刺しゅう枠で皮膚の線維構造を解明

ad

コラーゲンと弾性線維の網目構造

2019-07-24 京都大学

齊藤晋 医学研究科講師、上田真帆 医学部附属病院医師(非常勤)・キャリア支援診療医らの研究グループは、刺しゅう枠から着想した組織伸展器でヒトの皮膚を伸展し、組織透明化処理と多光子顕微鏡を用いて3次元観察を行った結果、コラーゲン線維と弾性線維が同じ方向に分布すること、またそれらが網目状に分布することを明らかにしました。
皮膚の真皮は無数のコラーゲン線維や弾性線維で構成されています。これまで真皮は、コラーゲン線維が無秩序に交錯する、不織布のような構造と考えられてきました。弾性線維は、皮膚に弾性を与えますが、どのように分布してコラーゲン線維と関わっているかは明らかではありませんでした。
本研究グループは、真皮内でコラーゲン線維がたわんで密集している状態が、真の構造を解明する妨げとなっていると考えました。本研究では刺しゅう枠の方式でヒトの真皮を全方向に等しく伸展(2軸伸展)し、コラーゲンのたるみを除去しました。組織透明化処理を加えて多光子顕微鏡で3次元観察し、解析を行うと、コラーゲン線維が網目状に交差する構造が明らかになりました。また弾性線維はコラーゲン線維の束に沿って、コラーゲン線維と同じ方向に分布することが分かりました。
線維性臓器では、構造と機能は密接に関係しています。皮膚の線維構造を理解することは、皮膚のしなやかさのメカニズムを知る上で極めて重要です。また将来、健常に近い特性を持つ皮膚再生にも役立つと考えられます。さらには、本研究で用いた伸展法は、他の線維性臓器の研究への応用も期待されます。
本研究成果は、2019年7月23日に、国際学術誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

図:本研究のイメージ図

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41598-019-47213-5

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/243194

Maho Ueda, Susumu Saito, Teruasa Murata, Tomoko Hirano, Ryoma Bise, Kenji Kabashima & Shigehiko Suzuki (2019). Combined multiphoton imaging and biaxial tissue extension for quantitative analysis of geometric fiber organization in human reticular dermis. Scientific Reports, 9:10644.

朝日新聞(7月24日 33面)および京都新聞(7月24日 31面)に掲載されました。

詳しい研究内容について

刺しゅう枠で皮膚の線維構造を解明
―コラーゲンと弾性線維の網目構造―

概要
京都大学大学院医学研究科 齊藤晋 講師、同医学部附属病院 上田真帆 医師(非常勤)・キャリア支援診療 医らの研究グループは、刺しゅう枠から着想した組織伸展器でヒトの皮膚を伸展し、組織透明化処理と多光 子顕微鏡を用いて 3 次元観察を行った結果、コラーゲン線維と弾性線維が同じ方向に分布すること、またそ れらが網目状に分布することを明らかにしました。
皮膚の真皮は無数のコラーゲン線維や弾性線維で構成されています。これまで真皮は、コラーゲン線維が 無秩序に交錯する、不織布のような構造と考えられてきました。弾性線維は、皮膚に弾性を与えますが、ど のように分布してコラーゲン線維と関わっているかはよくわかっていませんでした。研究グループは、真皮 内でコラーゲン線維がたわんで密集している状態が、真の構造を解明する妨げとなっていると考えました。 本研究では刺しゅう枠の方式でヒトの真皮を全方向に等しく伸展(2 軸伸展)し、コラーゲンのたるみを除 去しました。組織透明化処理を加えて多光子顕微鏡で 3 次元観察し、解析を行うと、コラーゲン線維が網目 状に交差する構造が明らかとなりました。また弾性線維はコラーゲン線維の束に沿って、コラーゲン線維と 同じ方向に分布することがわかりました。
線維性臓器では、構造と機能は密接に関係しています。皮膚の線維構造を理解することは、皮膚のしなや かさのメカニズムを知る上で極めて重要です。また将来、健常に近い特性を持つ皮膚再生にも役立つと考え ています。さらには、本研究で用いた伸展法は、他の線維性臓器の研究への応用も期待されます。
本研究成果は、2019 年 7 月 23 日に国際学術誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

1.背景
皮膚は体の最も外側にある臓器です。皮膚は角質を作る表皮層と線維性成分と液状成分から成る真皮層の 2 層構造で構成されています。皮膚の真皮は無数のコラーゲン線維や弾性線維で構成されています。皮膚は引き 裂きに強く、この強靭さはコラーゲン線維の強さと関係しています。真皮のコラーゲン線維が浅層では細く、 深層では太いことは知られていましたが、それらが無秩序に分布するのか(不織布のような構造)、規則的に 分布するのか (ファブリックのような構造)については多くの研究にもかかわらず結論が出ていませんでした。 なぜならば真皮の中ではたわんだコラーゲンが密集し複雑に絡まっているため、線維 1 本 1 本がどの方向に 向かっているかを把握することが困難であるからです。一方、皮膚には伸びたり縮んだりする性質があり、こ の伸縮性は伸びたコラーゲンを弾性線維が引き戻すことで成り立っていると考えられていますが、ミクロのレ ベルでコラーゲン線維と弾性線維がどのような位置関係にあり、どのように作用しているかは不明でした。

