水分消失に伴って細胞の中のタンパク質が集まってファイバーをつくることを発見
2021-11-05 生命創成探究センター,分子科学研究所,基礎生物学研究所,生理学研究所,名古屋大学
自然科学研究機構生命創成探究センター(ExCELLS)/分子科学研究所の加藤晃一教授と矢木真穂助教の研究グループは、青木一洋教授(ExCELLS/基礎生物学研究所)、村田和義特任教授(ExCELLS/生理学研究所)、内橋貴之教授(ExCELLS/名古屋大学)、荒川和晴准教授(ExCELLS/慶應義塾大学)、古谷祐詞准教授(分子科学研究所/現 名古屋工業大学)と共同で、クマムシの乾燥耐性メカニズムを探究する研究を行っています。このたび、様々な先端計測技術を統合的に用いることにより、クマムシの細胞内にみられるタンパク質のかたちとふるまいを詳しく調べるなかで、水分の消失に伴ってCAHS1というタンパク質分子が集まってくる様子を観察することに成功しました。乾燥条件に晒されたり、脱水ストレスが細胞にかかると、このタンパク質が集まってファイバーをつくることを世界で初めて明らかにしました。
本研究成果は、日本時間2021年11月4日19時に、自然科学のあらゆる領域を対象としたオープンアクセス学術誌「Scientific Reports」に公開されます。
【発表のポイント】
“地上最強生物”として注目されているクマムシは、水分を失うと乾眠とよばれる状態に移行して生命活動を一時停止します。この状態では、極低温や宇宙の真空状態といった過酷な環境下においても生き延びることができるのです。こうしたユニークな性質を持つクマムシですが、その乾燥耐性の仕組みについてはほとんど明らかとされていませんでした。このたび、様々な先端計測技術を統合的に用いることにより、クマムシの細胞内に豊富に存在するタンパク質CAHS1の性質を調べたところ、乾燥を模倣した条件下では、このタンパク質同士が自然に集まってファイバーをつくることが明らかとなりました。細胞に脱水ストレスがかかるとこのタンパク質のファイバーがゲルのようなまとまりをつくり、ストレスがなくなるとタンパク質の集合体は消失して元に戻る様子を捉えることに成功しました。この発見は、水のない過酷な環境に対する生命体の適応戦略の理解につながります。
【研究の背景】
クマムシは生育環境から水がなくなると「乾眠」とよばれるすべての代謝が停止した状態となることで乾燥した環境において生き延び、給水すると乾眠状態から復帰して代謝を再開する能力をもっています。乾眠状態のクマムシは乾燥耐性に加えて、極度の高温・低温、圧力、また放射線などによる様々な環境ストレスに対しても強い耐性を示します。なかでもヨコヅナクマムシと呼ばれる陸生のクマムシは乾燥耐性が強いことが知られています。ヨコヅナクマムシは、水がなくても細胞を保護するために、いくつかのタンパク質を細胞の中に常備していると考えられています。しかしながら、それらのタンパク質の役割は明らかとはなっていませんでした。本研究では、細胞内に豊富に存在するタンパク質であるCAHS1に着目して、そのかたちと役割を調べました。
【研究成果】
研究グループは、まず透過型電子顕微鏡[注1]を用いて、乾燥状態のCAHS1タンパク質のかたちを調べ、CAHS1タンパク質はファイバーをつくることを見出しました。水分を失うにつれて細胞の中のタンパク質の濃度は高まることから、水溶液中のCAHS1タンパク質を薄い状態から濃い状態へと変化させた際の分子の構造や集合状態の特徴を、赤外分光法[注2]、核磁気共鳴法[注3]、および高速原子間力顕微鏡[注4]を駆使して調べました。その結果、CAHS1タンパク質は濃度が高くなると自然に集合してファイバーを形成し、最終的にゼラチンのようなゲルを形成することを見出しました。こうしたゲルやファイバーは水で薄めると消失し、もとの溶液の状態に戻ることを見出しました。実際、遺伝子組換えタンパク質として大腸菌の細胞内に作り出したCAHS1タンパク質もやはりファイバーを形成しました。さらに蛍光顕微鏡を用いたライブイメージングにより、ヒト由来の培養細胞の中に作り出したCAHS1のふるまいを観察しました。細胞に脱水ストレスがかかると、CAHS1タンパク質がすぐさま集まって巨大な集合体をつくり、ストレスがなくなるとこうした集合体は消失して元の状態に戻ることがわかりました。
【成果の意義および今後の展開】
本研究により、クマムシの細胞内に豊富に存在するタンパク質CAHS1が、脱水が引き金となって自発的にファイバーや巨大な集合体を形成することがわかりました。水分が回復するとタンパク質の集合体は解離して元通りになることが示されました。こうしたタンパク質の集合体は、細胞が復活する際に必要な成分を保護したり、乾燥によって生じる有害物質を隔離したりするはたらきがあるのかもしれません。本研究により、ヨコヅナクマムシは、こうしたタンパク質を常に豊富に細胞内にもっていることで、すぐさま脱水状況に対応できるような仕組みを兼ね備えていることがわかりました。本研究の成果は、クマムシの乾眠機構のみならず、生命の環境適応の戦略を理解するうえで重要なてがかりを与えるものと期待されます。さらに、この発見は、「生きているとは何か」の謎に迫るとともに、医療やバイオテクノロジーへの応用研究の推進に繋がります。
[図] クマムシに豊富に存在するタンパク質CAHS1は、水分消失にともなって濃度が高くなると、自然に集合してファイバーやゲルを形成し、濃度が低くなると元の状態に戻ることを見出しました。さらにヒト由来の培養細胞の中にCAHS1を発現して脱水ストレスをかけても巨大な集合体をつくることがわかりました。
*本研究は、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金、生命創成探究センター(ExCELLS program No.18-101、18-207、19-208、19-501)等の サポートを受けて実施されました。
【掲載論文】
雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Desiccation-induced fibrous condensation of CAHS protein from an anhydrobiotic tardigrade
著者: Maho Yagi-Utsumi, Kazuhiro Aoki, Hiroki Watanabe, Chihong Song, Seiji Nishimura, Tadashi Satoh, Saeko Yanaka, Christian Ganser, Sae Tanaka, Vincent Schnapka, Ean Wai Goh, Yuji Furutani, Kazuyoshi Murata, Takayuki Uchihashi, Kazuharu Arakawa and Koichi Kato*.
(*責任著者)
掲載予定日:日本時間2021年11月4日19時
DOI:10.1038/s41598-021-00724-6
【発表者】
矢木真穂(生命創成探究センター/分子科学研究所),青木一洋(生命創成探究センター/基礎生物学研究所), 渡辺大輝(生命創成探究センター),Chihong Song(生命創成探究センター/生理学研究所),西村誠司(名古屋市立大学)、佐藤匡史(名古屋市立大学),谷中冴子(生命創成探究センター/分子科学研究所)、Christian Ganser(生命創成探究センター),田中冴(生命創成探究センター),Vincent Schnapka(分子科学研究所), Ean Wai Goh(分子科学研究所), 古谷祐詞(分子科学研究所/現 名古屋工業大学), 村田和義(生命創成探究センター/生理学研究所),内橋貴之(生命創成探究センター/名古屋大学),荒川和晴(生命創成探究センター/慶應義塾大学),加藤晃一(生命創成探究センター/分子科学研究所)
【用語解説】
注1:透過型電子顕微鏡
試料に電子線を当て、透過してきた電子線の観測を通じて、高分解能で分子の形態や細胞の中の状態を見ることができる。
注2:赤外分光法
試料に赤外光を当てて透過または反射した光を測定することで、分子の振動を反映するスペクトルを観測し、それに基づいてタンパク質などの分子の構造に関する情報を得ることができる。
注3:核磁気共鳴法
タンパク質などを磁場の中に入れてラジオ波を照射することで、分子を構成する個々の原子の核スピンの共鳴現象に基づくスペクトルを観測し、分子構造を原子レベルで解明することができる。
注4:高速原子間力顕微鏡
走査型プローブ顕微鏡の一つであり、カンチレバー(片持ち梁)に取り付けられた非常に細い探針を用いて試料表面を高速に走査することによって、分子の構造や動態をリアルタイムで観察することが可能である。
【本件に関するお問い合わせ先】
(研究全般に関するお問い合わせ先)
自然科学研究機構 生命創成探究センター/分子科学研究所
教授 加藤 晃一
(報道に関するお問い合わせ先)
自然科学研究機構 生命創成探究センター 研究連携推進室
自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
自然科学研究機構 基礎生物学研究所 広報室
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
名古屋大学管理部総務課広報室