2021-11-12 理化学研究所
理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター植物ゲノム発現研究チームの内海好規研究員、関原明チームリーダーらの研究チームは、難消化性デンプン[1]を豊富に含む熱帯植物キャッサバ[2]の開発に成功しました。
難消化性デンプンには、血糖応答性およびインスリン応答性の改善、腸機能の改善などといった生理作用があります。本研究成果は、生活の質や疾病リスクを低減する機能性食品の素材開発に向けたキャッサバ分子育種[3]研究に貢献すると期待できます。
キャッサバの育種目標の一つとして高機能化が挙げられていますが、キャッサバ塊根中のデンプン[4]代謝の解明やデンプンに難消化性を付与する研究は行われていませんでした。
今回、研究チームは、キャッサバの塊根中で発現しているデンプン合成関連酵素のうち「デンプン枝作り酵素(SBE)[5]」に着目しました。複数あるSBE遺伝子全てを抑制したところ、難消化性デンプン含有量が野生株の約63倍になることが分かりました。
本研究は、科学雑誌『Plant Molecular Biology』オンライン版(11月12日付:日本時間11月12日)に掲載されます。
ヨウ素染色したキャッサバデンプン粒(左)と難消化性デンプン量
背景
熱帯植物のキャッサバは、主要な作物であるにもかかわらず、その研究や育種は他の主要作物と比較していまだ発展途上です。キャッサバの育種目標の一つとして、キャッサバ植物の高機能化、例えば、高収量、耐病性、難消化性デンプンの増強などが挙げられますが、キャッサバ塊根中のデンプン代謝の枠組みの解明やデンプンに難消化性を付与する研究はこれまで行われていませんでした。
研究手法と成果
研究チームはキャッサバのデンプン代謝に関わる遺伝子群のうち、デンプン枝作り酵素(SBE)の遺伝子に着目しました。SBEはデンプン分子中のα-1,6-グルコシド結合の形成に関わる主要酵素であり、SBE遺伝子は1型と2型に分類されます。
遺伝子発現解析から、塊根中ではSBE1型、SBE2a型、SBE2c型の遺伝子が発現していることが分かりました。遺伝子組換え技術[6]により、これらSBE遺伝子をそれぞれ個別に抑制したキャッサバ系統、およびSBE遺伝子全てを抑制したキャッサバ系統を作製し、そのデンプン形質を評価しました。すると、SBE1型を抑制した系統のデンプン形質は野生株と変わりませんでしたが、SBE2型を抑制した系統のアミロース[7]含有量は野生株よりも増加し(図1)、アミロペクチン[8]の分子構造は大きく変化しました(図2)。
さらに、SBE遺伝子全てを抑制したキャッサバ系統のアミロース含有量は、SBE2型を抑制した系統よりもさらに増加し(図1)、アミロペクチンの分子構造変化もSBE2型を抑制した系統と比較して、その差が大きくなりました(図2)。SBE遺伝子全てを抑制したキャッサバ系統の難消化性デンプン含有量は、野生株の約63倍まで増加することも分かりました。
図1 SBE遺伝子を抑制した場合のアミロース含有量の変化
SBE1型遺伝子抑制系統(#12と#14)のアミロース含有量は野生株と変わらなかったが、SBE2型遺伝子抑制系統(#13)では増加した。SBE1型とSBE2型遺伝子抑制系統(#1と#18)では飛躍的に増加した。
図2 SBE遺伝子を抑制した場合のアミロペクチンの構造変化
SBE1型とSBE2型の両遺伝子抑制系統(#1と#18)のアミロペクチンの側鎖長分布を、SBE1型(#12、#14)またはSBE2型(#13)の遺伝子抑制系統と比較した。SBE1型とSBE2型の両遺伝子抑制系統中のグルコース重合度6-13の短鎖の割合が著しく減少し、グルコース重合度14以上の割合が増加した。
今後の期待
本研究では、キャッサバ塊根中のSBE遺伝子を改変することにより、キャッサバデンプンの難消化性を高められることを発見しました。難消化性デンプンには、血糖応答性およびインスリン応答性の改善、腸機能の改善などといった生理作用があり、本研究成果は、生活の質や疾病リスクを低減する機能性食品の素材開発に向けたキャッサバ分子育種の研究に貢献できる可能性があります。
従って今回の研究は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[9]」のうち「3. すべての人に健康と福祉を」への貢献が期待できます。
