その後の脳障害を改善させる可能性について
2019-12-18 国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:小川久雄、略称:国循)の中島啓裕心臓血管系集中治療科医師、田原良雄心臓血管系集中治療科医長、野口輝夫心臓血管内科部長、西村邦宏予防医学・疫学情報部長、安田聡副院長らの研究グループは、院外心停止患者に対する市民によるAED(自動体外式除細動器)を用いた除細動実施が、その時点で自己心拍再開へと至らなかったとしても、その後の神経学的転帰(注1)を改善させる可能性を世界で初めて明らかにしました。
この研究は、総務省消防庁によるウツタイン様式(注2)救急蘇生統計データを用いた観察研究で、AEDの新たな可能性を示した新規性から世界医学雑誌ランキング総合医学部門トップクラス(2018年journal impact factor 59.102)であるThe LANCET誌に2019年12月18日付で掲載されました。
概要
院外心停止は公衆衛生上の重要な問題であり、本邦において年間約110,000件発症しています。蘇生科学の目覚ましい発達にも関わらず、社会復帰率は約7%前後と極めて低く、社会復帰率改善は先進諸国の喫緊の課題です。近年、市民によるAEDを用いた除細動実施が心室細動の院外心停止患者の蘇生率向上において有効である可能性が報告されていますが(Kitamura T, et al. N Engl J Med 2016; 375: 1649-59)、市民による目撃がありかつ応急処置がなされた心停止患者においてさえもAEDによる除細動実施率はわずか10%程度と低く、さらに救急隊現着前に自己心拍再開を認める症例はそのうち18%程度です。すなわち、市民がAEDによる除細動を実施した症例の約80%は救急隊が現着した時点では心停止が持続しています。AEDを探して持ち運ぶ時間やその間に心肺蘇生(CPR)が中断されうる可能性や救急通報(119)が遅れる可能性を考慮すると、AEDで除細動を実施したにも関わらず救急隊現着までに自己心拍再開を得られなかったような症例の予後は、AEDを使用せずにCPRのみを継続した症例と比較して予後不良である可能性が懸念されます。
本研究は、総務省消防庁によるウツタイン様式救急蘇生統計データを用いて、救急隊現着時点で心室細動が持続していた患者において、事前に市民によってAEDを用いたCPRが施行された患者とAEDを用いないCPRが施行された患者の予後を比較した研究です。2005年から2015年の間に本邦で発生した全1,299,784例の院外心停止患者から、市民による目撃がありCPRが施行された心室細動心停止患者28,019例のうち、最終的に救急隊現着時点で心停止が持続していた患者27,329人(CPR+AED併用群 2,242例 vs CPR単独群 25,087例)が解析されました。30日後の神経学的転帰良好な割合は、CPR+AED併用群の方が、CPR単独群と比較して、有意に高値であることが示されました(図1)(38% vs 23%, 調整後オッズ比(注3) 1·45; 95% CI, 1·24-1·69, p<0·0001(図2))。さらに、救急通報~救急隊現着までにかかった時間(中央値 8分, 四分位範囲 6分 – 10分)ごとに解析しても同様の結果が得られました。
本研究の意義
本研究において、市民によるAEDを使用したCPRは、当初のAEDによる除細動実施で心拍再開を得られなかったとしても、神経学的予後を改善させる可能性が示されました。本結果には、AEDのCPR音声ガイダンスの効果が寄与していた可能性があります。本研究はAEDの新たな可能性を見出した研究であり、市民に対するAEDを用いたCPR教育活動を今後さらに推進するものです。また、本結果は救急通報~救急隊現着までの時間に依存しないことから、日本全国どのような地域においても一般化されると考えられます。
〈注釈〉 (注1)心停止蘇生後の脳障害(後遺症)のことである。
(注2) 心肺機能停止症例をその原因別に分類するとともに、目撃の有無、バイスタンダー(救急現場に居合わせた人)による心肺蘇生の実施の有無等に分類し、それぞれの分類における傷病者の予後(1か月後の生存率等)を記録するための調査統計様式であり、1990年にノルウェーの「ウツタイン修道院」で開催された国際会議において提唱され、世界的に推奨されているものである。
(注3) ある事象の起こりやすさを2つの群で比較して示す統計学的な尺度である。
<図>
(図1) 蘇生後30日時点での神経学的転帰良好率および生存率の比較
(図2) 救急隊覚知から現着までにかかった時間ごとで分類した市民によるAEDを用いた除細動実施と神経学的転帰良好例の関係