2021-04-30名古屋市立大学,理化学研究所,日本医療研究開発機構
研究のポイント
- 1,825人の日本人てんかん患者での全ゲノムDNA解析により、てんかんの発症に関わる新規原因遺伝子領域を12番染色体長腕に同定しました。
- 発現関連解析などにより、領域内の有力な発症原因遺伝子候補を絞り込みました。
- 本発見はてんかん発症メカニズムの理解や治療法の開発・改良に寄与する可能性があります。
研究成果の概要
名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経科学研究所 神経発達症遺伝学分野の山川和弘教授、鈴木俊光講師、理化学研究所(理研)生命医科学研究センター ゲノム解析応用研究チームの寺尾知可史チームリーダー、小池良直研修生(北海道大学大学院)、理研 生命医科学研究センター 基盤技術開発研究チームの桃沢幸秀チームリーダー、久保充明チームリーダー(研究当時)、芦川享大テクニカルスタッフ(研究当時)、東京大学大学院新領域創成科学研究科 複雑形質ゲノム解析分野の鎌谷洋一郎教授らを主体とする共同研究グループは、日本人てんかん患者のゲノムDNAを用いて全ゲノム関連解析(GWAS)1)を行い、てんかん発症に関わる新規の遺伝子領域を同定しました。
背景
てんかんは、脳内の神経細胞の過剰な興奮(神経活動)により繰り返し起こるてんかん発作を特徴とし、全人口のおよそ1%に見られる頻度の高い慢性的な神経疾患です。これまでにてんかん発症の原因となる責任遺伝子も多数同定されており、また、一卵性双生児での一致率を様々な疾患で調べた研究では、特発性てんかんが統合失調症や双極性障害(躁うつ病)など他の疾患を抑え、80%を超える最大の一致率を示しており、これらは、てんかんにおいて遺伝的背景の寄与が非常に大きいことを明確に示しています。現在までに欧州では、てんかん発症リスクと関連する遺伝子を探索する大規模なGWASが共同研究ベースで実施されてきましたが、日本人においては充分な検討がなされてきませんでした。今回、共同研究グループは、日本人てんかん患者のゲノムDNAを用いてGWASを行い、日本人におけるてんかん発症に関わる遺伝的リスクの同定を試みました。
研究の成果
山川教授らの研究グループは、日本最大級の疾患バイオバンクであるバイオバンク・ジャパン(BBJ)2)で収集された様々な種類のてんかん患者1,825人(442人の特発性全般てんかん、666人の症候性てんかん、717人の未分類のてんかん)を含む約1万人の全ゲノムインピュテーション3)を行い、得られたヒトゲノム全体をカバーする約1千万ヶ所の一塩基多型(SNNPP)4)とてんかんとの関連を解析した結果、全ゲノム関連解析の有意水準5)(P < 5.0 × 10-8)を満たす11個のSNPを含むてんかん発症に関わる新規の遺伝子領域を12番染色体長腕(12q24)から同定しました(図1、2)。これら11個のSNPは以前の欧州人や中国人のてんかん患者を用いたGWASでは報告のない新規のSNPでした。
図1 てんかんの全ゲノム関連解析(GWAS)の結果。横軸にヒト染色体上の位置、縦軸に各SNPのてんかんとの関連の強さを示した図です。12番染色体に全ゲノム関連解析の有意水準を満たすシグナルを同定しました。グラフの上にあるほど関連が高いことを示します。赤い線は全ゲノム関連解析の有意水準(P < 5.0 × 10-8)を示します。
次に、今回てんかんと関連を示した11個のSNPのアレル頻度6)を集団間で比較したところ、これらのSNPは東アジア系集団(日本人、中国人、ベトナム人)では多型性を示したが、東アジア系集団以外(欧州系、アフリカ系など)では単型性または非常に小さな多型性を示しました。このことは、今回同定されたてんかんと関連を示すSNPを用いても、東アジア系集団以外の集団ではてんかんとの関連を検出することが困難であり、これが今回見出した領域が以前の欧米人患者を用いたGWASでは検出されなかった理由であることを示唆しています。
今回同定された遺伝子領域には24個の遺伝子が位置しています(図2)。脳での発現が確認されている遺伝子のうち、BRAP遺伝子は統合失調症の責任遺伝子の候補として報告があり、また神経伝達に関与するタンパク質をコードするRPH3A遺伝子の変異が学習障害や運動失調症などの患者で見つかっています。また、SNPsと遺伝子の発現量との関連をみる解析によっても、これらBRAP、RPH3Aなどが関連遺伝子候補として見出されました。加えて、神経細胞の樹状突起分枝やシナプス形成に関わる転写因子7)をコードするCUX2遺伝子の同一ヘテロ接合性8)新生変異9(p.E590K)が発症率の低い希なてんかん性脳症の少数の患者で同定されており、これら遺伝子の変異(多型)が広くてんかん発症に関わる可能性もあり、今後これらの候補遺伝子について更なる解析が求められます。
図2 図1を拡大したてんかんと関連する遺伝子領域。(上)横軸にヒト染色体上の位置、縦軸に各SNPのてんかんとの関連の強さを示しました。赤のダイヤはこの領域でてんかんと最も強い関連(P = 8.57 x 10–10)を示したSNP。(下)てんかんと強い関連を示す領域 (CUX2 – RPH3A遺伝子間)には24個の遺伝子が位置しています。
研究の意義と今後の展開や社会的意義など
本研究成果によりてんかん発症との関連が明らかとなった遺伝子領域内の原因遺伝子を同定し、その変異を介した発症メカニズムを解明することで、てんかんに対する新しい治療法や発症予防法の開発に貢献できる可能性があります。さらには、患者さんへの遺伝カウンセリングにおいて科学的根拠に基づいて説明すること、医療の現場での遺伝子検査の実施により、患者個人に対応した適切な治療の方針を立てることが可能となり、副作用の軽減や無駄な医療費の削減に貢献することが期待できます。
