炎症が制御される新たなRNA分解メカニズムを解明

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新たな免疫賦活化法の開発に道筋

2019-07-25 京都大学

竹内理 医学研究科教授らの研究グループは、RNAヘリカーゼUPF1によるRNAの構造変化をスイッチとするmRNA分解が、炎症反応の巧妙なブレーキとして機能することと、これがSMG1キナーゼにより活性化されることを解明しました。
病原体感染に対し、マクロファージや樹状細胞などの自然免疫細胞は、炎症性サイトカインを分泌し、炎症を引き起こします。サイトカインの産生量はmRNA産生と分解により厳密に制御されていますが、その詳細な機構は不明でした。
本研究では、UPF1がステムループRNAの構造をほどくことで、Regnase-1というRNA分解酵素による炎症性サイトカインのmRNA切断が開始されることを解明しました。更に、SMG1と呼ばれるキナーゼによるUPF1のリン酸化がRegnase-1とUPF1の安定的な相互作用およびRegnase-1によるRNA分解に必要であることを明らかにしました。SMG1のキナーゼ活性を阻害剤で抑制することで、樹状細胞の成熟を促進し、T細胞活性化能を亢進させることも見出しました。
本研究成果は、過剰もしくは慢性的な炎症で生じる炎症性疾患の病態解明や、ワクチンの効果を高める添加剤(ワクチンアジュバント)の開発など、新たな治療法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2019年7月22日に、国際学術誌「Nucleic Acids Research」のオンライン版に掲載されました。

図:RNA構造変化のスイッチを介したSMG1-UPF1-Regnase-1経路によるサイトカインmRNA分解制御機構の模式図

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1093/nar/gkz628

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/243190

Takashi Mino, Noriki Iwai, Masayuki Endo, Kentaro Inoue, Kotaro Akaki, Fabian Hia,Takuya Uehata, Tomoko Emura, Kumi Hidaka, Yutaka Suzuki, Daron M Standley,Mariko Okada-Hatakeyama, Shigeo Ohno, Hiroshi Sugiyama, Akio Yamashita,Osamu Takeuchi (2019). Translation-dependent unwinding of stem–loops by UPF1 licenses Regnase-1 to degrade inflammatory mRNAs. Nucleic Acids Research, gkz628.

詳しい研究内容について

炎症が制御される新たな RNA 分解メカニズムを解明
―新たな免疫賦活化法の開発に道筋―

概要
京都大学大学院医学研究科 竹内理 教授らの研究グループは、RNA ヘリカーゼ UPF1(*1)による RNA の構造 (*2)変化をスイッチとする mRNA 分解が、炎症反応の巧妙なブレーキとして機能することと、これが SMG1 キ ナーゼにより活性化されることを解明しました。
病原体感染に対し、マクロファージや樹状細胞などの自然免疫(*3)細胞は、炎症性サイトカイン(*4)を分泌し、 炎症を引き起こします。サイトカインの産生量は mRNA(*5)産生と分解により厳密に制御されていますが、その 詳細な機構は不明でした。
本研究では、UPF1 がステムループ RNA の構造をほどくことで、Regnase-1 (*6)という RNA 分解酵素による 炎症性サイトカインの mRNA 切断が開始されることを解明しました。更に、SMG1(*7)と呼ばれるキナーゼに よる UPF1 のリン酸化が Regnase-1 と UPF1 の安定的な相互作用および Regnase-1 による RNA 分解に必要 であることを明らかにしました。SMG1 のキナーゼ活性を阻害剤で抑制することで、樹状細胞の成熟を促進し、 T 細胞活性化能を亢進させることも見出しました。
本研究成果は、過剰もしくは慢性的な炎症で生じる炎症性疾患の病態解明や、ワクチンの効果を高める添加 剤(ワクチンアジュバント)の開発など、新たな治療法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2019 年 7 月 22 日に英国の国際学術誌 Nucleic Acids Research」にオンライン掲載されま した。

