グループは、肝臓の静脈を流れる血流速度の変化(肝静脈波形)(注3)を超音波パルスドプラ法で解析し数値化したものが、肝線維化の優れた指標となることを明らかにしました。さらに、本手法はエラストグラフィと違って肝臓の脂肪沈着や炎症の影響を受けにくい可能性があることも分かりました。
 本研究で開発された手法は、一般の超音波機器に標準搭載されるパルスドプラを利用した非常に簡便なものであり、健診などで肝臓の状態を評価するツールとして広く実用化される可能性があります。また、生体内で計測される波形変化を定量化する技術はこれまでによいものがなく、本研究で開発された技術は肝臓以外の様々な生体情報に対する応用も期待されます。
 本研究成果は日本時間の2019年7月12日に学術誌Ultrasound in medicine and biology(オンライン版)にて発表されました。

4.発表内容:
【研究の背景】
 肝炎ウイルス、アルコール多飲、脂肪肝など様々な要因で肝臓の炎症が持続すると、肝臓には線維沈着が見られるようになります。これを「肝線維化」と呼びます。肝線維化が進行すると肝硬変になってしまい、肝臓がんを発症したり肝不全に陥ったりしてしまいます。したがって、慢性肝疾患においては肝線維化の程度を正確に診断することが非常に重要です。
 肝線維化の標準的評価法は肝生検による組織学的評価とされていますが、出血リスクのため入院で行う必要があり簡単にできる検査ではありません。また肝生検に代わる非侵襲的検査法としてエラストグラフィによる肝硬度測定が注目されていますが、高額な専用機器を必要とするため大規模な施設でしか導入できません。そのため、多くの市中病院・健診施設において正確に肝臓の線維化の判定を行うのは困難であり、近年増加の一途をたどる肥満を背景とした非アルコール性脂肪肝炎(NASH)患者が、その重症度の判定ができないために放置されてしまい、突然大きながんが発見されるといった事例も散見されます。
 このような背景から、患者の負担なく繰り返し行うことができる簡便な肝線維化診断法の開発が求められています。本研究グループは肝線維化評価の指標として「肝静脈波形」に注目しました。これは超音波パルスドプラ法で肝静脈血流の速度変化を測定することにより得られる波形です。肝静脈波形は心拍動によって生じますが、肝静脈は血管抵抗が低い(血管の壁が柔らかい)ことから肝組織の線維化の影響を受けやすく、肝線維化が進行すると肝静脈波形は 3 相波→2 相波→単相波へと平坦化することが知られています(Bolondi L, et al. Radiology. 1991)(図)。しかしながら肝静脈波形は簡単に測定できる反面、客観的な定量性を持たせることができないことから、肝線維化評価法として実用性に乏しい点が問題でした。そこで本研究では肝静脈波形変化を数値化することで、新たな肝線維化診断法の開発を試みました。

【研究内容】
1.変動係数(coefficient of variation:CV、注4)を用いた肝静脈波形の定量化
 肝静脈波形の平坦化とは肝静脈血流の速度の変化、つまり速度のばらつきが乏しくなることを意味します。そこで測定値のばらつきを表す統計量である CV を用いて血流速度の変化を数値化し、CV の逆数を q-HV(quantified HV waveform、注5)と新たに定義し、肝線維化診断精度を検討しました。

2-1.q-HV の肝線維化診断精度
 2016 年 6 月から 2018 年 3 月までに東京大学医学部附属病院消化器内科で肝生検を受けた 123 人の患者で肝静脈波形を測定し q-HV を算出しました。q-HV は組織学的な肝線維化ステージが上昇するにつれ有意に増加し(図)、F2 以上(有意な肝線維化)を診断する AUROC 値(注6)は 0.732、F4(肝硬変)診断の AUROC 値は 0.805 という結果でした。一方で肝線維化予測式として汎用される APRI スコア(注7)では、AUROC 値は 0.572(F2 以上)、0.618 (F4)でした。血液データを用いた肝線維化スコアリングシステムである FIB-4 index(注8)と q-HV を組み合わせると AUROC 値は 0.784(F2 以上)、0.873(F4)まで上昇しました。

