世界初、非ヒト霊長類動物で子宮移植後の出産に成功~子宮性不妊患者に希望の光~

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2020-11-30 慶應義塾大学医学部,東海大学医学部,滋賀医科大学医学部,株式会社イナリサーチ,日本医療研究開発機構

慶應義塾大学医学部産婦人科学(婦人科)教室の木須伊織特任助教、阪埜浩司准教授、青木大輔教授、同外科学(一般・消化器)教室の尾原秀明准教授、東海大学医学部医学科基礎医学系分子生命科学の椎名隆教授、滋賀医科大学病理学講座疾患制御病態学部門の伊藤靖教授、滋賀医科大学動物生命科学研究センター土屋英明博士、株式会社イナリサーチの中川賢司代表取締役社長らを中心とした研究グループは、カニクイザルを用いて子宮移植を行い、非ヒト霊長類動物において世界で初めて子宮移植後の出産に成功しました。

生まれつき子宮がない、もしくは何らかの原因で子宮を失った20~30代の子宮性不妊症(注1)の女性は国内で約6万人存在します。それらの女性は、自らのお腹で妊娠、出産することが不可能でしたが、2000年頃より子宮を移植することで妊娠出産を目指す子宮移植研究が行われ始めました。これまでラットやヒツジなどの動物での子宮移植後の出産は報告されていたものの、ヒトに解剖生理学的に近い非ヒト霊長類動物を用いた子宮移植後の出産は報告されていませんでした。

今回、研究グループは、MHC(Major Histocompatibility Complex;主要組織適合性複合体)(注2)を統御したカニクイザルを用いて、母娘間での子宮移植を想定した動物実験モデルを作製し、その後、非ヒト霊長類の子宮移植例としては世界で初めて妊娠、出産に成功しました。

非ヒト霊長類動物での検証は新しい技術の臨床応用を視野に入れた前臨床試験(注3)として大変有用ですが、カニクイザルはヒトと比べて非常に小さく、術後管理も難しいことから、子宮移植モデルの作製は困難であると考えられていました。今回、研究グループによるカニクイザルでの子宮移植の成功により、この動物での子宮移植が技術的に可能であることが証明され、さらに、そのモデル作製は子宮移植に関わる医学的課題の解明にもつながる大きな成果であると言えます。研究グループは、今後、国内初の子宮移植の臨床応用を目指しており、これまで妊娠出産が不可能とされていた子宮性不妊女性に福音をもたらすことが大いに期待されます。

本研究成果は、2020年11月18日(日本時間)に、国際医学雑誌『Journal of Clinical Medicine』に掲載されました。

研究の背景と概要

子宮性不妊症は、生まれつき子宮が存在しない、もしくは子宮自体の何らかの異常により子宮を摘出したことが原因による不妊症で、国内では、20~30代で約6万人以上の患者が存在すると推計されます。これらの女性はご自身のお腹で妊娠、出産することは不可能であり、子どもを授かることが困難な状況です。それに対して、近年の移植技術、微小血管吻合技術、組織保存技術の向上や免疫拒絶のメカニズムの解明、免疫抑制剤の開発に伴い、これらの子宮性不妊女性が子どもを授かるための解決策の一つの選択肢として「子宮移植」という新たな医療技術が考えられるようになりました。子宮移植は、ドナー(提供者)からの子宮の提供により子宮の移植を受けたレシピエント(受容者)が妊娠出産し、子どもを得ることを目的とします。

2000年頃より世界ではマウスやラットなどの小動物を用いた子宮移植研究が開始されました。慶應義塾大学医学部を中心とした研究グループは将来のヒトへの臨床応用を見据え、前臨床試験の位置付けとして、ヒトと解剖生理学的に類似する非ヒト霊長類動物であるカニクイザルを用いて2009年より子宮移植研究を開始しました。これまでにラットやヒツジを用いた子宮移植後の出産は報告されていましたが、非ヒト霊長類動物での妊娠出産の報告はありませんでした。研究に使用したカニクイザルは体重約3kgと非常に体格が小さく、また検査や投薬が十分に行えず術後管理が難しいことから、カニクイザルを用いた子宮移植モデル作製は困難であると考えられていました。

本研究グループは、拒絶反応に関わるMHC(Major Histocompatibility Complex;主要組織適合性複合体)に着目し、約5,000頭のスクリーニングにより得られた特定のMHC型をもつカニクイザル(MHC統御カニクイザル)を計画的に繁殖させました。そして、このMHC統御カニクイザルを用いた子宮移植を行い、子ザルを得ることを計画しました(図1)。