2.研究手法・成果
研究グループはコラーゲン線維のたわみと密集がその構造を解析する妨げとなっていると考え、ヒトの真皮 を全方向に等しく伸展できる器械の製作に着手しました。平たい組織を 2 方向に牽引する方法を 2 軸伸展法 といいますが、もっとシンプルに、歪みなく、皮膚を 「ぴんと張る」方法を模索しました。そこで刺しゅう枠 に着目しました。刺しゅう枠は円形の木枠の上に布を置き、一回り大きな円形の木枠をはめ込んで、布を 「ぴ んと張る」古典的な道具です。そこで、刺しゅう枠の伸展方式を真似た組織伸展器を製作しました。
まず新鮮な真皮シートを少しずつ伸展しながら多光子顕微鏡で撮影しました。シートの中心部では、たわん だコラーゲン線維が伸展とともに直線状になりました。また弾性線維のネットワークは相似的に拡大しました。 つまり刺しゅう枠伸展法で、コラーゲン線維と弾性線維網が最初の配置関係 (分布)を保ったまま伸展される ことが示されました。
次に皮膚全層の観察を行いました。皮膚サンプルは形成外科の皮弁移植手術で、患部の形に合わせるため切 除され、廃棄される皮膚を用いました。小型の伸展器械を作成し、皮膚サンプルを 125%の倍率で伸展、その 状態を維持したまま固定液に浸漬しました。続いて光の透過性を向上させるため組織透明化処理を行い、多光 子顕微鏡で 3 次元撮影を行いました。真皮を浅層から深層にスキャンすると、異なる方向のコラーゲン線維の 群れが現れることがわかりました。それぞれの群れの配向方向をフーリエ変換という画像処理で計測し真皮全 体の角度データを集計すると、真皮浅層のヒストグラムには 2 つの山が現れました。2 つの山は平均しておよ そ 60 度離れており、コラーゲン線維がひし形に交差して網目構造を形成すると解釈できます。また弾性線維 とコラーゲン線維の配向方向の違いを調べると、線維の 80%で角度差 15 度以内でした。この結果から弾性線 維もコラーゲン線維と同様に、網目状に分布することがわかりました。真皮深層では浅層よりも、より一つの 方向へ向かう傾向が認められました。

3.波及効果、今後の予定
皮膚は柔軟性に富んでいます。この柔軟性のおかげで、人間は自由に関節を動かすことができます。一方、 キズが治ったあとにできる瘢痕は皮膚と同じコラーゲンでできていますが、健康な皮膚のような柔軟性はあり ません。今日まで多くの研究者がコラーゲン線維や弾性線維の再生研究を行い、現在では人工材料を用いて真 皮に似た臓器を再生させることができるようになっていますが、柔軟性のある皮膚再生はできていません。 本研究は皮膚の線維構造に秩序があること、コラーゲン線維と弾性線維が共局在していることを明らかにしま した。皮膚の線維構造を理解することは、皮膚のしなやかさのメカニズムを理解する上で極めて重要です。コ ラーゲン線維と弾性線維が同じ方向に分布することは、弾性線維の発生機序を考える上で重要と考えられます。 将来、健常に近い柔軟性を持つ皮膚再生にも役立つと期待されます。さらには、本研究で用いた伸展法は、他 の線維性臓器の構造研究への応用も期待されます。

4.研究プロジェクトについて
本研究グループは下記のとおりです。
京都大学大学院医学研究科
形成外科学講座
准教授 齊藤 晋(さいとう すすむ)
大学院生(研究当時) 上田 真帆(うえだ まほ)
教授(研究当時) 鈴木 茂彦(すずき しげひこ)

皮膚科学講座
教授 椛島 健治(かばしま けんじ)
大学院生(研究当時) 村田 光麻(むらた てるあさ)
大学院生(研究当時) 平野 智子(ひらの ともこ)

九州大学大学院
システム情報科学研究院情報知能工学部門
准教授 備瀬 竜馬(びせ りょうま)

<論文タイトルと著者>
タイトル: Combined multiphoton imaging and biaxial tissue extension for quantitative analysis of geometric fiber organization in human reticular dermis
著 者 :Maho Ueda, Susumu Saito, Teruasa Murata, Tomoko Hirano, Ryoma Bise, Kenji Kabashima, Shigehiko Suzuki
掲 載 誌 :Scientific Reports  DOI 10.1038/s41598-019-47213-5

<参考図表>

図:
交錯するコラーゲン線維(青色)と、それぞれのコラーゲンの群れと同じ方向に分布する弾性線維(赤)

ad

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました