とるべき行動がはっきりしない状況での認知の柔軟性を解明

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2021-09-16 生理学研究所

慶應義塾大学理工学部生命情報学科の大学院生津村夏帆(研究当時、2019年理工学研究科修士課程修了)と4年生小杉啓太(研究当時、2019年卒業)、地村弘二准教授は、高知工科大学の中原潔教授、竹田真己特任教授、生理学研究所の近添淳一准教授らとの共同研究で、適切な行動に不確かさがある状況で行動を切り替えるとき、ヒト脳の前頭前野と後頭側頭皮質が機能を補完することを発見しました。今回の結果は、大脳皮質の大域的な機構が、知覚による意思決定の情報を補完して行動の柔軟性を導いていることを示しています。そして、ヒトに特有な高度な認知の機能が、洗練された大規模な神経回路機構に支えられていることを例示しています。この研究はアメリカの学術誌Cerebral Cortexの速報版で9月14日発表されました。

1.本研究のポイント
・適切な行動が不確かな状況で、ヒトが行動を切り替えるときの脳の活動を測定した。
・行動を切り替えるとき、不確かさに応じて前頭前野・後頭側頭皮質の情報伝達様式が逆転した。
・不確かな状況では、前頭前野からのトップダウン信号により後頭側頭皮質の情報が補完されていた。
2.研究背景
行動の切り替えは、変化する環境に柔軟に適応する認知の機能であり、ヒトらしさを特徴づけています。「課題切り替え」は、行動の柔軟性を科学的に調べるための枠組みの一つで、切り替えには、左大脳半球の前頭前野が重要であることが知られています(図A)。
これまでの課題切り替えの研究では、行動する状況が明確に知覚されることが前提になっていました。しかし、私たちの日常生活では、重要な情報が常に適切に知覚できるわけではありません。知覚される情報の曖昧さを操作し、判別がどのように変化するかを調べる「知覚的意思決定」の研究では、視覚情報の様式(たとえば、顔や場所)に依存して、後頭側頭皮質の分散した領域が知覚的意思決定に重要であることが知られています(図A)。
2021年1月、本研究グループは「知覚的な不確かさがある状況で、課題切り替えは脳でどのようにおこるのか」という問いに対し、前頭前野が補完的に情報を伝達することで達成されることを発見しました(参考文献参照)。
課題切り替えでは、階層的な構造をもつ課題のルール(課題セット; 図B)に基づいて課題が遂行されます。上記の最近の研究では、課題セットの層構造の下側で、判断する次元を定めるターゲットの不確かさを操作しました。たとえば、ターゲットは、顔の判別では男性または女性、場所の判別では屋内または屋外を定めます。一方で本研究は、階層構造の上側にあり、どのような課題をするのかを定める手がかり(キュー)に着目しました。たとえば、キューは顔または場所のどちらを判別するかを指定します。そして、「キューに不確かさがあるとき、脳で切り替えはどのように導かれるのか」という問いを立てました。
3.研究内容・成果
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本研究グループはまず、動きの曖昧さを操作する視覚刺激を作成しました(図C)。この刺激では、小さい点がいくつか提示され、それぞれの点は、上、下、またはランダムに動きます。この動きのランダムさにより、知覚される不確かさが操作されました。そして、画面の中心には、顔と場所の写真が重ね合わさった画像が提示されました。
このとき、点全体の動きの方向がキューとなり、判別すべきターゲットが指定されました。たとえば、指示される点が上方向の場合は顔、下方向の場合は場所がターゲットとなり、顔の判別では、性別(男・女)、場所の判別では屋内外(屋内・屋外)を答えることが要求されました。
そして、判別の基準が「顔」から「場所」、または「場所」から「顔」に変わるときを「切り替え」とよびます。これらの課題を切り替えたときのヒト脳の活動を機能的MRIで測定しました。
切り替えが起こると、左の前頭前野の活動が大きくなりました。そして、キューの不確かさが強くなると、この前頭前野の活動はさらに大きくなりました。このとき、後頭側頭皮質にある、顔と場所の知覚に関わる領域は、キューの不確かさが大きいときに、前頭前野から「トップダウン信号」を受ける(図D左)一方で、不確かさが小さい時には前頭前野へ「ボトムアップ信号」を伝達していることがわかりました(図D右)。
また本研究では、新たな解析手法として、画像認識などで用いられている深層学習の一つである、畳み込みニューラルネットワークモデルを用いて、脳に含まれる情報をマップする技術を開発しました(図E)。この技術を用いた解析により、後頭側頭領域の知覚に関連する情報量は、課題を切り替えるときに大きくなり、キューの不確かさが増えると減ることがわかりました(図D下)。
以上の結果は、行動の柔軟性が、目的を達成するために必要な情報を環境から抽出する知覚的意思決定に依存していることを示しています。そして、行動の柔軟性に関連している左前頭前野と、キューとターゲットの知覚に関わる後頭側頭皮質が相互に補完的な役割を果たすことによって、不確かな状況での切り替えが起こっていることを示唆しています。
4.今後の展開
今回と前回の研究(参考文献参照)では、行動の柔軟性に焦点が当たっていました。しかし、ヒトには多様で精緻な認知の制御機構が備わっています。今後は、認知の制御と知覚的意思決定が協調する洗練された機能にはどのような情報処理の様式があるのか知りたいと思っています。また、今回の研究で開発した深層学習による脳機能マッピングの手法を用いて、脳機能研究における新しい解析の枠組みを確立したいと思っています。

<参考文献>

Tsumura K, Aoki R, Takeda M, Nakahara K, Jimura K (2021) Cross-hemispheric complementary prefrontal mechanisms during task switching under perceptual uncertainty.
J Neurosci 41, 2197-2213.
慶應義塾大学からのプレスリリース (2021年1月26日)
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2021/1/26/28-77655/

<原論文情報>

Tsumura K, Kosugi K, Hattori Y, Aoki R, Takeda M, Chikazoe J, Nakahara K, Jimura K (2021) Reversible fronto-occipitotemporal signaling complements task encoding and switching under ambiguous cues. Cereb Cortex doi:10.1093/cercor/bhab324.

研究内容についてのお問い合わせ先

慶應義塾大学 理工学部 生命情報学科 准教授 地村 弘二(じむら こうじ)

・本リリースの配信元
慶應義塾広報室(澤野)
高知工科大学 学生支援部 入試・広報課(濱田)
生理学研究所 研究力強化戦略室(西尾)

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