2021-10-20 国立がん研究センター
発表のポイント
- 患者数が少なく、治療開発が困難とされる、希少がんを対象に、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムのアジア5か国10施設と連携して、国際共同前向きレジストリ研究「MASTER KEY Asia」を開始します。
- 第一弾として、フィリピンのSt. Luke’s Medical Centerとマレーシアの4施設と共同で希少がんの患者検体を用い、当院で検体品質確認・中央病理診断・遺伝子解析をした結果を施設へ返却する標準化を図る取り組みから開始します。
- 世界最大の希少がんデータベースを構築している「MASTER KEY Project」をアジア・太平洋地域に展開し国際連携を基盤として、希少がんの遺伝子情報、治療の詳細、予後などを含むデータを収集し、国際共同(臨床)試験につなげることで、希少がんの治療開発とアジア地域でのがんゲノム医療の加速化を目指します。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)中央病院(病院長:島田 和明)は、希少がんの治療開発を推進するため、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムのアジア・太平洋地域5か国の10施設との国際共同研究「MASTER KEY Asia」を開始します。
本国際共同研究は、中央病院が2017年より日本国内で実施している希少がんの研究開発およびゲノム医療を推進する産学共同プロジェクト「MASTER KEY Project」をアジア・太平洋地域へ拡大するもので、希少がん患者さんの遺伝子情報や診療・予後情報などを網羅的に収集し、研究の基礎データとなる大規模なデータベースの構築と、がん種を限定せず特定のバイオマーカー(遺伝子異常・蛋白発現等)を有する患者さんを対象に企業治験や医師主導治験を実施する大きく二つの取り組みから成ります。
アジア地域では、がんゲノム医療の普及が十分ではないものの、本国際共同研究では対象となった希少がん患者さんのゲノム情報を次世代シークエンサーで解析し、診療・予後情報と合わせデータを収集します。「MASTER KEY Project」においては、これまで国内で2107例 (2021年9月末時点)の希少がん患者さんの遺伝子・臨床情報が登録され、世界最大の希少がんデータベースを構築しています。また現在、12社の製薬企業が参加し、19件の治験(医師主導治験12、企業治験7)が行われています。今後、アジア地域への拡大により日本を含め全アジア地域で年間1000例の追加登録を見込んでいます。
希少がんの治療開発を加速度的に進め、また希少がんの中でも超希少ながんにも対応するためには、日本人と似た特徴のがんのゲノム変異を有するアジア人での協力と、アジア地域でのがんゲノム医療のさらなる普及が必須です。
国立がん研究センター中央病院は、現在のわが国のがんゲノム医療の礎となった臨床研究「TOP-GEARプロジェクト」による遺伝子パネル検査「NCCオンコパネル」の開発および先進医療での検証、また希少がんセンターの立ち上げなどの知見を有し、2020年からはアジア地域での臨床研究・治験実施体制整備を目的とする「アジアがん臨床試験ネットワーク構築に関する事業(ATLAS project)」も開始しています。「MASTER KEY Asia」においては、「ATLAS project」と連動し、希少がんの新規治療開発の推進に取り組みます。
研究背景
希少がんの治療開発について
希少がんとは、人口10万人あたり年間6例未満の「まれ」な「がん」で、肉腫、GIST、小児がん、脳腫瘍、眼腫瘍、皮膚腫瘍、頭頚部腫瘍、中皮腫、原発不明がん、神経内分泌腫瘍、血液疾患など200種類近い悪性腫瘍が希少がんに分類されます。がん種個々の「希少性」のためメジャーながん種と比べて標準治療が確立されておらず、希少がんの予後は、メジャーながん種よりも不良となっています。
一方で、希少がん全体の患者数は全がん種の約22%を占め、また世界の新規がん患者の約半数はアジアが占めていることから、アジアで希少がんの臨床試験を実施していくことが、希少がんの治療開発に欠かせません。しかし、多くのアジア地域では、喫煙者の割合が多いことや、がん検診制度の未整備やがんゲノム医療の未普及などの現状があるため、日本主導でアジアの研究体制を整備し、アジア全体で臨床試験を実施できるようにする必要があります。
「MASTER KEY Asia(マスター・キー・アジア)」について
近年、「個別化医療」が提唱され、分子標的治療の指針となる遺伝子異常の検出が広く用いられるようになりました。しかしながら、次世代シークエンサー(NGS)解析を用いたこれらの先行研究は、メジャーながん種に焦点を当てており、希少がんでは限られています。また、その大半は欧米で実施されているため、アジアの人々に焦点を当てた生物学的情報はありません。
「MASTER KEY Project(Marker Assisted Selective ThErapy in Registery Project:マスターキープロジェクト)」は、進行した希少がん、原発不明がん、および一般的ながんの希少組織亜型を有するがんを対象に、患者さんの遺伝子情報や診療・予後情報などを網羅的に収集し、研究の基礎データとなる大規模なデータベースを構築するレジストリ研究と、がん種を限定せず特定のバイオマーカー(遺伝子異常・蛋白発現等)を有する患者さんを対象とするバスケット型デザインと呼ばれる新しい手法の臨床試験(企業治験や医師主導治験)を実施しています。
2017年から国立がん研究センター中央病院で開始後、他施設との協力体制を構築し、現在は全国5施設で、当初の目標を上回る数の希少がん患者さんの臨床情報が登録されています。
また参加している製薬企業12社において、登録データを薬剤開発に活用いただき、現在19件の治験が進められるなど産学共同での希少がんの新規治療開発が進んでいます。参加企業は、MASTER KEY Projectのプラットフォームを利用することで、開発戦略に応じたレジストリデータの活用、症例リクルートの促進、前臨床研究での国立がん研究センター研究所との協業など多くのメリットが得られる仕組みとなっています。
「MASTER KEY Asia」の開始により、さらに多くの希少がん種や遺伝子、臨床情報データの活用が可能となり、希少がん患者さんで治療候補となる遺伝子異常や有効な薬剤の検証、新規薬剤開発の探求がより加速することが期待されます。
また、「MASTER KEY Asia」、アジア地域における臨床研究・治験の実施と早期薬剤開発の加速を目指す「アジアがん臨床試験ネットワーク構築に関する事業(Asian clinical TriaLs network for cAncerS project:ATLAS project:アトラス プロジェクト」と連動して行うことで、アジアでの臨床試験の基盤構築と臨床研究の実施の両輪で加速度的に進めます。
MASTER KEY Project 詳細
2017年7月31日 プレスリリース
MASTER KEYプロジェクトページ
MASTER KEY Asia 詳細
研究代表者
国立がん研究センター 中央病院 副院長、先端医療科長 山本 昇
参加国・施設
マレーシア
- Sarawak General Hospital
- Hospital Sultan Ismail
- Hospital Kuala Lumpur
- National Cancer Institute
- Hospital Pulau Pinang
- University Malaya Medical Center(今後参加予定)
タイ
- Ramathibodi Hospital
インドネシア
- Dharmais Hospital
フィリピン
- St Lukes Medical Center
ベトナム
- Ho Chi Minh City Oncology Hospital
- National Cancer Institute
図1 MASTER KEYプロジェクトでの登録がん種・数
図2 MASTER KEY Asiaプロジェクト概要
「ATLASプロジェクト」について
「ATLAS project:Asian clinical TriaLs network for cAncerS project」は、アジア地域でがん治療開発を今後積極的に推進しようとしているマレーシア、タイ、フィリピン、インドネシア、ベトナムと共に、国際共同試験のプラットフォームを日本主導で構築し、がんゲノム医療の導入と薬事承認申請のための医師主導治験/企業治験の実施を通じたアジア地域におけるがんの早期薬剤開発の発展を目指しています。また、アジア地域でのドラッグアクセスの改善とがんゲノム医療の本格的な導入を推進することでアジア全体での開発力を高め、アジア特有の課題をアジアで解決することを目指します。
日本にとってもアジア諸国と共同して治験を実施することにより、早期に試験を完了することができ、迅速な新規薬剤承認につながることが期待されます。最終的にはアジア地域での確固たる臨床試験ネットワークを構築し、アジアが世界の治療開発をリードしていくことを目指します。
2020年9月9日 プレスリリース
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2020/0909/index.html
図3 ATLASプロジェクト概要
研究費
本研究は、研究費として、「日本医療研究開発機構(AMED)臨床研究・治験推進研究事業「アジア地域における臨床研究・治験ネットワークの構築事業」補助事業代表者:中央病院 院長 島田 和明」を研究運営に使用しています。
用語解説
注1 次世代シークエンサー(NGS)解析
がん遺伝子パネル検査は、生検や手術などで採取されたがんの組織を用いて、高速で大量のゲノムの情報を読み取る「次世代シークエンサーNGS:Next Generation Sequencing)」という解析装置で、1回の検査で多数の遺伝子を同時に調べる検査です。遺伝子変異が見つかり、その遺伝子変異に対して効果が期待できる薬がある場合には、臨床試験などを含めその薬の使用を検討します。国立がん研究センターでは、迅速かつ精度の高い遺伝子異常の同定のため、癌関連遺伝子の変異、増幅、融合が1アッセイで検出可能なマルチプレックス遺伝子パネル検査試薬を用いた遺伝子検査システム(OncoGuide™ NCCオンコパネルシステム)をシスメックス株式会社と共同で開発し、体外診断用医薬品・医療機器としての製造販売承認(2018年12月25日)および「標準治療がない、または局所進行もしくは転移が認められ標準治療が終了となった固形がん患者」を対象に、保険適用(2019年6月)が認められております。
注2 前向き研究
前向き研究は、患者さん協力のもと、新たにデータやサンプルを集め、実際に検証する研究です。一方、後ろ向き研究は診療情報や臨床検体など、カルテ記載事項、検査結果のデータ、組織サンプルを用いて様々な事柄を調査し、糸口を見つける研究です。
問い合わせ先
研究に関する問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院
国際開発部門 研究企画室
広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室