生物の謎に迫るハサミ内部の3D表示に成功、究極の強靭化材料の組織・構造を探求
2021-05-24 物質・材料研究機構 ,沖縄美ら島財団
NIMS 構造材料研究拠点は一般財団法人沖縄美ら島財団総合研究センターと共同で、甲殻類最強の挟む力を持つ「ヤシガニ」の強靭なハサミが持つ組織・組成・硬さを調べるとともに複雑な組織構造の3次元 (3D) 可視化に成功しました。
概要
- 国立研究開発法人物質・材料研究機構 構造材料研究拠点は一般財団法人沖縄美ら島財団総合研究センターと共同で、甲殻類最強の挟む力を持つ「ヤシガニ」の強靭なハサミが持つ組織・組成・硬さを調べるとともに複雑な組織構造の3次元 (3D) 可視化に成功しました。めちゃくちゃ硬いヤシガニのハサミが、なぜ同じように硬いガラスや陶器と違って壊れにくいのか?ハサミは鉄鋼並みの薄い層とそれより軟らかいクッションのような役割を担う多孔質層による「剛」と「柔」の複合構造であり、軽さと強靭さを兼ね備えていました。希少生物の謎に迫るだけでなく、究極の材料強靭化を実現する組織・構造に大きなヒントを与えることが期待されます。
- 『ヤシガニ』は、国内では沖縄県周辺のみに生息し、“貝殻をもたないヤドカリ”に進化した甲殻類陸上最大級の希少生物です。貝殻を失ったことで、外敵から身を守る鎧のような甲羅で覆われています。沖縄の一部地域では食べられていますが、ズワイガニやタラバガニなど他の甲殻類に比べとにかく殻が硬いのが有名です。実はこのヤシガニ、NETFLIXにおいて「アジアに棲む危険生物72種」の一つとして紹介されるほど危険な生物です。単位体重あたりの挟む力 (把持力 : はじりょく) は体重の約90倍以上と生物界最強クラスであり、最大サイズの4 kgのヤシガニの把持力は約360 kgと、ライオンの噛む力に匹敵します。そんな巨大な力がかかっても壊れないハサミを所有し、軽量でありながら、究極の組織・構造をしていることに違いないのですが、この点は全くの未知でした。
- そこで、本研究チームは、ハサミの内部組織と構造に着目し、体重約1 kgのヤシガニのハサミを調べ、内部の組成および硬さの変化とともに、複雑な微細積層構造 (ねじれ合板構造) の3D表示に成功しました。ポイントは以下となります。
- ハサミ表面の硬さは鋼鉄レベルだった。
- その硬い部分は薄くて硬い石灰化された層で作られており、それぞれの層は厚さ方向に水平に回転するねじれ構造となっていた。それらの層が100枚ほど積層していることで、一部の層が壊れても硬い層全体が一気に壊れない仕組みになっていた。
- 硬い部分の内側は、外側より軟らかく多孔質でクッションのような役割となって力を吸収し、ハサミ全体の破壊を免れていた。
- このような一連の構造を、材料工学の最先端の顕微鏡装置と手法を用いて3D表示したことは世界初。
- 軽量で強靭な材料の開発は、構造用材料にとって永遠の課題です。軽量でありながら、甲殻類最強の把持力に耐えうる強靭性を兼ね備えているヤシガニのハサミの組織・構造は、現状を打破する究極の強靭化材料へのヒントを与えます。自動車・航空機などの輸送機器用素材や部材への適用により、二酸化炭素排出量削減に貢献することが期待されます。また、大把持力を有する強靭な極細径鉗子などの小型医療機器への展開も見据えています。
- 本研究は、主にNIMS構造材料研究拠点の井上忠信グループリーダー、原徹グループリーダー、一般財団法人沖縄美ら島財団総合研究センターの岡慎一郎主任研究員らの研究チームにより、NIMS自由発想研究支援制度 (2019年度提案力強化プログラム) 及び上原記念生命科学財団2020年度研究助成 (新領域4.0) の一環として行われました。
- 本研究成果は、Materials & Design誌の2021年4月28日にオンラインで掲載されました。
プレスリリース中の図 : ヤシガニのハサミの内部構造の模式図
掲載論文
題目 : Three-dimensional microstructure of robust claw of coconut crab, one of the largest terrestrial crustaceans
著者 : Tadanobu INOUE, Shin-ichiro OKA, Toru HARA
雑誌 : Materials & Design
掲載日時 : 2021年4月28日 (オンライン) 、Vol. 206 (2021) 109765
DOI : 10.1016/j.matdes.2021.109765