毛細血管もとらえる眼底網膜像で在宅ヘルスケア応用に期待
2018-06-18 奈良先端科学技術大学院大学,科学技術振興機構(JST)
ポイント
- 眼底網膜は体外から血管を観察できる唯一の場所だが、従来その撮像には医療専門家の操作を要していた。
- 高速微動する眼球をトラッキングする技術とまぶしくない近赤外光を用いることにより、カラー眼底網膜像を誰でも自分で撮影できる小型眼底カメラシステムを開発。
- 眼病のみならず生活習慣病をチェックできる在宅ヘルスケア機器への応用が期待される。
奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢 直和) 先端科学技術研究科 物質創成科学領域の太田 淳 教授らの研究グループと東京大学 大学院情報理工学系研究科 石川 正俊 教授らの研究グループは共同で、画像処理装置の高速ビジョンと近赤外光注1)を用いることにより、ユーザーが1人で眼底網膜像注2)を撮影する新しい小型眼底カメラ注3)システムの開発に成功しました。眼底網膜像を自宅で1人で日常的に撮影できることで、生活習慣病の予防などパーソナルヘルスケアへの応用が期待されます。
1秒に1,000枚の画像を信号処理する高速ビジョンと高速化した周辺装置を融合した知能システムは、人間の視覚をはるかに超えた機能と性能を実現し、交通・運転制御、検査、高速ヒューマンインターフェースなどいろいろな分野にイノベーションを起こすと期待されています。
今回この高速ビジョンと近赤外画像技術を用いることで、ユーザーが1人でも正確に眼底の毛細血管をとらえるシステムの開発に成功しました。眼底は体外から血管が観察できる唯一の場所であり、その観察は目の病気だけでなく生活習慣病の予防にも有用です。眼底を気軽に1人で撮像できる本システムは、今後パーソナルヘルスケアへの応用が期待されます。
本システムによる装置は、現時点では未承認医療機器であり、販売、授与できないものです。今後、自宅で気軽に眼病や生活習慣病をチェックするヘルスケア機器として、実用化を目指します。
本成果は、2018年6月21日ハワイで開催される国際会議2018 Symposia on VLSI Technology and Circuitsにて発表されます。要旨原稿公開予定日は2018年6月17日午後7時(米国ハワイ時間)です。
本成果は、JST 戦略的創造研究推進事業 ACCEL「高速画像処理を用いた知能システムの応用展開」(研究代表者 東京大学 石川 正俊 教授、プログラムマネージャー 岸 則政、研究開発期間 平成28年8月~平成33年3月)によるものです。
<解説>
1秒に1,000枚の画像を信号処理する高速ビジョンと高速化した周辺装置を融合した知能システムは、人間の視覚能力をはるかに超えた機能と性能を実現し、高速移動物体をトラッキングできるため、例えば自動車・交通分野での障害物検出・回避や自動運転制御、FA(ファクトリー・オートメーション)やセキュリティー分野での検査、ユーザー動作への高速応答と情報提示による高速ヒューマンインターフェースなど、いろいろな分野にイノベーションを起こすと期待されています。今回この高速ビジョンと近赤外光技術を用いることで、ユーザーが1人でも正確に眼底の毛細血管をとらえるシステムの開発に成功しました。眼底は体外から血管が観察できる唯一の場所であり、その観察は目の病気だけでなく高血圧や動脈硬化などの診断にも用いられており、生活習慣病の予防にも有用です。眼底を気軽に1人で撮像できる本システムは、今後パーソナルヘルスケアへの応用が期待されます。
<背景と目的>
眼底網膜は身体の外から血管の様子を詳細に観察できる唯一の場所です。毛細血管をも観察することで、眼のさまざまな疾患だけでなく、高血圧、動脈硬化、糖尿病などの生活習慣病の状態を観察することができます。
眼底網膜像を得るためには眼科病院などで医師などの専門家の操作のもと撮像してもらう必要があります。眼底を撮像するためには、瞳孔と眼底の光軸を正確に合わせ、暗い眼球内を強いフラッシュ光でくまなく照らす必要があります。眼球が高速に細かく動くことやまぶしさのため、患者が自分で撮像することは困難でした(図1)。
今回開発したシステムでは、(1)高速微動する眼球を高速ビジョンシステム注4)によりトラッキングし、さらに(2)まぶしくない近赤外光を用いることで眼底に十分な強度の光を到達させることができるため、眼に負担をかけることなく眼底像を得られます。高速トラッキング技術は、本プロジェクトの分担グループである東北大学 大学院情報科学研究科 鏡 慎吾 准教授が開発したシステムをもとにしています。また、近赤外光照明のため得られる画像は白黒ですが、ナノルクス社の開発した3波長近赤外光からカラー画像を再現注5)する技術を用いることで、近赤外光でもカラーの眼底網膜像を得ることができます(図2)。
