2021-03-17 産業技術総合研究所
北里大学海洋生命科学部安元 剛講師、産業技術総合研究所地質情報研究部門飯島真理子産総研特別研究員、井口 亮主任研究員、琉球大学農学部安元 純助教、同理学部中村 崇准教授、同熱帯生物圏研究センター酒井一彦教授らの研究グループは、市街地や農地に近い海域で採取した石灰質の砂(※1)と共に稚サンゴ(※2)を飼育したところ、砂からリンが高い濃度で溶出し、稚サンゴが骨を作るのを妨げることを初めて明らかにしました。過度の栄養塩が海に流れ込むと、サンゴが減少することは知られていましたが、科学的なメカニズムはわかっておらず、本成果はサンゴ保全に役立つと期待されます。この成果は2021年3月17日に英国王立協会が刊行する “Royal Society Open Science”に掲載されます。
沖縄県南部(八重瀬町)の石灰質の砂の近くで生息するコユビミドリイシサンゴ
(2021年3月:飯島真理子 撮影)
研究成果のポイント
- 沖縄島南部地域の市街地や農地に近い沿岸域の石灰質の砂を採取し、砂と共にコユビミドリイシ(※3)Acropora digitiferaの稚サンゴを飼育したところ、砂から飼育海水に約20 µMと高濃度のリン酸塩(※4)が溶出し、稚サンゴの骨格形成を妨げることを明らかにしました(図2参照)。
- リン酸塩は炭酸カルシウムに高い吸着性を有するため、石灰質の砂に蓄積し一部溶出したリン酸塩が、サンゴの炭酸カルシウム骨格の形成を妨げるというメカニズムが明らかになりました。
- 過度の栄養塩が海に流れ込むと、その海域のサンゴが減少することは知られていましたが、科学的なメカニズムはわかっておらず、具体的な対策も取られていませんでした。本研究の成果は、世界規模で減少するサンゴ礁の保全に大きく貢献できると期待できます。
図1 コユビミドリイシ Acropora digitiferaの稚サンゴを実験室内で4週間飼育した際の実体顕微鏡写真。左が褐虫藻と共生していない稚サンゴ、右が褐虫藻と共生している稚サンゴ。白っぽく見えるのが炭酸カルシウムで作られている骨格。スケールバーは200 µm。本研究ではサンゴ側の石灰化メカニズムに注目するため、共生藻類を獲得させずに実験を行った。
図2 沖縄県の沿岸部で採取した砂と共に飼育したコユビミドリイシの稚サンゴの走査型電子顕微鏡(SEM)像。稚サンゴ全体を撮影した全体像と白枠部分を拡大した像。「砂なし」は比較のため、海水のみで飼育したもの、「砂あり(北部)」は、ミドリイシサンゴが比較的多く生息する北部で採取した砂と共に飼育した稚サンゴ、飼育海水には5~8 µMのリン酸塩が溶出し、「砂なし」と比べて骨格形成が僅かに阻害されているが骨格表面は滑らか。「砂あり(南部)」は、市街地や農地に近い南部で採取した砂と共に飼育した稚サンゴ。飼育海水には12~20 µMのリン酸塩が溶出し、稚サンゴの骨格形成が顕著に阻害され、高濃度のリン酸塩を添加した場合と類似した、凹凸のはげしい骨格表面となった。全体像のスケールバーは100 µm、拡大像のスケールバーは10 µm。
研究の背景
海水温上昇や海洋酸性化など地球規模のストレスの影響によってサンゴの減少が指摘されていますが、沿岸域の土地利用の変化や諸開発にともなう陸域由来の物質がサンゴの生育環境を悪化させるなど地域に特有な影響も懸念されています。特に過剰な栄養塩が海域に流れ込むと、生きたサンゴの被度が減少したり、白化したサンゴの回復が遅れたりすることが指摘されており、科学的なメカニズム解明が望まれていました。通常、サンゴ礁海域の表層海水の栄養塩濃度は低く、表層海水の栄養塩濃度でサンゴに及ぼす影響を実験的に評価するのは困難でした。他方、本研究グループは、代表的な栄養塩であるリン酸塩が稚サンゴの骨格形成を阻害することを室内実験で見いだしておりました。リン酸塩がサンゴ骨格の素材でもある炭酸カルシウムに対して高い吸着性を持つ点を考慮すると、リン酸塩は炭酸カルシウムで構成される熱帯・亜熱帯の砂に蓄積していることが懸念されていました。
研究内容と成果
沖縄県のミドリイシサンゴが比較的多く生息する沖縄島北部沿岸部、市街地や農地に比較的近い南部沿岸域で採取した石灰質の砂と共に飼育したコユビミドリイシの稚サンゴを約40日間飼育し、稚サンゴの骨格形成の様子と飼育海水に溶出してくるリン酸塩の濃度を調べました。その結果、北部沿岸部で採取した砂と共に飼育した場合、飼育海水には5~8 µMのリン酸塩が溶出し、海水のみで飼育した稚サンゴに比べて、底面骨格は7割程度の減少に収まりました。一方、南部沿岸域で採取した砂と共に飼育した場合、飼育海水には12~20 µMのリン酸塩が溶出し、海水のみで飼育した稚サンゴに比べて、底面骨格は3割程度にまで大きく減少しました。後者の場合、走査型電子顕微鏡(SEM)の写真からも高濃度のリン酸塩を人工的に添加して飼育した稚サンゴの骨格と類似した凹凸のはげしい骨格表面が確認できました(図2)。
