ケトン食で筋ジストロフィーモデルラットの病態を改善

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中鎖トリグリセリドを含むケトン食により筋力低下を抑制することに成功

2021-08-25 産業技術総合研究所

ポイント

  • 中鎖トリグリセリドを含むケトン食で、筋ジストロフィーモデルラットの筋力低下が抑制された
  • ケトン食は筋の壊死を抑制するだけでなく、筋衛星細胞による再生を促進して、病態を改善した
  • 筋ジストロフィーの新規治療法開発への貢献に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)細胞分子工学研究部門【研究部門長 宮崎 歴】食健康機能研究グループ 藤倉(橋本) 祐里 研究員、大石 勝隆 研究グループ長と、国立大学法人 東京大学【総長 藤井 輝夫】(以下「東大」という)大学院農学生命科学研究科 山内 啓太郎 准教授、博士課程学生 杉原 英俊(研究当時)、株式会社 みやぎヘルスイノベーション【代表取締役 畠山 昌樹】は、中鎖トリグリセリドを含むケトン食を摂取させることにより、デュシェンヌ型筋ジストロフィーモデルラットの病態が改善することを発見した。

産総研などの研究グループは、中鎖トリグリセリドを含むケトン食(以下「ケトン食」という)をヒトのデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)と同じくジストロフィン遺伝子に変異を持つDMDモデルラットに摂取させ、骨格筋の萎縮や筋力低下に対して改善効果があることを明らかにした。ケトン食は、DMDモデルラットにおける筋の壊死や線維化を抑制するだけでなく、筋衛星細胞による再生を促進することで、病態を改善した。この研究で得られた知見から、DMDの新たな治療法の開発や病態進行メカニズムの解明が進むと期待される。なお、この成果の詳細は、米国の学術誌「FASEB Journal」で2021年8月20日(米国東部標準時間)にオンラインで発表された(文献1)。

図

ケトン食による DMDモデルラット(9ヶ月齢)の線維化の抑制と筋力の増加

左の2枚の写真で、赤は正常な筋線維、青は線維化した領域を示す。右のグラフは、体重あたりの筋力を示す。*印は普通食との比較において有意差(P < 0.01)を示す。(文献1のFig.5より一部改変して引用)ケトン食によって、DMDモデルラットの線維化が抑制され、筋力低下が軽減される。

開発の社会的背景

デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、ジストロフィン遺伝子の変異が原因で発症する遺伝性の筋疾患であり、全身の筋力が次第に弱くなる進行性の難病である。主な症状は運動機能の低下であり、歩行機能の喪失や、呼吸・心機能の障害が生活の質(QOL)や寿命に大きく影響する。日本におけるDMD患者数は、3000〜4000人と推定されており、平均寿命は30-40歳となっている。DMDに対する治療法としては、薬物療法や遺伝子治療が試みられてきたが、未だ効果的な治療法は確立されていない。

最近になって、ケトン体が筋衛星細胞(幹細胞)の増殖を促進する可能性が報告された。ケトン食は、体内のケトン体濃度を上昇させることから、筋ジストロフィーにおける筋の再生を促進する可能性が考えられるが、古典的なケトン食では炭水化物やタンパク質の含量が制限されるために、低栄養性筋萎縮による筋力低下が誘発される可能性も指摘されており、DMD患者の食事療法には適さないものと考えられてきた。

そこで産総研などは、効率的に体内のケトン体濃度を高めつつ、低栄養性筋萎縮を誘発しない食事療法の開発を目指して研究を行った。

研究の経緯

産総研では、骨格筋機能に着目した健康長寿社会の実現を目指し、食品の持つ機能性に関する基礎研究に取り組んでいる。

2020年より産総研と東大、みやぎへルスイノベーションは、DMD患者のQOLの向上のための食事療法の開発を目指し、DMDモデルラットを用いた新たなケトン食による骨格筋機能の改善効果について研究を行ってきた。

研究の内容

研究グループは中鎖トリグリセリドを含むとともに、古典的なケトン食よりも多くの炭水化物やタンパク質を含んだケトン食を用いて、DMDモデルラットに対する骨格筋機能の改善効果について検証した。DMDモデルラットに、ケトン食または対照として普通食を離乳した時点から摂餌させ、3ヶ月齢および9ヶ月齢で筋力などを評価した結果、ケトン食によってDMDモデルラットの病態が改善した。

筋を摘出して組織学的に調べたところ、ケトン食は、DMDモデルラットの筋萎縮を抑制することが明らかとなった(図1)。

図1

図1 ケトン食によるDMDモデルラットの筋萎縮の抑制 (3ヶ月齢)

左の2枚の写真で、筋線維はピンク、核は紫で示される。普通食群では、細い筋線維が多いのに対し、ケトン食群では、筋線維が太くなっている。右のグラフは、筋萎縮が抑制された結果、ケトン食群で筋重量が増大していることを示す。*印は普通食との比較において有意差(P < 0.05)を示す。(文献1のFig.2より一部改変して引用)


ケトン食による筋萎縮の抑制メカニズムを明らかにするために、DMDに特徴的な病態である筋壊死(図2)や線維化(図3)および炎症について調べたところ、いずれもケトン食群において進行が抑制されていた。以上の結果から、ケトン食によるDMDモデルラットの筋萎縮抑制効果は、病態進行の初期に起こる筋壊死の抑制によるものと考えた。

図2

図2 ケトン食によるDMDモデルラットの筋壊死の抑制 (3ヶ月齢)

左の2枚の写真で、緑は基底膜、青は核、赤は壊死した筋線維を示す。ケトン食群では、壊死した筋線維の数が少なくなっている。*印は普通食との比較において有意差(P < 0.05)を示す。(文献1のFig.3より一部改変して引用)

図3

図3 ケトン食によるDMDモデルラットの筋の線維化の抑制 (9ヶ月齢)

左の2枚の写真で、赤は筋線維、青は線維化した領域を示す。ケトン食群では、骨格筋の線維化が抑制される。*印は普通食との比較において有意差(P < 0.05)を示す。(文献1のFig.5より一部改変して引用)


さらに、筋の再生をつかさどる筋衛星細胞についてその増殖能を調べたところ、ケトン食によって筋衛星細胞の増殖の促進が示唆された(図4)。これらの結果から、ケトン食は、筋壊死の抑制のみならず、筋再生を促進することにより、DMDの病態の進行を抑制している可能性がある。

図4

図4 ケトン食によるDMDモデルラットの筋衛星細胞の増殖の促進(3ヶ月齢)

筋衛星細胞マーカー(Pax7・赤)、増殖マーカー(Ki67・緑)、核マーカー(Hoechst・青)で組織を染めた後、3つの画像を合成した(Merge)(左の4枚の写真)。赤・青陽性である筋衛星細胞のうち、赤・青・緑陽性である、増殖している筋衛星細胞の割合を定量した(右のグラフ)。ケトン食群では、筋衛星細胞の増殖が促進された。*印は普通食との比較において有意差(P < 0.05)を示す。(文献1のFig.4より一部改変して引用)


最後に、DMDモデルラットの筋力を調べたところ、ケトン食群は、普通食群よりも有意に高い筋力を示した(図5)。

図4

図5 ケトン食によるDMDモデルラットの筋力の低下の抑制(9ヶ月齢)

握力テストによる、DMDモデルラットの筋力の測定結果。ケトン食群では、筋力低下が抑制される。*印は普通食との比較において有意差(P < 0.01)を示す。(文献1のFig.5より一部改変して引用)


これらの結果は、ケトン食によって、DMDモデルラットの病態進行を抑制できる可能性を示している。今回の研究成果は、モデル動物を用いて得られた結果であり、ヒトDMD患者に対する有効性については、今後の検討が必要である。

今後の予定

今後は、ケトン食によるDMD治療効果のさらに詳細なメカニズムを明らかにするとともに、ヒトDMD患者に対するケトン食の有効性について検証を進める予定である。

用語の説明
◆中鎖トリグリセリド
炭素数が8から12の脂肪酸を含むトリグリセリドのこと。ココナツなどヤシ科植物の種子に含まれる。
◆ケトン食
食事療法の一環として、低炭水化物・高脂肪食を摂取することで、血中のケトン体濃度を上昇させる食事のこと。
◆デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)
X染色体上のジストロフィン遺伝子の変異を原因とする遺伝性筋疾患。主な臨床症状として、運動機能の低下、歩行不全、呼吸・心機能不全などの症状を呈する。
◆ジストロフィン
筋細胞内の細胞骨格と細胞外マトリックスとを接続する棒状の細胞質タンパク質。筋細胞膜の安定化に寄与する。
◆壊死
生体の一部の組織における外傷あるいは炎症への反応などによる大規模な細胞死のこと。
◆線維化
細胞外マトリクス (ECM) タンパク質の過剰な沈着によって引き起こされる、結合組織が異常に増殖する現象。線維化を起こすことにより組織が硬くなり、本来の機能を発揮できなくなる。
◆筋衛星細胞
骨格筋の組織幹細胞。骨格筋の組織は、幹細胞である筋衛星細胞の働きによって再生する。筋衛星細胞の筋再生能を活用した、筋疾患治療への応用が期待されている。
◆再生
骨格筋が損傷したり断裂したりすると、筋の再生が生じる。筋衛星細胞と呼ばれる骨格筋の幹細胞が増殖・分化し、筋線維となることで骨格筋は再生し、修復する。
◆基底膜
さまざまな細胞外マトリクス成分から構成される、薄いシート状の構造体。細胞を配置するための足場として機能する。
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