補足説明
1.難消化性デンプン
消化器官では消化されにくく、小腸で吸収されずに比較的高分子のまま大腸に移動するデンプン。難消化性デンプン自体はカロリーになりにくく、食物繊維と類似した機能を持つことから、機能性食品として期待されている。
2.キャッサバ
学名:Manihot esculenta、英語名:cassava。熱帯・亜熱帯地域で栽培されている。挿し木で増殖し、根には塊根が形成される。塊根中で合成されるデンプンは、全世界で5~10億人の重要な食糧源・エネルギー源となっており、食糧安全保障および産業利用上、重要な作物として位置付けられている。
3.分子育種
遺伝子操作技術や遺伝子情報を有効利用した育種方法。大きく分けてゲノム情報を利用して従来の交配育種を計画的におこなうマーカー選抜育種と、遺伝子組換え技術を用いた組換え育種がある。
4.デンプン
デンプンは一般に水に不溶性の粒状のグルコースの重合体である。高等植物のデンプン代謝は、葉緑体やアミロプラストなどのプラスチドに局在する酵素群によって行われる。
5.デンプン枝作り酵素(SBE)
1,4-α-D-グルカン鎖の非還元末端から、ある一定の長さのグルコース残基を別の鎖のグルコース残基のC6-OHに転移させ、α-1,6-グルコシド結合を生成する。デンプンのα-1,6-グルコシド結合を生成する唯一の酵素である。植物のSBEはそのタンパク質の化学的性質から SBE1型とSBE2型に分類されている。SBEはStarch Branching Enzymeの略。
6.遺伝子組換え技術
ある生物から目的とする遺伝子(DNA)を取り出し、別の生物のゲノムに導入することで、その生物に新しい性質を付与する技術である。
7.アミロース
デンプンの主成分の一つである。アミロースは基本的にα-1,4-鎖が連結した直鎖構造を持ち、短い分岐鎖が存在する。また、その重合度は数グルコース重合度から数千グルコース重合度まで連続的に分布している。
8.アミロペクチン
デンプンの主成分の一つである。アミロペクチンは通常デンプンの70~85%を占め、α-1,4-グルコシド結合の直鎖がα-1,6-グルコシド結合によって連結したクラスター構造を基本単位して、クラスターが連携した巨大分子である。
9.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。
研究支援
本研究は、戦略的国際共同研究プログラム(SICOPR)の研究課題「持続的な作物生産のためのジャガイモとキャッサバの比較オミックス解析」、国際協力機構(JICA)/科学技術振興機構(JST)国際科学技術共同研究推進事業地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)の研究課題「ベトナム、カンボジア、タイにおけるキャッサバの侵入病害虫対策に基づく持続的生産システムの開発と普及」、日本学術振興会(JSPS)頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム「我が国を拠点とした実用作物の世界最先端ゲノム編集研究国際ネットワークの構築」による助成を受けて行われました。
原論文情報
Yoshinori Utsumi, Chikako Utsumi, Maho Tanaka, Satoshi Takahashi, Yoshie Okamoto, Masami Ono, Yasunori Nakamura, Motoaki Seki, “Suppressed expression of starch branching enzyme 1 and 2 increases resistant starch and amylose content and modifies amylopectin structure in cassava”, Plant Molecular Biology, 10.1007/s11103-021-01209-w
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
研究員 内海 好規(うつみ よしのり)
チームリーダー 関 原明(せき もとあき)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当