多種多様な酸化リン脂質を網羅的に捉える解析・可視化技術を開発

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2021-11-10 九州大学,日本医療研究開発機構

生体膜を構成するリン脂質(PL)は、酸化を受けやすく、容易に「酸化リン脂質(酸化PL)」が生成されます。酸化PLは、細胞死や炎症反応の制御など多彩な生理活性を示し、様々な疾患の発症に関与することが明らかになりつつあります。しかし、酸化PLの生成メカニズムが複雑であるため、これまでに構造同定された酸化PLの数は極めて少なく、疾患発症時において実際にどのような分子種が増減しているか、またそれらがどのような局在性を示すかは全く不明でした。

九州大学大学院薬学研究院の松岡悠太助教、山田健一教授らの研究チームは、九州大学生体防御医学研究所の高橋政友特任助教、和泉自泰准教授、馬場健史教授、慶應義塾大学医学部の杉浦悠毅講師、末松誠教授、九州大学大学院薬学研究院の西山和宏講師、西田基宏教授と共同で、様々な疾患の原因物質である酸化リン脂質の包括的構造ライブラリーおよび可視化技術を開発しました。

研究グループは、未知の酸化PLを探索する技術として、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS/MS)を用いたノンターゲット分析を活用し、計465種の酸化PL構造を新たに推定しました。こうして構築した構造ライブラリーを応用し、アセトアミノフェン誘発急性肝障害モデルマウスの肝組織中において70種もの酸化PLが生成することを明らかにしました。さらに、酸化PLを可視化する技術として、新たに重酸素(18O2)標識質量分析イメージング法を開発し、酸化PLが肝組織中の障害部位に蓄積していることを見出しました。今回の成果および開発技術は、新たな生理活性脂質の発見や酸化ストレス性疾患の発症機序解明、バイオマーカー探索に貢献することが期待されます。

本研究成果は、2021年11月5日(英国時間)に国際科学雑誌「Nature Communications」にオンライン版で公開されました。

参考図

(上)LC/MS/MSを用いて、標品PLを酸化させた際に存在量が増加する分子を網羅的に分析・構造同定する。得られた情報をもとに構造ライブラリーを構築した。
(下)マウスに重酸素(18O2)を吸入させ、生体内酸化PLを18O標識する。これらの質量分析イメージングを行うことで、高感度かつ高選択的な画像化を実現させた。

研究背景

リン脂質(PL)は、生体膜の構成やシグナル伝達など、様々な生理学的機能を担った分子です。一方で、これらの多くは分子内に多価不飽和脂肪酸(PUFA)を有するため、活性酸素種などにより容易に酸化されます。この結果、多種多様な「酸化リン脂質(酸化PL)」が生成します。近年、こうした各々の酸化物が、様々な生命現象・疾患発症イベントにおいて、重要な役割を担っていることが明らかにされてきました。例えば、酸化PLが各生体組織における免疫反応を制御していることや、近年提唱された新たな細胞死機構であるフェロトーシス(注1)を誘発することなどが挙げられます。こうした生理学的重要性から、酸化PLは肝疾患や循環器系疾患など様々な疾患発症に関与すると考えられています。

研究内容

一方で、酸化PLは、複雑な脂質過酸化反応により生成します。このため、疾患発症時においては、膨大な種類の酸化PLが生じていることが推察されます。ところが、これまで酸化PL研究では、数種の限られた分子種のみが評価されてきました。この要因として、酸化PL構造データベースの不足、つまりは構造同定された酸化PLの数が極めて少ないことが挙げられます。このため、疾患発症時において実際にどのような酸化PLが増減しているか、またそれらが生体組織内のどのような部位で生成されているかは全く不明でした。

そこで本研究ではまず、未知の酸化PLを探索する技術として、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS/MS)(注2)を用いたノンターゲット分析(注3)を活用し、PLの中でも生体内存在量が最も多いホスファチジルコリン(PC)由来酸化物(酸化PC)の構造ライブラリーを構築しました。標品PCを試験管内にて酸化させた際に、強度が上昇したMSピークを網羅的に分析したところ、計465種の酸化PC構造を推定することに成功し、これらを構造ライブラリーにリスト化しました(図1)。


図1.酸化PCのノンターゲット分析。試験管内にて酸化PC(O)および未酸化PC(N)溶液を調製する。これらのLC/MS解析を行い、O/N≧2.0のMSピークを選定し、さらにMS/MS解析を行う。MS/MSスペクトルより、酸化リン脂質の構造を特徴付ける3つの部位(脂肪酸アシル基×2およびホスホコリン基)に由来するプロダクトイオンが観測できればライブラリーにリスト化する。


構築した構造ライブラリーを用い、アセトアミノフェン誘発急性肝障害(注4)モデルマウスにおいて生じる酸化PCの包括的解析に取り組みました。本疾患の進行には、脂質過酸化反応が関与するとの報告がある一方、どのような酸化脂質が生成しているかはこれまで不明でした。解析の結果、肝障害が発生する際に計70種の酸化PCが増加することを見出しました。さらに、観測された酸化PCの中でも、特にエポキシ基/水酸基を有するPC二酸化物(PC PUFA;O2)量が、肝障害に先行して顕著に増加することを見出しました(図2)。


