2019-12-04 京都大学
増田誠司 生命科学研究科准教授、渋谷恭之 名古屋市立大学教授らの研究グループは、食品成分中にメッセンジャーRNA(mRNA)のスプライシングを制御する活性があれば、がんの予防に役に立つ可能性があるということに着目し、スプライシングを阻害できるような成分を食品中から探索した結果、ポリフェノールの仲間のフラボノイドに属するアピゲニンとルテオリンが効果的にスプライシングを調節することを見つけました。これらは食品の中ではパセリやセロリに多く含まれている成分です。
次に、アピゲニンとルテオリンが細胞の中でどのように働いているかについて調べたところ、スプライシングを行うスプライソソームの中のSF3B1という因子に結合して、様々なmRNAのスプライシングパターン(選択的スプライシング)を変えていることがわかりました。これは食品成分としては初めての知見となります。また、正常細胞よりもがん細胞に対して、より増殖を阻害することもわかりました。
これまでは、マウスに移植したがん細胞の増殖をアピゲニンやルテオリンで抑制できることが知られていましたが、今回の発見は、これらフラボノイドががん細胞の増殖を抑制できる根拠となる成果だといえます。このような化合物を含む食品の摂取によってがんの予防が可能かどうかについては、今後研究を進めることが必要です。
本研究成果は、2019年11月20日に、国際学術誌「iScience」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究の概要図
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1016/j.isci.2019.11.033
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/244877
Masashi Kurata, Naoko Fujiwara, Ken-ichi Fujita, Yasutaka Yamanaka, Shigeto Seno, Hisato Kobayashi, Yusaku Miyamae, Nobuyuki Takahashi, Yasuyuki Shibuya, Seiji Masuda (2019). Food-Derived Compounds Apigenin and Luteolin Modulate mRNA Splicing of Introns with Weak Splice Sites. iScience, 22, 336-352.
詳しい研究内容について
食品成分が mRNA のスプライシングを調節することを解明
―フラボノイドによるがん予防の可能性―
概要
がんは、メッセンジャーRNA( mRNA)のスプライシングを阻害する薬剤に対して高い感受性を示す場合が あります。もし食品成分中にスプライシングを制御する活性があれば、がんの予防に役に立つ可能性がありま す。そこで、京都大学大学院生命科学研究科 増田誠司 准教授、名古屋市立大学大学院医学研究科 渋谷恭之 教授らの研究グループは、スプライシングを阻害できるような成分を食品中から探索しました。その結果、ポ リフェノールの仲間のフラボノイドに属するアピゲニンとルテオリンが効果的にスプライシングを調節する ことを見つけました。これらは食品の中ではパセリやセロリに多く含まれている成分です。次に、アピゲニン とルテオリンが細胞の中でどのように働いているかについて調べたところ、スプライシングを行うスプライソ ソームの中の SF3B1 という因子に結合して、様々な mRNA のスプライシングパターン( 選択的スプライシン グ)を変えていることがわかりました。これは食品成分としては初めての知見となります。また、正常細胞よ りもがん細胞に対して、より増殖を阻害することもわかりました。これまでは、マウスに移植したがん細胞の 増殖をアピゲニンやルテオリンで抑制できることが知られていましたが、今回の発見は、これらフラボノイド ががん細胞の増殖を抑制できる根拠となる成果だといえます。このような化合物を含む食品の摂取によってが んの予防が可能かどうかについては、今後の研究が必要です。
本研究成果は、2019 年 11 月 20 日に米国の国際学術誌「iScience」にオンライン掲載されました。
1.背景
超高齢社会を迎えた現在、日本人の 2 人に 1 人はがんを経験し、3人に1人はがんによって死亡していま す。がんは初期に発見されれば治療できますが、進行した場合には効果的な治療法のない場合も少なくありま せん。近年、京都大学高等研究院 本庶佑 特別教授がノーベル賞を受賞した抗体医薬を使用したがん免疫療法 は、新しいタイプの画期的ながん治療法として注目されています。ただ、がん免疫療法は一般に多額の医療費 がかかります。したがってがんの治療に関して新たな視点をもった抜本的研究も必要です。
このような現状から、がんが進行した状態で治療するのではなく、進行の抑制や、予防を重要視する考え方 も必要となっています。ポリフェノールやカテキンなど日頃から摂取する食物由来化合物に抗がん作用があ ることがわかっており、これらの摂取は予防に結びつくかもしれません。しかし、食品由来化合物は薬剤と異 なり効果に高い濃度が必要なこともあって単一の指標での解析に留まっていました。つまり、細胞全体にわた る変化を網羅的に解析されることはありませんでした。このような背景から、私たちは生理活性をもつ食品由 来化合物の探索およびその機能解析に主眼を置いて研究を進めてきました。
近年、抗がん剤の創薬ターゲットとして mRNA の成熟過程 キャッピング、スプライシング、ポリアデニ ル化を総称)が注目されています。そのうちスプライシングを阻害する化合物の1つ H3B-8800 は、副作用 が少ないことが期待されている化合物であり、臨床試験も実施されています。そこで研究グループは、mRNA の成熟過程を標的とした探索系を構築し、食品成分より mRNA の成熟過程を調節する化合物の探索から初め ました。
2.研究手法・成果
