2020-01-21 東京大学
1. 発表者:
寺尾 潤(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 教授)
正井 宏(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 助教)
宮岸 拓路(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 修士課程 2 年)
2.発表のポイント:
◆一酸化炭素濃度に応答して発光する材料において、低濃度・中濃度・高濃度という 3 つの領域を識別し、自律的に応答性が変化する仕組みを実現した。
◆自然界に多く見られる自律的な 2 段階調節システムを、金属元素と共役ポリマーを組み合わせた単一の人工材料で模倣することに成功した。
◆センサ・コンピュータ・生産システムなどに対して、周りの環境変化に応じて多段階で出力を自動的調節する機能を簡便に付与することが可能となる。
3.発表概要:
我々は強い光を眩しく感じ、大きな音を騒々しく感じるなど、受ける刺激が強くなると身体が反応する応答も強くなります。しかし同時に、弱すぎる刺激に対しては全く応答せず、強すぎる刺激に対しては過剰応答を防ぐ調節システムが備わっています。このような多段階の自動調節システムは自然界で数多くみられ、安定的な生命活動を維持する上で重要な役割を担っています。一方でこのような自然界の自動調節は、複数の物質が関わり合う複雑なシステムに基づくことが知られており、人工的な機能性材料にこのようなシステムを組み込むことは困難でした。
東京大学大学院総合文化研究科の寺尾教授らは今回、多段階調節機能を単一の材料で達成するための分子設計を提案し、二段階の自動調整システムを持つ自律型機能性ポリマーの開発に成功しました。今回合成した材料は、有毒ガスである一酸化炭素に応答する発光材料において、低・中・高濃度という 3 つの領域を識別し、自律的に応答性を変化させることに成功しました。このような自律型システムは、センサ・コンピュータ・物質生産などと組み合わせることによって、周りの状況に応じて材料が自動的に応答・生産性を変化し得るため、自律思考型の機能性材料としてより豊かな社会システムの創成につながると期待されます。
4.発表内容:
自然界では周りの環境変化に対して、反応の強さを自動的に制御する仕組みが数多く備わっています。例えば人間の五感を例として挙げると、強い光は眩しく感じ、大きな音はうるさく感じるなど、受ける刺激が強いと身体が反応する応答も強くなります。しかし同時に、これらの反応には調節システムが備わっており、あるしきい値を下回るような弱すぎる刺激に対しては全く応答せず、逆に強すぎる刺激に対しては過剰応答を防ぐ仕組みが備わっていることが知られています。このような多段階の自動調節システムは五感だけでなく免疫系などをはじめとする生体内で数多くみられ、刻々と変化する環境の中で安定的な生命活動を維持する上で、非常に重要な役割を担っています。もし人工材料や人工的なシステムにこの自動調節機構を取り入れることができれば、センサ・コンピュータ・物質生産システムなどにおいて、人間が状況を判断してコントロールするのではなく、周りの環境変化に応じて自動的に応答性や生産性を変化させる調節機能を付与することができるため、より豊かな社会システムの構築につながると考えられます。しかし、このような調節メカニズムは、自然界では複数のタンパク質等が複雑かつ協同的に働くことで達成されています。生態系で利用されているような複雑なシステムを、そのまま人工的なシステムに組み入れることは現実的ではありません。したがって、このような自動調節機能を単純な人工材料で模倣するための新しい材料設計が求められてきました。
東京大学大学院総合文化研究科の寺尾潤教授、正井宏助教、宮岸拓路大学院生らは今回、このような多段階調節機能を単一の材料で達成するための新しい分子設計を提案し、それを実証することに成功しました。本研究グループは金属元素を含む共役ポリマー(注 1、2)に着目し、有毒ガスの 1 つである一酸化炭素濃度に応答して発光する材料において、低濃度・中濃度・高濃度という 3 つの領域を識別し、自律的に応答性が変化するシステムを実現しました。
この材料において、ポリマー中の金属は一酸化炭素ガスを認識してポリマーを切断します。しかし一酸化炭素ガスに一定時間暴露した結果生じる材料の発光強度を調査したところ、ガス濃度が低濃度・中濃度・高濃度という 3 つの濃度領域で異なる応答性を示し、2 種類の自動調節システムを有することが明らかになりました(図 1)。このシステムのカギとなったのは、ポリマーが構成要素であるモノマーに分解することで初めて発光する仕組みを設けたことと、切断反応速度の濃度依存性が一酸化炭素濃度によって切り替わる金属を用いたことです。これによって、低濃度ではポリマーの切断は生じますが、発光しないオリゴマー(注 3)が主に生成するため、ポリマーの切断量に比べてモノマーの発生量は少なくなります。今回この両者のずれを用いることで、一酸化炭素が存在しても発光を示さない低濃度領域を生み出すことに成功しました。さらに一酸化炭素ガス濃度を高めると、ガス濃度の増加に伴って発光強度が強くなる通常の比例関係を示す領域(中濃度領域)がもたらされました。一方でさらに高い濃度領域では、一酸化炭素と反応できる金属の供給が追い付かなくなり、濃度に依らず一定の発光強度を示すという二段階目の調節システムが実現できました(高濃度領域)。さらに、これら二段階の濃度領域を任意に設定可能であることも示しました。
以上のように本研究では、単一の材料にもかかわらず、まるで生体システムのような多段階の自動応答変調システムを実現しました。このようなシステムを多様な人工材料に組み入れることは、センサ・コンピュータ・物質生産システムなどが、周りの状況に応じて自律的に応答性や生産性を変化させることが可能となると考えられます。今後は発光材料だけでなく、さまざまな機能性材料に同様の自律調節システムを組み入れることで、人の手を介しない自律型機能性材料の創成を目指します。
5.発表雑誌:
雑誌名:Nature Communications(オンライン版:1 月 21 日)
論文タイトル:Insulated conjugated bimetallopolymer with sigmoidal response by dual self-controlling system as a biomimetic material
著者:Hiroshi Masai, Takuya Yokoyama, Hiromichi V. Miyagishi, Maning Liu,Yasuhiro Tachibana, Tetsuaki Fujihara, Yasushi Tsuji, and Jun Terao*
DOI 番号:10.1038/s41467-019-14271-2
Abstract URL: https://www.nature.com/articles/s41467-019-14271-2
6.問い合わせ先:
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻教授 寺尾 潤(てらお じゅん)
7.用語解説:
(注 1)ポリマー
単量体(モノマー)が複数結合することで形成される、繰返し構造をもつ化合物のこと。
(注 2)共役ポリマー
ポリマーの中でも炭素-炭素多重結合(二重結合もしくは三重結合)と単結合が交互に並んだ化合物のこと。ポリマーの中でも発光特性や伝導性に優れている。
(注 3)オリゴマー
比較的少ない数のモノマーが結合した化合物のこと。
8.添付資料:
図1 二段階の自律的調節システムを持つ材料の概念図とその仕組み