図:RNA構造変化のスイッチを介したSMG1-UPF1-Regnase-1経路によるサイトカインmRNA分解制御機構の模式図

1. 背景
細菌やウイルスなどの病原体が感染すると、マクロファージや樹状細胞など自然免疫細胞により Toll 様受容 体を介して最初に認識されます。マクロファージや樹状細胞は、炎症性サイトカインというタンパク質を分泌 し、これが周りの免疫細胞を活性化し、また免疫細胞の遊走を促すなどして、いわゆる炎症を引き起こします。 炎症は、病原体の排除に重要な免疫反応ですが、過剰な炎症は敗血症性ショックや、自己免疫疾患、動脈硬化、 代謝性疾患など様々な病気の原因となります。そのため、生体には、炎症を精緻にコントロールする機構が備 わっており、その破綻が炎症性疾患の発症に関連すると考えられています。中でも、炎症性サイトカインの量 が、炎症の調節において中心的な役割を果たしています。炎症性サイトカインは、感染に伴いマクロファージ で、DNA から mRNA が転写され、次に mRNA からタンパク質が翻訳されるというステップで作られますが、 mRNA は単に転写で作られるだけでなく、分解されることでその量が調節されています。我々は、以前、RNA 分解酵素 Regnase-1 を発見し、この分子が炎症性サイトカイン mRNA を分解してその産生を負に調節するブ レーキであることを報告してきました(Nature 458、1185-1190、2009; Nature Immunology 12、1167-1175、 2011; Cell 153、1036-1049、2013)。更に、Regnase-1 の制御メカニズムに関して検討したところ、Regnase1 が標的 mRNA 上に存在するステムループ構造を認識し、UPF1 と呼ばれるヘリカーゼタンパク質と協調的に 作用して、タンパク質翻訳(*8)を行っている炎症性 mRNA を分解することを報告しました(Cell 161、 1058– 1073、 2015)。しかしながら、どのように、UPF1 が Regnase-1 による mRNA 分解をサポートしているかは 分かっていませんでした。
本研究では、UPF1 による RNA 構造変化が Regnase-1 による炎症のブレーキを活性化すること、また、 UPF1 が SMG1 キナーゼによるリン酸化をトリガーとして RNA の構造変化が誘導されることを解明しまし た。さらに、SMG1 キナーゼ活性を阻害剤で抑制することで、樹状細胞の成熟、免疫応答の活性化が起こるこ とを見出しました。