mRNA は核内で mRNA 前駆体として転写された後、mRNA 成熟過程( キャッピング、スプライシング、ポ リアデニル化)と呼ばれる修飾を受け成熟 mRNA となります。その後、細胞質に輸送されてタンパク質を作 る鋳型として機能します。核内での修飾が完結するまで細胞質には輸送されません。したがって核内での mRNA 成熟過程が阻害されると、mRNA は核内に留まります。その性質を利用して食品成分から mRNA の成 熟過程を阻害する化合物を探索しました。その結果、アピゲニンとルテオリンというフラボノイドの属する化 合物について、mRNA 成熟過程を阻害する活性を見出しました。その後、細胞内標的タンパク質の同定や全ト ランスクリプトーム解析を行い、どのように働いているかを明らかにしました ページ 1 の図)。また、これ ら 2 種の化合物がスプライシングを阻害している場合だけではなく、様々な遺伝子に由来する mRNA のスプ ライシングパターンを変化させていることを見つけました。その原因はスプライソソーム成分である U2( snRNP の構成因子 SF3B1 にアピゲニンやルテオリンが結合することで引き起こしていることを明らかにし ました。さらに、腫瘍を形成する細胞と正常細胞とでは、前者に対してアピゲニンとルテオリンの作用が強い ことを明らかにしました。今回の発見は、食品成分によるがんの予防の可能性を示す成果と捉えています。
3.波及効果、今後の予定
パセリやセロリなど野菜や果物に多く含まれているアピゲニンやルテオリンに mRNA スプライシングを調 節する機能を見出しました。これまで個別の mRNA のスプライシングを制御する食品因子は知られていまし たが、遺伝子全般にわたって解析を行った成果は本研究が初めてです。さらに実際に腫瘍を形成する細胞と正 常細胞を比べてみると、腫瘍を形成する細胞の方が、明らかに効果の大きいことを見つけました。ただしこれ は培養細胞での知見です。人において本当に効果があるのか、副作用はないのか、などについて、まずは実験 動物から明らかにしていくことが必要です。すでに微生物から見つけられている mRNA スプライシングを阻 害する化合物での臨床試験では、副作用の問題で中止になった化合物もあるので、慎重に研究を進めることが 必要です。
一方で、本研究グループは、アピゲニンやルテオリン以外にも mRNA スプライシングを調節する化合物を 食品成分より複数見つけています。したがって、食品中には mRNA スプライシングを調節する機能を持つ化 合物がまだ数多く含まれていると考えています。これらの化合物を順次明らかにするとともに、その機能を明 らかにしていくことで、がんの予防に対して効果の高い食品成分を見つけていきたいと考えています。また、 治療の重要性と同じく予防の重要性を社会により強く発信していくことが必要と考えています。
4.研究プロジェクトについて
この研究は、京都大学、名古屋市立大学、大阪大学、東京農業大学、筑波大学の共同研究です。また科学研究 費( 15K11299,(26292053,(17K19232,(19K22280,(19H02884,(19K15807)、飯島藤十郎記念食品科学振興財 団、不二たん白質研究振興財団、エリザベスアーノルド富士財団、旗影会、スカイラークフードサイエンス研 究所、京都大学教育研究振興財団、笹川科学研究助成、東京農業大学生物資源ゲノム解析拠点共同利用等の多 数のサポートを得て行いました。この場をお借りして深謝いたします。
<研究者のコメント>
私たちは、日頃から摂取している食品由来成分に、様々な mRNA に対してスプライシングを調節する効果 があることを明らかにしました。これまでに、微生物が産生する特定の物質にはそういった効果があることが 知られていましたが、食品由来成分では初めての知見です。その効果は微生物が産生する阻害剤に比べると弱 いですが、定期的に摂取することで発がん予防に利用できるのではないかと期待しております。
<用語解説>
メッセンジャーRNA:生物の持つ遺伝情報をタンパク質へと翻訳する際、一旦遺伝情報本体の DNA からタン パク質をコードする領域が RNA として転写されます。このときにできる RNA をメッセンジャーRNA と いいます。
スプライシング: 真核生物においてタンパク質の翻訳の鋳型となる必要なメッセンジャーRNA は、遺伝情報 の DNA からまずメッセンジャーRNA 前駆体として転写されます。メッセンジャーRNA 前駆体は、5‘末 端にキャッピングと呼ばれる特殊な修飾を受けます。またメッセンジャーRNA 前駆体にはタンパク質の 翻訳に必要な領域( エキソン)と不要な領域( イントロン)が交互に存在しています。スプライシングは、 イントロンを除去することによってタンパク質の翻訳に必要なエキソン同士を順番に連結する反応のこ とです。最後にメッセンジャーRNA の 3’末端に鎖状のポリアデニンが付加されます ポリアデニル化)。 キャッピング、スプライシング、ポリアデニル化は核内で生じます。これらの過程を総称して成熟過程と 言います。
全トランスクリプトーム解析: 次世代シーケンサーによって解析することができ、細胞あるいは生物が持つ全 mRNA 情報を解析する手法です。この手法によって、細胞がどの遺伝子をどのくらい発現しているかに ついて調べることができます。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Food-derived Compounds Apigenin and Luteolin Modulate mRNA Splicing of Introns with Weak Splice Sites( 食品成分のアピゲニンとルテオリンはスプライスサイトの弱い mRNA のスプ ライシングを調節する)
著 者:倉田雅志(京都大学、名古屋市立大学)、藤原奈央子(京都大学)、藤田賢一( 京都大学)、山中靖貴( 京 都大学)、瀬尾茂人(大阪大学)、小林久人(東京農業大学)、宮前友策(筑波大学)、高橋信之(東京農 業大学)、渋谷恭之(名古屋市立大学)、増田誠司(京都大学)
掲 載 誌:iScience
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2019.11.033