用語解説
- 1)全ゲノム関連解析(GWAS)
- 疾患の感受性遺伝子を見つける方法の一つ。ヒトのゲノム全体を網羅する遺伝子多型を用いて、疾患を持つ群と疾患を持たない群とで遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に検定する方法。検定の結果得られたP値(偶然にそのようなことが起こる確率)が低いほど、相関が高いと判定できます。GWAS は、Genome-Wide Association Study の略。
- 2)バイオバンク・ジャパン(BBJ)
- アジア最大規模の生体試料バンクで、東京大学医科学研究所内に設置されています。オーダーメイド医療の実現プログラムの基盤であり、20万人を超える日本人から収集したDNAや血清サンプルを臨床情報とともに厳重に保管し、研究者への試料やデータの提供を行っています。
- 3)全ゲノムインピュテーション
- DNAマイクロアレイで一部(数十万から数百万カ所)の遺伝型を測定した後に、そこで得られた遺伝型を用いて実験的に測定していない遺伝的変異をコンピュータで推定し、補完する遺伝統計学的手法。被検者の全ゲノムシークエンス解析を行う必要がなく、時間・費用かが抑えられるというメリットがあります。この手法では、全ゲノムシークエンスデータを参照して推定を行います。
- 4)一塩基多型(SNP)
- 遺伝的バリアントのうち、頻度の高い異なるアレルが2つ以上あるものを、多型polymorphismと呼びます。そのうち、一塩基の違いに基づく多型を一塩基多型(SNP)といいます。集団における個人間の遺伝情報の違いの大半はSNPです。SNP はSingle nucleotide polymorphismの略。
- 5)全ゲノム関連解析の有意水準
- 通常の解析の有意水準は、0.05未満を使用します。これは偶然にそのようなことが起こる確率が5%未満という意味であり、100個のSNPを調べると全く関係がなくても偶然に5個(5%)は関係があると誤って判断されてしまう可能性があります(偽陽性)。そこで全ゲノム関連解析では、通常の判定基準である0.05をさらに100万で割った5×10-8未満という厳しい判定基準を採用して、誤った判断をしないように独自に水準を設定しています。
- 6)アレル頻度
- 遺伝的バリアントにおける個々の染色体上のDNA配列をアレルといい、集団の中でのアレルの頻度をアレル頻度という。日本人を含む東アジア系集団と、欧州系集団、アフリカ系集団との間で、アレル頻度には少しずつ違いが見られます。
- 7)転写因子
- DNA上の特定の配列を認識して結合し、RNAの転写の開始に関わる因子。結合部位の遺伝的バリアントは転写因子の結合のしやすさに影響します。
- 8)ヘテロ接合性
- 父親、母親由来の遺伝子の一方にのみ変異を示すものです。
- 9)新生変異
- 両親の血液DNAには検出されず患者のみで同定される変異(しかしその多くがモザイクとして両親どちらかの精子、卵子などの生殖細胞に存在します。このことから次子においてこれら新生変異による重症疾患を発症する確率は一般集団に比べてはるかに高いことには注意が必要です)。
研究助成
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業の研究開発課題「海馬硬化を伴う内側側頭葉てんかんの原因遺伝子同定と発症機構の解明」(研究開発代表者: 山川和弘)」の助成などにより行われました。
発表雑誌
- 雑誌名
- Epilepsia
- 論文タイトル
- Genome-wide association study of epilepsy in Japanese population identified an associated region at chromosome 12q24
- 著者
- 鈴木 俊光1,2,#, 小池 良直3,4,#, 芦川 享大5,#, 大伴 直央3,6, 高橋 篤7,8, 碧井 智美5, 鎌谷 直之9, 中村 祐輔10,13, 久保 充明5, 鎌谷 洋一郎7,11,12, 桃沢 幸秀5, 寺尾 知可史3*, 山川和弘1,2* (#co-first authors, *co-corresponding authors)
- 所属
- 1名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経科学研究所 神経発達症遺伝学分野, 2理化学研究所 脳神経科学研究センター 神経遺伝研究チーム, 3理化学研究所 生命医科学研究センター ゲノム解析応用研究チーム, 4北海道大学大学院 整形外科学教室, 5理化学研究所 生命医科学研究センター 基盤技術開発研究チーム, 6慶應義塾大学医学部 整形外科学教室, 7理化学研究所 生命医科学研究センター 統計解析研究チーム, 8国立循環器病研究センター研究所 病態ゲノム医学部, 9理化学研究所 ゲノム医科学研究センター, 10東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター, 11京都大学大学院医学研究科附属ゲノム医学センター, 12東京大学大学院新領域創成科学研究科 複雑形質ゲノム解析分野, 13がんプレシジョン医療研究センター
- DOI番号
- 10.1111/epi.16911
お問い合わせ先
研究に関する問い合わせ
名古屋市立大学大学院医学研究科・脳神経科学研究所・神経発達症遺伝学分野 教授
山川 和弘(やまかわ かずひろ)
報道に関する問い合わせ
名古屋市立大学 医学・病院管理部経営課
理化学研究所 広報室 報道担当
AMEDの事業に関する問い合わせ
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
難治性疾患実用化研究事業 担当