自閉症モデルマウスの脳機能異常の可視化に成功

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2020-02-06    神戸大学,理化学研究所

神戸大学大学院医学研究科の内匠 透教授(理化学研究所脳神経科学研究センターチームリーダー)、フランスニューロスピンの釣木澤 朋和研究員、メルボルン大学らの国際共同研究グループは、無麻酔マウスのfMRI※1を用いて自閉症モデルマウスの脳機能異常の可視化に成功しました。今後、ヒトの臨床データとの直接比較検討が可能になります。

この研究成果は、2月5日(現地時間)に、米国科学誌 Science Advances に掲載されました。

ポイント

  • マウス無麻酔fMRI法を確立し、自閉症モデルマウス(15q dup)での神経回路を健常マウスと比較した。
  • 15q dupマウスでは他者認識にかかわる嗅覚系回路に異常が生じていた。
  • 15q dupマウスでは領域間の機能的結合(functional connectivity)※2が全体的に低くなっていた。
  • 15q dupマウスでは領域間の解剖学的結合も低くなっており、機能的結合との相関が認められた。
  • D-cycloserine投与により、社会行動異常や他者認識にかかわる嗅覚系回路の異常、機能的低結合性が改善された。

研究の背景

は、社会的相互作用やコミュニケーションの欠如、活動・行動・興味の限局・繰り返しを特徴とする発達障害です。患者数は指数関数的に増加しているにも関わらず、的確な治療法は確立されておらず、その病態解明は少子化に悩む我が国にとって喫緊の課題です。自閉症のヒト遺伝学および動物モデルの研究は急速に進歩しており、自閉症動物モデルによる病態メカニズム解明が期待されています。自閉症の原因としてコピー数多型※3とよばれるゲノム異常が知られていますが、15q dupマウスは世界で最初のコピー数多型によるヒト型自閉症モデルマウスとして確立されました。本モデルマウスは社会性行動、シナプス、セロトニン等の異常を示すことがわかっていましたが、脳全体の機能的結合に関してはこれまで詳細に調べられておりませんでした。

全脳での脳機能計測を可能にする技法として、機能的MRI(functional MRI, fMRI)が挙げられます。しかし現在、マウスfMRIは主に麻酔下で行われています。麻酔はfMRIの信号源である神経活動に付随する脳局所血流変化(Neurovascular coupling)だけでなく、意識レベルも低下させるため、マウス麻酔下fMRIとヒト覚醒下fMRIでは比較が難しいと考えられています。

研究の内容

自閉症モデルマウスの脳機能異常の可視化に成功

図1

共同研究チームは、無麻酔fMRIを遂行するため、マウス用の頭部固定器具、送受信コイルおよびベッドを作成しました(図1)。撮像中のストレスを極力抑えるため、特殊な耳栓によりMRI撮像中のノイズを遮断し、順化トレーニング法を開発しました。 匂い刺激を提供する導管とマスクを頭部固定装置に導入し、MRI撮像中に他者の匂い※4による刺激を与えました。健常マウスでは、他者の匂い刺激により嗅球、青斑核を含む領域や視床などの中継核、そして記憶に関与する海馬の活動上昇が見られました。一方、15q dup マウスでは嗅球以外の領域に活動が認められませんでした。


図2

脳の関心領域(ROI, region of interest)間の相関係数を計算することにより、領域間の結合の強度を色で表している。暖色ほど機能的結合が高い。15q dup-saline(右上)は15q dupマウス、WT-saline(左下)は健常マウスでの結果を示す。

さらに、安静時fMRI※5を用いて、脳領域の機能的結合(functional connectivity)を調べたところ、15q dupマウスでは広範囲にわたり機能的結合の低下が認められました(図2)。次にこれらの機能異常が神経構造の異常によるものかどうか調べるため、拡散テンソル画像Diffusion tensor imaging(DTI)※6を用いて解剖学的結合を調べました。15q dupマウスでは解剖学的結合も広範囲に低下しており、機能的結合とある程度の相関が認められました。

次に、D-cycloserine(DCS)はグルタミン酸(NMDA)受容体に作用し、自閉症患者の症状を軽減するという研究報告があることから、15 dupマウスにおいても症状を軽減するのかを試しました。その結果、DCS投与により、社会的相互作用の異常が軽減され、さらに脳機能異常も前頭野を中心として部分的にではあるものの改善することがわかりました。

今後の展開

MRIの利点は、マウスからヒトまで同じ撮像法で非侵襲的に計測が可能なことです。無麻酔fMRIを用いることで、疾患モデルマウスの認知機能に関する領域の機能異常を計測することが可能になり、ヒトの臨床MRIデータと直接的に比較することが可能となります。

また、他の侵襲計測法(免疫抗体染色、遺伝子改変、神経活動記録など)と組み合わせることで、疾患による脳機能異常のメカニズムを遺伝子レベルからネットワークレベルまで包括的に解明されることが期待されます。

用語解説

※1 fMRI
神経活動に付随する局所的な脳血流変化を計測する間接的な方法。この神経活動と局所血管との関係を神経-血管カップリング(Neurovascular coupling)と呼ぶ。fMRI信号自体は脳血流変化を反映しているため、麻酔による神経-血管カップリングへの影響には注意が必要。

※2 機能的結合
安静時における、解剖学的に離れた領域間での神経活動パターンの同期を機能的結合と呼ぶ。この機能的結合の振る舞いを調べることで脳機能ネットワークを定量的に解析することが可能である。脳機能ネットワークの基底状態を反映していると考えられ、自閉症以外にもうつ病、統合失調症、認知症患者での機能的結合の異常が報告されている。

※3 コピー数多型
染色体の一部領域が重複・欠失することによって、ゲノムに含まれる遺伝子数が変化すること。ダウン症の原因である21番染色体トリソミー(21番染色体が三つになること)も、コピー数多型の一つである。今回の自閉症モデルマウスは、ヒト15番染色体の一部(ゲノム刷り込み領域)に相当する領域が重複するコピー数多型を持っている。

※4 他者の匂い
マウスはヒトよりも嗅覚と触覚が発達している。他者を識別するのに主として嗅覚を用いており、他者の匂いに対する認識は社会的相互作用を反映している。本研究では、他者の匂いを嗅がせた時のマウスの脳活動を比較し、自閉症マウスでの脳活動の低下を発見した。

※5 安静時fMRI
物理的・心理学的刺激や運動時のfMRIとは対照的に、タスクを何も課さない時の安静時の神経活動を記録する方法。安静時fMRIで得られた時系列データから機能的結合が算出される。

※6 拡散テンソル画像(DTI)
拡散強調画像法を用いて、6つ以上の方向に水分子プロトンの運動検出傾斜磁場(motion probing gradient)をかけて撮像することで、各ボクセル内の水分子の拡散異方性を検出する方法。拡散強調画像をテンソル解析することで白質線維束を3次元的に可視化し、脳領域同士の解剖学的結合を調べることができる。

謝辞

本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究、基盤研究(S)、新学術領域研究「スクラップ&ビルドに脳機能の動的制御」、武田科学振興財団研究助成及び理研横断プロジェクト「エピゲノム操作プロジェクト」による支援を受けて行いました。

論文情報

タイトル
Awake functional MRI detects neural circuit dysfunction in a mouse model of autism
DOI:10.1126/sciadv.aav4520
著者
Tomokazu Tsurugizawa, Kota Tamada, Nobukazu Ono, Sachise Karakawa, Yuko Kodama, Clement Debacker, Junichi Hata, Hideyuki Okano, Akihiko Kitamura, Andrew Zalesky, Toru Takumi
掲載誌
Science Advances
医療・健康生物化学工学
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