サンゴの主な分布域である熱帯・亜熱帯の島嶼域では、多くの砂が石灰質つまり炭酸カルシウムで構成されています。リン酸塩は炭酸カルシウムに高い吸着性を有するため、陸から海に流れ込んできたリン酸塩は沿岸域の砂に徐々に吸着され、高濃度で蓄積されていることが明らかになりました。また、砂に蓄積したリン酸塩は飼育海水中にも溶出するためサンゴなどの底生生物に影響を及ぼしていると考えられます。本研究は、科学的に証明が難しかった栄養塩によるサンゴへの直接的な悪影響の一端を証明できたという点で意義がある研究で、サンゴ礁保全に大きく貢献することが期待できます。
今後の展開
本共同研究グループでは、砂に蓄積したリン酸塩を蓄積型栄養塩と定義し、本格的な調査を始めています。サンゴ礁によって形成された島では、大きな河川が発達していない場合もあります。その場合、陸域からの栄養塩は地下水を経由して沿岸海域に流出します。地下水が何処に海底湧水として海域に流出しているかは探すのが困難ですが、沿岸域の蓄積型栄養塩を調べることによって、陸域負荷の大きい場所を特定することが可能になると考えられます。また現在、サンゴの骨格形成を阻害するリン酸塩だけでなく、底生生物の生育に影響を及ぼす可能性のある陸域由来のその他の物質についても、石灰質の砂に蓄積しているかどうか調査を開始しています。
論文情報
論文名:Phosphate bound to calcareous sediments hamper skeletal development of juvenile coral.
邦題名:石灰質の底質に吸着しているリンは稚サンゴの骨格形成を阻害する
掲載紙:Royal Society Open Science
著者:飯島真理子(産業技術総合研究所)、安元 純(琉球大学)、井口 亮(産業技術総合研究所)、古磯稀代美(北里大学)、牛込彩香(北里大学)、中嶋夏紀(北里大学)、國枝優子(北里大学)、中村 崇(琉球大学)、酒井一彦(琉球大学)、廣瀬(安元)美奈(トロピカルテクノプラス)、安元(森)加奈未(東京理科大学)、水澤奈々美(北里大学)、天野春菜(北里大学)、鈴木 淳(産業技術総合研究所)、 神保 充(北里大学)、渡部終五(北里大学)、安元 剛(北里大学).
DOI:https://doi.org/10.1098/rsos.201214
研究資金
本研究は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20194007)、(独)日本学術振興会(JSPS)の科研費(19K12310、20H03077)、国立研究開発法人産業技術総合研究所・環境調和型産業技術研究ラボ(E-code)の支援を受けて実施しました。
用語解説
- ※1:石灰質の砂
- サンゴ礁で形成された島の砂(底質)は、主に石灰質で構成されており、昔生きていたサンゴや有孔虫など炭酸カルシウムの骨格を有する海洋生物に由来する。海洋生物が作る炭酸カルシウム骨格は多孔質で物質の吸着性に優れていることが知られている。リン酸塩は特に石灰質の砂に吸着しやすく蓄積していることが明らかになった。
- ※2:稚サンゴ(図1参照)
- 沖縄本島では、6月~8月の満月の頃にミドリイシ属のサンゴ産卵が行われ、サンゴから放出された卵と精子は海水面付近で受精し、約3日後には遊泳力のあるサンゴ浮遊幼生(サンゴプラヌラ)となる。実験室内ではHym-248神経ペプチドを投与することで、ミドリイシ属のサンゴプラヌラはサンゴ初期ポリプ(稚サンゴ)に変態し、その後、約半日で炭酸カルシウムの骨をつくるための「石灰化」を開始する。自然環境下では稚サンゴは共生藻類を獲得し、親サンゴへと成長するが、本研究ではサンゴ側での石灰化メカニズムに注目するため、共生藻類を獲得させずに実験を行った。
- ※3:コユビミドリイシ(学名:Acropora digitifera)
- 枝状に成長する造礁サンゴ類であるミドリイシ属の一種で、沖縄近海の比較的浅海に広く分布している。本研究では、沖縄県よりサンゴの採捕許可を得て、琉球大学瀬底研究施設内で産卵した個体からサンゴ幼生を得て実験に用いた。
- ※4:リン酸塩
- 代表的な栄養塩の一つであるリン酸塩は、ATPやDNAなどを構成する主要な生体分子で、生命活動にはなくてはならない物質である。サンゴ礁生態系は、非常に限られたリン酸供給(表層海水では通常0.3 µM以下)によって成立しており、過剰なリン酸供給は、藻類などの増加を招きサンゴに悪影響を及ぼすことが知られている。最近、本研究グループによってリン酸塩が稚サンゴの骨格形成を直接的に阻害することが実験的に明らかにされた(Iijima et. al. 2019, Marine Biotechnology 21(2), 291-300.)