「がらくたDNA」がDNA上を移動する仕組みを解明~宿主因子を巧妙に利用した移動戦略~

ad

2019-08-29  京都大学

三好知一郎 生命科学研究科准教授、牧野竹志 同修士課程学生は、John Moran 米国・ミシガン大学教授と共同で、「がらくたDNA」の一種であり、自らのDNA配列を移動させる転移因子LINE-1の転移に関わるメカニズムを明らかにしました。
生物のDNA配列の中には、がらくたDNAとも呼ばれる存在意義のよく分からない配列が多く存在しています。その一種であるLINE-1が、細胞内でどうやって移動しているのか、そのメカニズムは長らく不明でした。
本研究グループは、ヒトLINE-1が作り出すORF1とORF2という移動に関わるタンパク質に着目して解析を進めたところ、PARP2というDNAの傷を修復するタンパク質が、LINE-1が他の場所に狙いを定めて入り込む瞬間を検知するセンサーとして働いていること、さらにLINE-1がDNAに入り込むのを助ける役割があることを発見しました。
LINE-1が移動すると、ときに疾患につながる重篤なDNA変異につながることもあれば、細胞のがん化を促進することも報告されています。LINE-1の転移メカニズムの一端を明らかにしたことで、LINE-1によるDNA変異を抑止する手法の開発につながると期待されます。
本研究成果は、2019年8月29日に、国際学術誌「Molecular Cell」のオンライン版に掲載されました。

図:ヒトLINE-1の転移モデル

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1016/j.molcel.2019.07.018

Tomoichiro Miyoshi. Takeshi Makino. John V. Moran (2019). Poly(ADP-Ribose) Polymerase 2 Recruits Replication Protein A to Sites of LINE-1 Integration to Facilitate Retrotransposition. Molecular Cell.

詳しい研究内容について

「がらくた DNA」が DNA 上を移動する仕組みを解明
―宿主因子を巧妙に利用した移動戦略―

概要
我々生物の DNA 配列の中には、がらくた DNA とも呼ばれる存在意義のよく分からない配列が多く存在し ています。その中には LINE-1 という自らの DNA 配列を移動させる転移因子が含まれていますが、我々の細 胞内でどうやって移動しているのか、そのメカニズムは長らく不明でした。
京都大学大学院生命科学研究科の三好知一郎准教授、牧野竹志同修士課程学生は米ミシガン大学の John Moran 教授と共同で、この転移に関わるメカニズムを明らかにしました。研究グループは、ヒト LINE-1 が作 り出す ORF1 と ORF2 という移動に関わるタンパク質に着目して解析を進めたところ、PARP2 という DNA の 傷を修復するタンパク質が、LINE-1 が他の場所に狙いを定めて入り込む瞬間を検知するセンサーとして働い ていること、さらに LINE-1 が DNA に入り込むのを助ける役割があることを発見しました。
LINE-1 が移動すると、ときに疾患につながる重篤な DNA 変異につながることもあれば、細胞のがん化を促 進することも報告されています。LINE-1 の転移メカニズムの一端を明らかにしたことで、LINE-1 による DNA 変異を抑止する手法の開発につながると期待されます。
本研究成果は、2019 年 8 月 29 日に米国の国際学術誌「Molecular Cell」にオンライン掲載されました。

1.背景
DNA は生命を形作る設計図に例えられます。しかし 2000 年代初頭のヒトゲノムプロジェクトによって明 らかになったことは、このうちタンパク質 = 意味のある情報)に変換される DNA 配列はわずか 2%にも満た ないのに対して、それ以外の DNA には遺伝子の発現制御を担う重要なものもあれば、存在意義がよく分かっ ていない配列情報 = がらくた DNA)も数多く存在する、ということです。このがらくた DNA には潜在的に 細胞の恒常性、寿命 発生 分化過程、あるいはある疾患に対するかかりやすさなど、今後の生命科学におい てパラダイムシフトにつながる様々な情報を含んでいると考えられています。
ほとんどの生物のがらくた DNA の中には転移因子とよばれる配列が存在し、その名前の通り、DNA 上のあ る場所から別の場所へと移動= 転移)するというユニークな性質をもっています。自らの DNA 配列を増幅 あるいは移動させるという、一見するとその身勝手な振る舞いから、利己的な遺伝子あるいは宿主の DNA に 寄生するパラサイト DNA などとも形容されます。現生人類ではおおよそ 45%の DNA 配列がこの転移因子か ら構成されていますが、それらのほとんどは太古の昔に転移した残骸や既に転移する能力を失った配列として 残されています。しかし LINE-1 や SINE と呼ばれる配列の一部は、現在でも生殖細胞、発生の初期段階、神 経前駆細胞やがん細胞内で転移し続けているものの、その転移の分子メカニズムはまだよく分かっていません。 転移因子の存在は長期的な視点からみれば、集団内の遺伝的多様性を生み出す原動力になり生物の進化を促す と考えられる一方で、短期的には疾患の原因となる DNA 変異を生み出すことになるため、転移の分子機構を 明らかにすることは分子進化学的にも医学的にも重要な意味をもちます。