図1 本研究の概念図

研究の成果と意義・今後の展開

慶應義塾大学医学部のグループが以前に行った子宮移植に関するアンケート意識調査(3,712名対象)において、母娘間(母親から娘へ)の子宮移植が社会的に最も許容されやすい結果が得られました。そのため、本研究グループはMHC統御カニクイザルを用いて、カニクイザルにおいても母娘間を想定したペア間での子宮移植モデル作製が前臨床試験としても有用であると考え、このモデル作製を試みました。カニクイザルでの手術はヒトと比べて非常に小さい個体であるため、繊細な技術が求められますが、長年に渡る産婦人科医と外科医の連携により、子宮移植手術手技を確立することができました。子宮移植後は拒絶反応(注4)を抑えるために免疫抑制剤を投与しながら、注意深い観察や管理を行いました。経過中に拒絶反応が認められることもありましたが、免疫抑制剤の治療により改善したため、受精胚を子宮内に胚移植して妊娠を目指しました。子宮移植手術から約1年後に妊娠が成立し、2回の流産を認めましたが、その後の妊娠では胎児の発育は良好であり、妊娠満期にて計画的帝王切開で元気な子ザルを出産しました。これにより、世界で初めて非ヒト霊長類動物での子宮移植後の出産に成功しました(図2)。

図2 世界初の非ヒト霊長類動物での子宮移植後に出産された子ザル

本研究グループによるカニクイザルでの子宮移植後の出産の成功により、子宮移植は技術的に可能であることが証明され、さらに、そのモデル作製は子宮移植に関わる医学的課題の解明にもつながる大きな成果であると言えます。研究グループは、これまでの10年以上に及ぶ基礎実験の経験をもとに、国内初の子宮移植の臨床応用を目指しています。子宮移植という生殖・臓器移植技術により、これまで妊娠出産が不可能とされていた子宮性不妊女性が子どもを授かるための選択肢が広がり、子宮性不妊女性に福音をもたらし、希望の光を与えることが大いに期待されます。

特記事項

本研究は平成25年に国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)として開始され、その後2015年から国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)に移管された後、医療分野研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)の支援によって2017年まで実施されました。

論文
英文タイトル
First successful delivery after uterus transplantation in MHC-defined cynomolgus macaques.
タイトル和訳
MHC統御サルにおける子宮移植後の出産に初成功
著者
木須伊織、加藤容二郎、真杉洋平、石垣宏仁、山田洋平、松原健太郎、尾原秀明、江本桂、的場優介、安達将隆、阪埜浩司、佐伯陽子、笹村孝子、板垣伊織、河本育士、岩谷千鶴、中川孝博、村瀬満、土屋英明、浦野浩行、依馬正次、小笠原一誠、青木大輔、中川賢司、椎名隆
掲載誌
Journal of Clinical Medicine
DOI
10.3390/jcm9113694
用語解説
(注1)子宮性不妊症
不妊症の中で原因が子宮にある不妊症をさす。生まれつき子宮がない、もしくは有しても機能しない、または何らかの原因で子宮を摘出したことによって生じた不妊症。
(注2)MHC(Major Histocompatibility Complex;主要組織適合性複合体)
抗原特異的な免疫応答の誘導などの働きを担う細胞膜表面上の糖タンパク質のこと。ドナーとレシピエント間におけるMHC型の一致は、移植片生着のための重要な指標の一つである。
(注3)前臨床試験
人を対象とする臨床試験の前に行う試験のこと。
(注4)拒絶反応
臓器移植を行った後に起こる一連の生体反応であり、自分の体の外から入ってきた異物や抗原(細菌、ウィルスなど)に対して、これを殺傷し、排除しようとする働きをさす。

本発表資料のお問い合わせ先
慶應義塾大学医学部産婦人科学教室
特任助教 木須伊織(きすいおり)

東海大学医学部医学科基礎医学系分子生命科学
教授 椎名隆(しいなたかし)

滋賀医科大学医学部医学科病理学講座(疾患制御病態学部門)
教授 伊藤靖(いとうやすし)

株式会社イナリサーチ
広報・IR担当執行役員 野竹文彦(のたけふみひこ)

本リリースの配信元
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課:山崎・飯塚

AMED事業に関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
実用化推進部 研究成果展開推進課

医療・健康生物化学工学
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