2. 研究手法・成果
RNA 分解酵素 Regnase-1 は、タンパク質を翻訳した mRNA を特異的に分解します。まず、Regnase-1 が 翻訳により標的 mRNA に結合し、分解する可能性を検証しました。しかし、薬剤でタンパク質合成を止めて も、Regnase-1 と標的 mRNA の結合を認めたこと、また試験管内で、Regnase-1 タンパク質がステムループ RNA を分解しなかったことから、Regnase-1 は、翻訳と関係なく mRNA に結合していること、また、翻訳し ていない場合には、Regnase-1 が結合していても標的 RNA を分解できないことが分かりました。この結果は、 翻訳によって、Regnase-1 による RNA 分解を ON にする機構が存在することを示唆しています。そこで、 Regnase-1 は UPF1 と結合することから、UPF1 が Regnase-1 による mRNA 分解のスイッチとなっている可 能性を検証しました。試験管内での RNA 切断実験や、原子間力顕微鏡観察の結果、Regnase-1 は UPF1 共存 下でステムループ RNA を素早く切断することが分かりました。更に、最初にステムループ RNA を UPF1 と 混ぜることで、ステムループ RNA が巻き戻されて一本鎖となり、これが Regnase-1 により素早く分解される ことが明らかとなりました。これらの結果は、UPF1 がステムループ RNA をほどくことが Regnase-1 による RNA 切断のスイッチになっていることを示しています。
では、UPF1 によるスイッチが ON になるメカニズムはどうなっているでしょうか?Regnase-1 と UPF1 は 翻訳終結により結合しますが、この際に、UPF1 の T28 残基がリン酸化を受けることが必要であることが分か りました。更に、UPF1 T28A 変異体の再構成実験により、この UPF1 のリン酸化は Regnase-1 による RNA 分解にも必須であることが明らかになりました。次に、この UPF1 のリン酸化を誘導しているキナーゼの同定 を試みたところ、PI3 キナーゼファミリーの 1 つである SMG1 による UPF1 のリン酸化が Regnase-1 と UPF1 の結合および Regnase-1 による RNA 切断に必須であることを見出しました。つまり、SMG1 による UPF1 の リン酸化が Regnase-1 との安定的な相互作用を形成し、そして UPF1 がステムループ RNA を解くことで Regnase-1 が標的ステムループ RNA を切断すると考えられます。SMG1 は mRNA 品質管理機構では、異常 な翻訳の終結により活性化することが知られており、Regnase-1 による標的 mRNA の分解に際しても翻訳に 依存して活性化する可能性が考えられました。
最後に、Regnase-1 による mRNA 分解に SMG1 が必須であることが解明されたので、SMG1 のキナーゼ活 性を操作する事で、免疫応答をコントロールする事が出来るかどうかを試みました。そのために、本研究では、 SMG1 のキナーゼ活性を阻害する小分子化合物(SMG1 阻害剤)を使用しました。樹状細胞を SMG1 阻害剤で 処理して、炎症性サイトカイン mRNA の発現量を定量 PCR 法により測定した結果、Regnase-1 の標的の炎症 性サイトカイン mRNA の発現が SMG1 阻害剤の処理により亢進していました。樹状細胞が病原体の認識によ り活性化すると、細胞表面の CD40 および CD80 共刺激分子の発現量が増加することが知られていますが、 SMG1 阻害剤の処理により、樹状細胞の CD40 および CD80 の発現量が増加していました。この CD40 と CD80 の mRNA も Regnase-1 の標的であることが遺伝子発現解析 (ルシフェラーゼレポーターアッセイ)により確 認されました。更に、樹状細胞と T 細胞の同種リンパ球混合培養反応により、SMG1 阻害剤で活性化した樹状 細胞が T 細胞の活性化も誘導することが明らかとなりました。つまり、SMG1 のキナーゼ活性を操作する事 で、樹状細胞による自然免疫応答を活性化し、更に T 細胞の獲得免疫の活性化も誘導することが明らかとなり ました
以上の結果より、SMG1-UPF1-Regnase-1 経路による RNA 分解は免疫応答に重要な制御機構であり、UPF1 による RNA の構造変化が Regnase-1 による RNA 分解のスイッチとして働き、巧妙に RNA 分解を制御して いることが明らかとなりました。

3. 波及効果、今後の予定
本研究では、UPF1 による RNA の 2 次構造変化および SMG1 による UPF1 のリン酸化が Regnase-1 によ る RNA 分解を介して炎症を制御している事を解明しました。今後、ヒト自己免疫疾患や炎症性疾患における SMG1、UPF1 および Regnase-1 の機能を検討することで、これらの疾患の病態解明につながることが期待さ れます。UPF1 および Regnase-1 の機能を変化させることは、自己免疫疾患や炎症性疾患などの創薬ターゲ ットとなることが期待されます。また、SMG1 を阻害することで、自然免疫応答を活性化することが示された ことから、SMG1 阻害剤が、ワクチン効果を増強する新規のワクチンアジュバント(ワクチンの効き目を高 める添加剤)として使用できる可能性も考えられます。

4. 研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤 (S) 18H05278 (研究開発代表者: 竹内 理)の一環で行わ れました。
本研究は、宮崎大学、東京大学、大阪大学、理化学研究所、横浜市立大学と共同で行ったものです。