2-2.炎症、脂肪沈着が q-HV に与える影響
 肝臓の炎症が強い 33 症例(ALT 100 U/L 以上)で解析すると、F2 以上診断の AUROC 値は 0.781 でした。同様に中等度以上の脂肪肝 26 症例(組織学的に脂肪沈着が全体の 33%以上)では、F2 以上診断の AUROC 値は 0.746 でした。肝臓の炎症、脂肪沈着はエラストグラフィによる肝硬度測定値に影響を及ぼすことが知られますが、q-HV による肝線維化診断法はこれらの影響を受けにくいことが分かりました。

【今後の展望】
 肝静脈波形の測定は一般の超音波機器に搭載されるパルスドプラを用いて簡単に行えるため、本研究の成果により、健康診断などの多くの医療現場においても肝臓の状態を評価することが可能となり、重症の肝疾患患者を正しく抽出し適切な医療を提供できるようになる可能性があります。また生体内で計測される波形変化を定量化する技術はこれまでによいものがなく、本研究で用いた手法は肝臓だけでなく、様々な生体情報に応用することが可能です。
 今後は、超音波機器による静脈波形抽出の自動化など、本研究で構築した手法を改良し診断精度を高めるとともに、医療現場で実装可能な新医療機器として薬事承認を得ることも視野に入れています。

5.発表雑誌:
雑誌名:Ultrasound in medicine and biology
論文タイトル:A novel non-invasive method for predicting liver fibrosis by quantifying the hepatic vein waveform
著者:揃田陽子、中塚拓馬、佐藤雅哉、中川勇人*、田中麻理子、山内直子、和気泰次郎、中込良、木下瑞希、南達也、内野康志、榎奥健一郎、浅岡良成、田中康雄、遠藤桃江、中村文香、小林玉宜、栗原真希子、疋田宏美、佐藤磨実子、後藤寛昭、岩井友美、深山正久、池田均、建石良介、矢冨裕、小池和彦(* 責任著者)
DOI 番号:10.1016/j.ultrasmedbio.2019.05.028

6.問い合わせ先:
<研究内容に関するお問い合わせ先>
東京大学医学部附属病院 消化器内科
助教 中塚 拓馬(なかつか たくま)

東京大学医学部附属病院 消化器内科
特任講師 中川 勇人(なかがわ はやと)

<広報担当者連絡先>
東京大学医学部附属病院
パブリック・リレーションセンター(担当:渡部、小岩井)

7.用語解説:
(注1)肝生検
肝臓に生検用の針を刺して肝臓の組織の一部を採取する検査。肝線維化診断は肝生検による組織診断が gold standard(標準的な手法として認められている既存の診断方法)とされる。肝線維化は線維化のない状態(F0)から肝硬変(F4)の 5 段階で表現される。

(注2)エラストグラフィ
超音波を用いて生体組織の硬さを計測する技術。肝硬度測定値は肝線維化進展により上昇するが、その他に炎症・うっ血・脂肪蓄積などによって上昇してしまうことも知られる。

(注3)肝静脈波形
超音波パルスドプラ法で肝静脈血流の速度変化を計測することにより得られる波形。心拍動により形成され、正常肝では 3 相波となるが肝硬変では平坦化することが知られる。

(注4)変動係数(CV)
標準偏差を平均値で割った値で、データのばらつきを相対的に評価する際に用いる数値。

(注5)q-HV(quantified HV waveform)
線維化進行に伴う肝静脈波形は平坦化により、血流速度の CV は低下するため、線維化の進行に伴い上昇する数値とするため CV の逆数を取った指標。

(注6)AUROC 値
The area under the receiver operating characteristic curve の略で、判別モデルの性能を評価する指標の 1 つ。AUROC 値は 0 から 1 までの値をとり、値が 1 に近いほど判別能が高いことを示す。

(注7)APRI スコア
Aspartate aminotransferase (AST)-to-platelet ratio index の略。血液データ(AST と血小板)を用いた肝線維化予測式。

(注8)FIB-4 index
血液データ(AST、ALT、血小板数)と年齢を用いたスコアリングシステムで、肝線維化進展を予測できる指標とされる。

8.添付資料:

図:肝静脈波形と q-HV、肝線維化の関係

肝線維化の進行とともに肝静脈波形は平坦化します(3 相波→2 相波→単相波)。上段は典型的な波形 3 症例を示しています。画像内左上には 1 心拍分の波形から計測された CV 値や平均流速(Vm)が表示されています。画像外下には q-HV 値を記載してあります。3 相波に比較して 2 相波、単相波では q-HV が上昇しています。
下段は 123 症例での検討です、q-HV は肝線維化ステージ上昇に伴い有意に上昇しました。

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