眼底網膜像を自宅で気軽に1人で撮影できれば、日々の生活習慣病の観察に用いることができ、パーソナルヘルスケアへの応用が期待できます。また眼底網膜像をインターネット経由で医師に送ることで遠隔診断も可能になります。また小型軽量な特徴を生かして、眼病が多いと言われている開発途上国でのその場診断への展開も可能です。
<今後の展開>
本システムによる装置は、現時点では未承認医療機器であり、販売、授与できないものです。今後、自宅で気軽に眼病や生活習慣病をチェックするヘルスケア機器として、実用化を目指します(図3)。
今回は高速ビジョンシステムと近赤外光技術のおのおのを独立で実証していますが、今後この2つの技術を融合することで一層鮮明な眼底網膜像をより簡単に取得できることを目指します。また小型化を進めスマートフォンのアタッチメントとして実現することを計画しています(図4)。またカラー画像の色再現性についても検討を進めていきます。これらの技術展開により、誰でも容易に使えるこれまでにないパーソナルヘルスケア機器の実現を目指します。
<参考図>
図1 目の動きと眼底観察
瞳孔から眼底内を観察するためには、高速に動く目を追尾(トラッキング)する必要がある。
図2 可視光と近赤外線との相関
対象物体によっては可視光と近赤外線波長とで反射強度に相関がある。これを利用し、3つの異なる近赤外線波長で画像を撮り、青、緑、赤の三原色に対応させることにより、近赤外線でカラー画像を得ることができる。
ナノルクス社ホームページ(http://www.nanolux.co.jp/technology.html)の図をもとに作成
図3 自撮りできる小型眼底カメラ(プロトタイプ)
もう片方の目で自分の眼底を見ながら撮像できる。3波長近赤外光で撮像した眼底像をカラー化して表示している。
図4 小型自撮り眼底カメラのイメージ
図3の眼底カメラをハンディータイプとし、スマートフォンと組み合わせることで、どこにいても気軽に自分の眼底像を撮ることができる。
<用語解説>
- 注1)近赤外光
- 波長700~2,500nmの光で人間には見えません。通常のイメージセンサーはSi(シリコン)フォトダイオードで受光しており、Siは波長1,000nm付近まで受光感度があるので、通常のイメージセンサーでも1,000nm付近までの近赤外画像を得られる機種があります。
- 注2)眼底網膜像
- 眼の奥には網膜組織があり、そこには多数の血管が張り巡らされています。瞳孔から眼の内部を見ることでこの眼底網膜像を得ることができます。眼底は体外から血管を観察できる唯一の場所で、眼底網膜像を検査することで、眼の疾患以外の高血圧、動脈硬化、糖尿病の兆候などの診断にも有効とされています。
- 注3)眼底カメラ
- 眼底網膜像を撮影するための眼科病院などで用いられる医用機器。通常患者の顔を固定して、医師や検査技師などの専門家が撮像します。瞳孔を開けたままにしておくために光軸合わせには近赤外光を用い、撮像時にはフラッシュ光で暗い眼内を照らします。
- 注4)高速ビジョンシステム
- 東京大学 石川教授が提案する撮影技術で、毎秒1,000枚もの高速撮像により人間の視覚能力をはるかに超えた機能と性能を実現できます。これにより交通・運転制御、検査、高速ヒューマンインターフェースなどいろいろな分野にイノベーションを起こすと期待されています。
- 注5)近赤外光からのカラー画像再現
- ナノルクス社が発明、開発した手法。近赤外域にある3波長が、対象物体からの反射強度においておのおの青、緑、赤の波長と相関することを利用してカラー画像を再現します。
<国際会議発表>
講演題目
“Next-Generation Fundus Camera with Full Color Image Acquisition in 0-lx Visible Light by 1.12-micron Square Pixel, 4K, 30-fps BSI CMOS Image Sensor with Advanced NIR Multi-Spectral Imaging System”
会議名
2018 Symposia on VLSI Technology and Circuits
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
太田 淳(オオタ ジュン)
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科
物質創成科学領域 光機能素子科学研究室 教授
<ACCELの研究開発課題に関すること>
石川 正俊(イシカワ マサトシ)
東京大学 大学院情報理工学系研究科 教授
<カラー画像再現技術に関すること>
祖父江 基史(ソブエ モトシ)
株式会社ナノルクス 代表取締役
<JST事業に関すること>
寺下 大地(テラシタ ダイチ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<報道担当>
奈良先端科学技術大学院大学 企画・教育部 企画総務課 広報渉外係
科学技術振興機構 広報課