からだの前後のパターンは”点描”で描かれていた 〜シグナル分子(モルフォゲン)の足場となる点状構造の発見とその役割の解明〜
三井 優輔(基礎生物学研究所分子発生学研究部門 助教)
山元 孝佳(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 特任研究員)
高田 慎治(基礎生物学研究所分子発生学研究部門 教授)
平良 眞規(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 准教授)
発表のポイント:
- からだづくりに関わるシグナル分子の一つであるWnt(ウィント)タンパク質の分布と作用が、性質が異なる2種類のヘパラン硫酸のクラスター構造を介して制御されることを初めて明らかにした。
- 糖鎖の1種であるヘパラン硫酸が、細胞膜上にクラスター構造を形成して点状に存在することを発見し、シグナル分子がこのクラスター構造を足場として協調的に制御されることを解明した。
- Wntは発生や幹細胞の制御に重要な役割をもち、その異常はがん化を引き起こす。一方、ヘパラン硫酸は様々な生命現象に関わり、その異常は種々の疾患をもたらす。本研究はこれらの現象を関連付けて理解し、応用する上で重要な知見となることが期待される。
発表概要:
動物のからだは、様々な細胞や組織が適切な位置に配置されることで、秩序だってつくられています。では細胞はどのようにして自らの位置を知り、役割を分担しているのでしょうか。このような位置の認識には、個々の細胞が細胞の外からのシグナル分子を受け取ることが重要であることが知られています。分泌性タンパク質であるWnt(ウィント)は、その代表的なシグナル分子の1つであり、動物のからだづくりの過程である胚発生の過程や、幹細胞の維持やがん化にも関わります。例えば、発生の初期に頭部、胴部、尾部などのパターンが決まりますが、その過程でWntは、胚の後方の細胞から分泌されて濃度勾配を形成し、その濃度の高低によって胚の中の位置を知らせる、つまり前後軸に沿った「位置情報」のパターンを形成すると考えられてきました。しかし実際に、脊椎動物の胚の中でWntがどのように分布しているのか、またその分布がどのように形成されるのかはよく分かっていませんでした。
東京大学の平良眞規准教授のグループの大学院生であった基礎生物学研究所の三井優輔助教と東京大学の山元孝佳研究員は、基礎生物学研究所の高田律子研究員、高田慎治教授、ならびに名城大学の水本秀二助教、山田修平教授、重井医学研究所の松山誠室長との共同研究により、アフリカツメガエルの胚を使って、脊椎動物の胚で初めてWntタンパク質の分布を明らかにし、その分布にヘパラン硫酸という糖鎖が関わることを明らかにしました。
Wntタンパク質の1つであるWnt8は胚の後方から前方にかけて濃度勾配を作って分布し、モルフォゲンとして作用すると予想されていましたが、今回初めてその勾配をもった分布を実証しました。Wnt8が分布する細胞と細胞の隙間を高倍率でよく観察してみると、Wnt8は細胞膜の上に点状に集積していました。さらに、細胞膜上には糖鎖の1種であるヘパラン硫酸が局所的に集合したクラスター構造として存在することを発見し、この構造がWnt8を点状に集め、細胞に情報を伝える上で重要な役割を果たしていることを見出しました。つまりWnt8による前後軸に沿った位置情報のパターンは、「点描(注5)」で描かれていたのです。
本成果はオープンアクセスの国際学術誌「Nature Communications」に、2017年12月7日にオンライン上で公開されます。
図 モルフォゲンの分布と作用