図2.アセトアミノフェン誘発急性肝障害モデルマウスにおいて生じる酸化PCの包括的解析。a,アセトアミノフェン処置2-8時間後、マウス肝組織中において計70種の酸化PC量が増加。b,肝抽出試料中PC PUFA;O2(PC16:0_18:2;O2)のMS/MS解析結果と推定構造。


続いて、PC PUFA;O2が肝組織中のどの部位で生成しているかを調べるため、重酸素(18O2)(注5)標識を用いた酸化PC質量分析イメージング法(注6)を開発しました。本手法では、マウスに重酸素(18O2)を吸入させ、生体内酸化PCを18O標識します。その後、18O標識-酸化PCの質量分析イメージングを行うことで、より高感度かつ高選択的な画像化を実現させました。本手法を用いることで、PC PUFA;O2が肝組織中の障害部位(CYP2E1発現部位)に蓄積していることを明らかにしました(図3)。


図3.肝組織中酸化PCの質量分析イメージング。a,アセトアミノフェン処置後、18O2を吸入させ、生体内酸化PCを18O標識する。その後、肝組織を採取し組織切片を作成。b,アセトアミノフェンはCYP2E1により代謝活性化を受け、肝障害を引き起こす。18O-標識酸化PC(PC38:6;18O2)の質量分析イメージングを行った結果、その生成部位はCYP2E1発現部位と一致した。

今後の展開

酸化PLは疾患発症イベントを制御する重要分子として認識されてきた一方、これまでに同定された生理活性酸化PLの数は極めて少ないのが現状です。この要因として、酸化PLの分析手法が大きく制限されていることが挙げられます。そこで今後、本研究にて開発した分析技術を応用することで、新たな生理活性脂質の発見や酸化ストレス性疾患の発症機序解明、バイオマーカー探索が期待されます。

論文情報
タイトル
Structural library and visualization of endogenously oxidized phosphatidylcholines using mass spectrometry-based techniques
著者名
Yuta Matsuoka, Masatomo Takahashi, Yuki Sugiura, Yoshihiro Izumi, Kazuhiro Nishiyama, Motohiro Nishida, Makoto Suematsu, Takeshi Bamba, and Ken-ichi Yamada
掲載誌
Nature Communications
謝辞

本研究は、日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)JP20gm0910013(研究代表者:山田健一)、創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業および日本学術振興会科学研究費補助金 JP18K14884(研究代表者:松岡悠太)、JP17H03977、JP18K19405、JP20H00493(研究代表者:山田健一)、JP17H06304、JP17H06299(研究代表者:馬場健史)の支援を受けて行われました。なお、末松誠教授は、本研究に関する研究開発費をAMEDから受給していません。

用語解説
(注1)フェロトーシス
近年、新たに提唱された「制御された細胞死」の一種。膜リン脂質が鉄依存的な脂質過酸化反応を受けることで進行する。肝疾患や循環器系疾患、神経変性疾患など、様々な病気の発症・進展に関与すると考えられている。
(注2)液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS/MS)
試料中に含まれる様々な化合物を、液体クロマトグラフィーにより分離した後、質量分析装置にてイオン化し、各々の定性および定量を行う検出手法。イオン化した各化合物をさらに断片化させ、MS/MSスペクトルを測定することで、化合物の構造をより詳細に推定することが可能となる。
(注3)ノンターゲット分析
LC/MS解析において質量分析装置に導入された化合物を一斉に解析する手法。分析対象を限定する「ターゲット分析」と比較して、得られる情報量が極めて多く、代謝物を網羅的に解析する際などには有効な分析手段である。
(注4)アセトアミノフェン誘発急性肝障害
アセトアミノフェンは臨床において頻用される解熱鎮痛薬である。しかしながら、過剰摂取した場合、肝組織中のグルタチオンが枯渇し、副作用として急性肝障害が生じる。欧米諸国においては、急性肝不全の原因として最多であり、社会的にも問題視されている。この肝障害には、酸化ストレス、脂質過酸化反応の関与が指摘されている。
(注5)重酸素(18O2)
酸素原子の安定同位体、18O、2つからなる酸素分子。通常の酸素分子(16O2)と分子量が異なるため、質量分析法を用いることで、各々区別して解析することができる。
(注6)質量分析イメージング法
生体組織切片など平面状の試料に含まれる化合物の分布を可視化する手法。試料中の微小領域における化合物をイオン化し、質量分析を行うことで、マススペクトルデータを空間情報と合わせて取得する。その後、特定のm/zにおけるイオン強度と空間情報をマッピングし、各々の化合物マップ情報を得ることができる。
お問合せ先

研究に関するお問い合わせ
九州大学 大学院 薬学研究院 教授 山田健一(やまだ けんいち)

報道に関するお問い合わせ
九州大学 広報室

AMED事業に関するお問い合わせ
日本医療研究開発機構(AMED)
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課

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