<用語解説>
*1 UPF1:
ATP 依存的 RNA ヘリカーゼ。細胞内でナンセンス変異依存 mRNA 分解機構(nonsense-mediated mRNA decay, NMD)や Staufen1 依存的 mRNA 分解機構(Staufen1-mediated mRNA decay, SMD)などの 様々な mRNA 分解機構に必須な因子であることが知られている。
*2 RNA の構造 :RNA の塩基配列は一次構造と呼ばれ、これはタンパク質の配列情報が記述されている。一方、 RNA の分子内で塩基対を形成することで生じる構造体を 2 次構造と呼ばれ、代表的な RNA の 2 次構造と してステムループ構造がある。
*3 自然免疫:病原体の侵入を最初に検知して免疫システムを活性化させる。マクロファージや樹状細胞など の自然免疫細胞により担われ、病原体を検出した自然免疫細胞は炎症性サイトカインを産生・分泌して炎 症を誘導し、更に獲得免疫を活性化する。
*4 炎症性サイトカイン:炎症に伴い細胞から分泌されるタンパク質のうち、細胞同士の信号伝達に重要なも のがサイトカインであり、中でも炎症を引き起こすものを炎症性サイトカインと呼ぶ。これにはインター ロイキン 6 (IL6)や腫瘍壊死因子(TNF)などがあげられる。
*5 mRNA:メッセンジャーRNA (messenger RNA、mRNA)は、遺伝情報 DNA から転写されて生じる塩基配 列情報と構造を持った生体高分子の 1 つである。mRNA は DNA から転写された遺伝情報に従い、タンパ ク質の合成(翻訳)を媒介する。一般的に、翻訳などの役目を終えた mRNA は細胞に不要とされて、すぐに 分解される。
*6 Regnase-1(レグネース 1):IL-6 や IL-12p40 などのサイトカイン mRNA の分解を行うことで過剰な免 疫応答を抑制するサイトカイン産生のブレーキ役を担っている RNA 分解酵素。
*7 SMG1:PI3 キナーゼファミリーに属するキナーゼ。細胞内でタンパク質のリン酸化を触媒する。
*8 翻訳 :mRNA に記述されたコドン情報に基づいて、タンパク質を合成する反応。mRNA にリボソームと呼 ばれるタンパク質複合体が結合することによりタンパク質鎖が作られ、mRNA の終止コドンを認識して終 結する。細胞内小器官である粗面小胞体にはリボソームが付着しており、サイトカインなど細胞外に分泌 されるタンパク質の翻訳を担っている。

<研究者のコメント>
今回の研究は、SMG1、UPF1、Regnase-1 という制御因子が複雑に関わりながら RNA の構造変化というス イッチを巧妙に切り替えて免疫を制御しているという新しいメカニズムを発見する事が出来ました。今後、更 にヒト自己免疫疾患や炎症性疾患における SMG1、UPF1 および Regnase-1 の機能を検討することで、これ らの疾患の病態解明につなげていきたいと考えています。

<論文タイトルと著者>
タイトル: Translation-dependent unwinding of stem– loops by UPF1 licenses Regnase-1 to degrade inflammatory mRNAs (翻訳依存的 UPF1 によるステムループ構造の解きは Regnase-1 による炎症 性 mRNA の分解を誘導する)
著 者: Takashi Mino, Noriki Iwai, Masayuki Endo, Kentaro Inoue, Kotaro Akaki, Fabian Hia, Takuya Uehata, Tomoko Emura, Kumi Hidaka, Yutaka Suzuki, Daron M. Standley, Mariko OkadaHatakeyama, Shigeo Ohno, Hiroshi Sugiyama, Akio Yamashita and Osamu Takeuchi
掲 載 誌: Nucleic Acids Research  DOI: 10.1093/nar/gkz628

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