コウイカ類における吸盤形成パターンの解明

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2020-08-26 東京大学

金原 僚亮(生物科学専攻 修士課程2年生)
中村 真悠子(生物科学専攻 博士課程1年生)
小口 晃平(研究当時:生物科学専攻 博士課程3年生)
幸塚 久典(臨海実験所 技術専門職員)
三浦 徹(臨海実験所 教授)

発表のポイント

  • イカやタコ等の頭足類は複数の腕や墨袋など特徴的な器官を多数持ち、中でも吸盤は餌の捕獲など複雑な行動の実現に欠かせない構造であるが、その発生過程の知見はほぼ得られていなかった。本研究ではこの吸盤に着目し独特の形質が作られる過程を解明した。
  • コウイカ目における吸盤形成過程を詳細に観察し、腕の先端に吸盤を新生する領域がありそこから未発達な吸盤原基が作られること、腕の根本側に向かって詳細な構造が形成されることなど、吸盤の形成パターンを明らかにした。
  • 他の動物にはない新たな形質を獲得することは動物が自然界において生息域を拡大し繁栄する上で重要なことである。本研究は吸盤というイカやタコの持つ独特の器官を手がかりとして、新たな形質の獲得過程に迫るための基盤を築いたと言える。

発表概要

自然界において他の動物とは異なる新たな特徴を獲得すること(新規形質の獲得)は環境に適応し生息域を広げるために非常に重要である。特にイカやタコ等の頭足類は軟体動物に属するが、墨袋など頭足類に特徴的な新規形質を数多く獲得してきた。中でも「吸盤」は、物の保持や餌の捕獲など複雑な行動を可能にし、頭足類の示す高度な知能の発達にも関わると考えられる重要な形質であるが、そもそも吸盤がどのように形成されるのかといったことすらほとんど未解明であった。

東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授と金原僚亮大学院生を中心とした研究グループは、頭足類の中でも扱いやすいコウイカ目に着目し、受精後の胚発生過程から孵化後数ヶ月にわたって吸盤形成過程の観察を続けた。共焦点レーザー顕微鏡や組織切片を用いた観察の結果、腕の最先端部に尾根状に隆起した領域が見られること、そこから未発達な吸盤が作られイカの成長に伴って吸着力を生むための構造が分化すること、孵化後には未発達な吸盤を保護するように腕の先端が皮で覆われるようになることなど、吸盤の詳細な形成パターンを明らかにした。

本研究により、今後頭足類が吸盤という独特の新規形質をどのようにして獲得したのかを解明していくために必要不可欠な知見が得られた。

発表内容

研究の背景
イカやタコ等の頭足類は体の色を変える色素胞や防御に用いられる墨袋など独特の器官を進化の過程で数多く獲得し、海洋において繁栄してきた動物である。このような新たな特徴を獲得すること(新規形質の獲得)は、環境に適応し生息域を広げるために非常に重要である。頭足類の獲得した新規形質の中でも腕の上に並ぶ「吸盤」は、移動や餌の捕獲、交接など複雑な行動を実現するために欠かせない器官であり、頭足類の示す高度な知能の発達にも関わると考えられる(図1)。しかしながら、吸盤がどのように獲得されてきたのかは全く分かっておらず、そもそも頭足類が成長する過程で吸盤がどのように形成されるのかということについても理解が進んでいなかった。

図1:(A)イカの腕とその上に並ぶ吸盤。(B)コウイカの吸盤。カップ状の付着部と、腕と付着部をつなぐ柄からなる。

①研究内容
そこで東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授と金原僚亮大学院生を中心とした研究グループは、頭足類の中でも扱いやすいコウイカ目のコウイカ Sepia esculentaとカミナリイカ S. lycidasの2種(図2)に着目し、吸盤の形成過程を共焦点レーザー顕微鏡や組織切片を用いて観察した。孵化後の幼体でも腕の伸長に伴い、吸盤が増加するが、孵化後は外部環境にさらされるため吸盤の形成パターンが孵化前とは異なる可能性があるため、胚発生過程および孵化後の幼体における吸盤形成過程の観察を行い以下の観察結果を得た(図3)。

(1)腕の最先端部に尾根状に盛り上がった領域があり、そこから腕の基部方向に向かってドーム状の未発達な吸盤(吸盤原基)が作られる。
(2)腕の根本側(基部側)では付着部や柄など成体の吸盤と同様な構造が分化した吸盤が分布する。

これより腕の先端から未発達な吸盤原基が新生され、腕の成長に伴い機能的な吸盤へ分化していくという形成パターンが示された。また、孵化後の幼体では、腕の先端部で上皮が伸長し吸盤原基を覆うことで、未成熟な吸盤を外部環境から保護していると考えられる(図4)。

図2:コウイカ(S. esculenta)とカミナリイカ(S. lycidas)の成体。

図3:胚発生過程における吸盤の形成パターン。(A、B)共焦点レーザー顕微鏡により観察したコウイカの腕とその上に並ぶ吸盤の様子。(A)吸盤が出来る腕の口側から見た図。(B)腕の側面から見た矢状断面図。(C)吸盤形成パターンの模式図。

図4:胚発生過程から孵化後の幼体にいたる吸盤形成パターンの模式図。

②社会的意義・今後の予定
本研究では頭足類の繁栄に大きく関与するにも関わらず、ほぼ研究がなされていない吸盤に着目し、コウイカ類の発生過程における吸盤形成過程を解明することで、今後他種のイカやタコの吸盤形成パターンと比較し、ひいては吸盤の獲得過程を解明していくために必要不可欠な土台を築いた。今後は、どのような遺伝子が関与して吸盤が形成されるようになったのかなど、より詳しい形成メカニズムの解明に取り組む予定である。

発表雑誌

雑誌名
Frontiers in Zoology論文タイトル
Pattern of sucker development in cuttlefishes

著者
Ryosuke Kimbara, Mayuko Nakamura, Kohei Oguchi, Hisanori Kohtsuka, Toru Miura*

DOI番号
10.1186/s12983-020-00371-z

アブストラクトURL

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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生物化学工学
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