2.研究手法・成果
LINE-1 は転移因子の中でもレトロトランスポゾンとよばれる配列で、レトロには「逆」という意味がある ように、DNA から転写されて RNA に変換された後、再び RNA から DNA に逆戻りして別の DNA 配列中に侵 入するという様式を用いています。このため LINE-1 はコピー&ペースト方式によって DNA 内を増幅 転移 します。ヒトでは LINE-1 が全 DNA 配列中、約 17%程度を占有していますが、研究グループはこの中でも特 に活発に移動している特定の LINE-1 配列を選び、発現ベクターに組み込み、ヒト細胞で高発現させる実験系 を構築しました。LINE-1 は転移する際に2つのタンパク質 ORF1 と ORF2 を作り出します。特に後者の ORF2 は DNA を切断するエンドヌクレアーゼ活性と、LINE-1 の RNA を DNA に逆合成する逆転写酵素活性をもつ ことが分かっているため、転移する際のキープレイヤーであると予想されます。そこで ORF2 と結合する細胞 内のタンパク質の中に、転移を制御する分子が含まれていると考え、これらを網羅的に同定することを試みま した。
ヒト培養細胞に LINE-1 発現ベクターを導入し、抗体を用いてこの細胞内から ORF2 タンパク質だけを分 離 精製した後、質量分析装置によって ORF2 と一緒に精製されるタンパク質の同定を試みたところ、DNA の 損傷を修復する役割を持つタンパク質など様々なタンパク質が同定されました。LINE-1 の DNA 侵入過程の 第一歩は ORF2 が DNA を切断することから開始されるため、これらの中から PARP1 と PARP2 という DNA 修復タンパク質に着目して解析を進めました。その結果、両者を遺伝子ノックダウンによって機能低下させた 細胞では、LINE-1 の転移効率が著しく低下することが分かりました。また特に PARP2 は、ORF2 が DNA を 切断する際に、この場所を特異的に認識して結合するセンサータンパク質であることも生化学的な手法から明 らかにしました。PARP タンパク質は ADP リボースという化学修飾を自分自身や周囲にあるタンパク質に付 け加える役割があり、これが目印となってさらに別の DNA 修復タンパク質群が DNA 損傷部位に呼び込まれ て修復を促進すると考えられています。そこで PARP2 によって損傷部位にリクルートされる他のタンパク質 を探索したところ、これまで ADP リボースと直接の接点が分かっていなかった RPA というタンパク質が呼び 込まれることも新たに分かりました。RPA 遺伝子をノックダウンした細胞でも、PARP1 や PARP2 のノック ダウン細胞同様、LINE-1 の転移効率が減少していました。さらにこの RPA というタンパク質は、LINE-1 の RNA が DNA へと逆転写される際、この DNA 部分を保護 安定化することで LINE-1 の転移を促進すること も突き止めました。以上のように、本研究から LINE-1 が細胞内の DNA 修復タンパク質群と連携することで 効率の良い転移につながることが分かりました。

3.波及効果、今後の予定
LINE-1 の無秩序な転移は、DNA に損傷を蓄積させて細胞を死に追いやるだけでなく、個体の生存をおびや かす疾患原因にもなりうるため、生物は長い年月をかけてこのパラサイト DNA の転移を抑える防御メカニズ ムを構築してきたと考えられます。これは LINE-1 の転写抑制や RNA 分解制御などで行われることが明らか になりつつありますが、抑制効果は 100%ではありません。それは現生人類を含め、様々な生物では今でも転 移因子が活発に移動していることからも明らかですが、ひとたび防御機構を逃れた LINE-1 がどうやってその 転移効率を維持しているのか、長い間の疑問でした。今回の研究成果からヒトだけでなく多くの生物種でも、 実は LINE-1 が宿主タンパク質、特に PARP ファミリータンパク質を利用して巧妙に転移していると予想され ます。
哺乳類の生殖細胞、初期胚、神経前駆細胞では比較的 LINE-1 が高発現していると考えられています。異常 に高発現した場合は細胞死が起こることを示唆する報告もあり、今後、種々の疾患につながる DNA 変異、あ るいはがん細胞の悪性化などを含め、様々な局面で LINE-1 が及ぼす負の効果を打ち消すような手法の開発へ とつながることが期待されます。
一方で、本研究では PARP ファミリーだけではなく多様な宿主タンパク質が LINE-1 の制御を行っているこ とも示唆されました。LINE-1 転移メカニズムの全貌解明には、さらに継続した研究が必要であると考えられ ます。

4.研究プロジェクトについて
本研究は米ミシガン大学との共同研究であり、日本学術振興会 科学研究費補助金 「若手研究 B」=16K18471)、 「基盤研究 C」=18K06180)、米国 NIH grant (GM060518)、Howard Hughes Medical Institute、武田科学振 興財団、かなえ医薬振興財団の支援を受けて実施されました。

<研究者のコメント>
転移因子はがらくた DNA などとも呼ばれることから一見無価値なものの代表のように思われがちですが、 進化的視点で見るととても大切な役割を果たしてきたと考えられています。我々の設計図である DNA には意 味が無いようでいて、とても大切な情報がまだまだ潜んでいると予想されています。LINE-1 にもまだ我々が 知らない未知の役割があるのではないかと思われますし、DNA 変異を生み出すという側面からも、LINE-1 転 移機構の全貌解明は非常に重要な課題だと考えています。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Poly(ADP-ribose) Polymerase 2 Recruits Replication Protein A to Sites of LINE-1 integration to Facilitate Retrotransposition (ポリ ADP リボースポリメレース2は LINE-1 が転移する場所に複製タンパク質 RPA をリクルート し転移を促進する)
著 者:Tomoichiro Miyoshi, Takeshi Makino, and John V. Moran
掲 載 誌:Molecular Cell  DOI:10.1016/j.molcel.2019.07.018

ad

細胞遺伝子工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました