キャッサバ塊根の形成メカニズムを解明~塊根の生産性向上に向けた有用な基盤知見の取得に貢献~

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2020-08-05 理化学研究所

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター植物ゲノム発現研究チームの関原明チームリーダー、内海好規研究員らの国際共同研究グループは、熱帯作物のキャッサバ[1]塊根の形成に関わる分子メカニズムを解明しました。

本研究成果は、キャッサバの生産性向上に向けた有用な基盤知見の取得に貢献すると期待できます。

キャッサバの塊根中で合成されるデンプンは、全世界で5~10億人の食糧源・エネルギー源となっており、キャッサバは食糧安全保障および産業利用上、重要な作物として位置づけられています。持続的な食糧生産を維持するためには、塊根が形成される過程の分子メカニズムを理解する必要があります。

今回、国際共同研究グループは、理研のオミックス解析技術[2]を用いて、キャッサバ塊根について植物ホルモン[3]一斉分析、代謝物一斉分析、網羅的な遺伝子発現解析を実施しました。その結果、塊根の形成には植物ホルモンのオーキシン[4]とサイトカイニン[5]が主要な役割を担うことが分かりました。また、ジャスモン酸[6]がオーキシンとサイトカイニンの作用を、アブシジン酸[7]が糖代謝経路をそれぞれ抑制することで、塊根の形成を阻害していることが明らかになりました。

本研究は、科学雑誌『Plant Molecular Biology』のオンライン版(8月5日付:日本時間8月5日)に掲載されます。

キャッサバ塊根の形成メカニズムを解明~塊根の生産性向上に向けた有用な基盤知見の取得に貢献~

熱帯植物キャッサバとその利用

背景

熱帯作物のキャッサバ(学名:Manihot esculenta Crantz)は、三大穀物のイネ、トウモロコシ、コムギに次ぐ第四の炭素資源として重要な作物です。キャッサバは挿し木で増殖し、根には塊根が形成されます。この塊根中で合成されるデンプンは、全世界の5~10億人の食糧源・エネルギー源となっており、キャッサバは食糧安全保障および産業利用上、重要な作物として位置づけられています。持続的な食糧生産を維持するためには、塊根がどのような過程を経て形成されるのか、その分子メカニズムを理解することが必要です。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、理研が持つオミックス解析基盤技術を用いて、タイの圃場で栽培されたキャッサバの塊根と、塊根になる前の根について、植物ホルモン、代謝物、遺伝子の変化を比較しました。試料は、塊根になる前の根(P)、直径1~5mmの塊根(I)、直径5mm以上の塊根(S)に分画し、IとSをさらに樹皮(Co)と柔組織(Pa)に分けました(図1)。そして、挿し木後4週目、8週目、12週目の三つのサンプルを用意しました。

本研究に用いたキャッサバの図

図1 本研究に用いたキャッサバ

(a)キャッサバをタイの圃場で栽培した。茎を挿し木後、1年で約2メートルにまで成長する。キャッサバの葉は食用や飼料などに多目的に用いられる。茎は繁殖に利用され、根は塊根へと変化する。

(b)キャッサバ塊根を塊根になる前の根(P)、直径1~5mmの塊根(I)、直径5mm以上の塊根(S)に分画した。IとSの塊根をさらに樹皮(Co)と柔組織(Pa)に分けた。

塊根中のデンプン含有量を調べたところ、8週目と12週目の全ての試料でデンプンが蓄積していることが分かりました(図2a)。また、代謝物一斉分析の結果、デンプン代謝の基質となるグルコース-6-リン酸、ショ糖、ウリジル二リン酸グルコースが、塊根になる前の根(F4、コントロール)と比較して増加しており、塊根の直径の大小にかかわらず、デンプン合成が活性化されていました。

次に、塊根中の植物ホルモンの量を測定した結果、8週目と12週目の全ての試料で活性型サイトカイニン[5](トランスゼアチン型[tZ]とイソペンテニルアデニン型[iP])が蓄積していることが分かりました。また、直径1~5mmの塊根(I)、直径5mm以上の塊根(S)では、アスパラギン酸結合型オーキシンの量が減少していましたが、塊根になる前の根(P)ではオーキシンのレベルは一定であり、アスパラギン酸結合型オーキシンやアブシシン酸が一定量蓄積していました(図2b)。

また、塊根の遺伝子発現変化を塊根になる前の根と比較するため、網羅的な遺伝子発現解析を行いました。その結果、塊根中では糖代謝物の量が増大し、それに伴い、糖代謝関連の遺伝子発現やオーキシンやサイトカイニンの代謝に関わる遺伝子発現量も増加していました。さらに、オミックス解析基盤技術による解析の結果、塊根の直径にかかわらず、糖代謝が活性化されていることが分かりました。

塊根中のデンプン含有量と植物ホルモンの分析の図

図2 塊根中のデンプン含有量と植物ホルモンの分析

(a)挿し木後8週目と12週目の塊根試料中のデンプン含有量を測定した結果、全ての試料で、デンプン含有量は塊根の直径にかかわらず通常の根(F4、コントロール)と比較して増加していた。

(b)塊根試料中の植物ホルモンを分析して、通常の根(F4、コントロール)と比較した。赤色は4週目の根の試料と比較して増加したこと、青色は4週目の根の試料と比較して減少したことを示す。本図では、活性型サイトカイニン(tZ、cZ、DZ、iP)、サリチル酸(SA)、ジャスモン酸(JA)、オーキシン(IAA)、アスパラギン酸結合型オーキシン(IAAsp)、アブシジン酸(ABA)を示した。全ての試料で、tZとiP型サイトカイニン量が増加した。一方、直径1~5mm(I)と直径5mm以上(S)の塊根でIAAspが減少した。塊根になる前の根(P)では、tZ型とiP型の活性型サイトカイニン量が増加したが、ABAやIAAsp量も一定量維持されていた。

植物ホルモン一斉分析の結果、サイトカイニンの量の増加など、通常の根と塊根試料中の植物ホルモンの量に違いが見られました。このため、塊根の膨潤過程は、植物ホルモンにより制御されているのではないかと考えました。塊根形成過程でダイナミックな変化が観察された植物ホルモンの結果と根の膨潤の関係性を明らかにするため、キャッサバ無菌栽培の実験系を用いて植物ホルモン処理を行いました。キャッサバ無菌栽培の根に、人工サイトカイニンの6-ベンジルアミノプリン(BAP)と人工オーキシンのナフタレン酢酸(NAA)で処理すると、根が膨潤します(図3a)。

この性質を利用して、BAP、NAAのほかにサリチル酸、ジャスモン酸、アブシジン酸、アスパラギン酸結合型オーキシンで処理しました。その結果、植物ホルモン解析と同様、オーキシンとサイトカイニン処理では組織培養の根が膨潤するのに対して、BAPとNAA存在下でジャスモン酸またはアブシジン酸処理すると、根の膨潤が阻害されました。また、NAA存在下でアスパラギン酸型オーキシン処理しても、根の膨潤が阻害されました(図3b)。

遺伝子発現解析を行った結果、ジャスモン酸の処理はオーキシンのシグナルを抑制的に制御し、アブシジン酸は糖代謝を抑制している可能性が示されました。

塊根試料の植物ホルモン分析の図

図3 塊根試料の植物ホルモン分析

(a)植物ホルモンの影響について無菌栽培の実験系により解析した。例えば、キャッサバ組織培養植物の根に6-ベンジルアミノプリン(BAP、人工のサイトカイニン)とナフタレン酢酸(NAA、人工のオーキシン)処理すると根が膨潤する。

(b)無菌栽培の実験系を用いて、植物ホルモンによる根の膨潤の影響を解析した。BAPとNAAの存在下で、ジャスモン酸(JA)やアブシジン酸(ABA)処理により、根の膨潤が阻害された。高濃度のサリチル酸(SA)処理は根の膨潤に影響を示さなかった。また、NAAとアスパラギン酸型オーキシン(IAAsp)処理による根の膨潤がNAA単独の処理のものと比較して阻害された。

今後の期待

今回の研究では、根から塊根への変化をオミックス解析により可視化するとともに、塊根形成で重要な役割を果たす植物ホルモンの相互作用を明らかにしました。今後、その詳しい仕組みを調べていく必要がありますが、この研究成果を起点としてさらに研究が進展することで、効率的な塊根収量増産に向けた技術開発が可能になると考えられます。そのような技術は、環境負荷を低減しながら、十分な収量を維持できるキャッサバ栽培法や植物の設計に貢献できると期待できます。

また、本研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち「2.飢餓をゼロに」と「15.陸の豊かさも守ろう」に大きく貢献するものです。

補足説明

1.キャッサバ
学名:Manihot esculenta、英語名:cassava。熱帯・亜熱帯地域で栽培されている作物。挿し木で増殖し、根には塊根が形成される。塊根中で合成されるデンプンは、全世界で5~10億人の重要な食糧源・エネルギー源となっており、食糧安全保障および産業利用上、重要な作物として位置づけられている。

2.オミックス解析技術
生物に存在する分子全体を網羅的に解析する方法。トランスクリプトーム(全転写産物の集合)、植物ホルモノーム(植物ホルモンの集合)、メタボローム(全代謝産物の集合)などの解析方法がある。

3.植物ホルモン
植物の成長を制御する化学物質の総称。一般的に植物ホルモンは、植物でごくわずかしか作られない。これまでに、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、エチレン、ジャスモン酸、アブシジン酸、ブラシノステロイド、ストリゴラクトン、サリチル酸に加え、いくつかのペプチドホルモンなどが発見されている。

4.オーキシン
植物の成長や形態形成などで中心的な役割を担う植物ホルモン。

5.サイトカイニン、活性型サイトカイニン
サイトカイニンは、植物の成長や実りの促進、老化の抑制などに関与する植物ホルモンの一種。作られた細胞から近傍の細胞に作用して「細胞間」のシグナルとして働くだけでなく、道管や師管を介して移動し「器官間」のシグナルとしても重要であることが明らかにされつつある。シロイヌナズナには、イソペンテニルアデニン型(iP型)とトランスゼアチン型(tZ型)の活性型サイトカイニンが存在し、後者は茎や葉など地上部の成長を促進する作用がある。

6.ジャスモン酸
植物ホルモン様物質である揮発性有機化合物の一つで、果実熟成や老化促進、および傷害ストレス応答のシグナルとして機能する。ジャスミンの花から香気成分として単離できるジャスモン酸メチルはジャスモン酸の誘導体として知られる。

7.アブシジン酸
生体内でさまざまな生理機能を発揮する植物ホルモンの一つ。気孔の閉鎖、乾燥耐性の獲得、種子の成熟や休眠、器官の離脱などの生理作用がある。

国際共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター
植物ゲノム発現研究チーム
チームリーダー 関 原明(せき もとあき)
研究員 内海 好規(うつみ よしのり)
研究員 松井 章浩(まつい あきひろ)
テクニカルスタッフⅠ 田中 真帆(たなか まほ)
テクニカルスタッフⅠ 高橋 聡史(たかはし さとし)
テクニカルスタッフⅡ 内海 稚佳子(うつみ ちかこ)
統合メタボロミクス研究グループ
グループディレクター 斉藤 和季(さいとう かずき)
メタボローム情報研究チーム
研究員 福島 敦史(ふくしま あつし)
技術基盤部門 質量分析・顕微鏡解析ユニット
テクニカルスタッフⅠ 小林 誠(こばやし まこと)
専門技術員 佐々木 亮介(ささき りょうすけ)
専門技術員 小嶋 美紀子(こじま みきこ)

山形大学 農学部
教授 及川 彰(おいかわ あきら)

筑波大学 生命環境科学研究科
教授 草野 都(くさの みやこ)

名古屋大学大学院 生命農学研究科
教授 榊原 均(さかきばら ひとし)

タイ マヒドン大学 理学部
准教授 ジャランヤ・ナランガジャバナ(Jarunya Narangajavana)
助教 パンチャパット・ソジクル(Punchapat Sojikul)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構JST EIG CONCERT-JAPANにおける研究課題「持続的な作物生産のためのジャガイモとキャッサバの比較オミックス解析」、JST国際科学技術共同研究推進事業日本-ベトナム-タイ 東アジア共同研究プログラム(e-ASIA)の研究課題「最先端科学技術を用いたアジアにおけるキャッサバ分子育種の推進」、JST国際科学技術共同研究推進事業地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)の研究課題「ベトナム、カンボジア、タイにおけるキャッサバの侵入病害虫対策に基づく持続的生産システムの開発と普及」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Yoshinori Utsumi, Maho Tanaka, Chikako Utsumi, Satoshi Takahashi, Akihiro Matsui, Atsushi Fukushima, Makoto Kobayashi, Ryosuke Sasaki, Akira Oikawa, Miyako Kusano, Kazuki Saito, Mikiko Kojima, Hitoshi Sakakibara, Punchapat Sojikul, Jarunya Narangajavana, Motoaki Seki, “Integrative omics approaches revealed a crosstalk among phytohormones during tuberous root development in cassava”, Plant Molecular Biology, 10.1007/s11103-020-01033-8

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
チームリーダー 関 原明(せき もとあき)
研究員 内海 好規(うつみ よしのり)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

細胞遺伝子工学生物化学工学
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