2021-11-22 藤田医科大学,神戸大学,日本医療研究開発機構
藤田医科大学 池田真理子准教授、神戸大学 青井貴之教授、小柳三千代助教、京都大学iPS研究所 櫻井英俊准教授、東京大学 戸田達史教授、カリフォルニア大学 渡邊桃子主任研究員らの研究グループは、日本特有の小児難病である福山型筋ジストロフィー※1(Fukuyama Congenital Muscular Dystrophy,FCMDと略)の患者よりiPS細胞※2を樹立し、ヒト由来の大脳皮質モデルと骨格筋モデルを世界で初めて作成し、低分子化合物※3Mn-007が有効である可能性を発表しました(本研究の概略図、図1)。
図1 研究の概略図
池田准教授らはこれまでFCMDに効果のある低分子化合物を探索する研究をおこなってきました。その中で糖鎖を増強する治療法に着目し、Mn-007という低分子化合物を点滴注射で動物の末梢血に投与したところ、その化合物は血液-脳関門を通過し大脳に移行することを発見しました。つまり、この化合物は脳の症状を改善する新規の治療薬になる可能性があることがわかりました。そこでMn-007を大脳オルガノイド※4に投与したところ、大脳皮質の構造が一部改善され、またiPS細胞から作成した骨格筋においても、Mn-007投与により糖鎖量が回復したことが示されました。これらの成果により、今後、低分子化合物によるFCMDの治療法が開発されることが期待されます。
本研究成果は、英国の学術ジャーナル「iScience」(2021年10月22日号)で発表され、併せてオンライン版が2021年9月14日に公開されました。
研究成果のポイント
- 福山型筋ジストロフィーの患者よりiPS細胞を(世界で初めて)樹立しました。
- FCMD由来のiPS細胞から作成した大脳皮質は胎児脳にみられる皮質異常を示しました。
- 糖鎖異常に対し治療効果のある低分子化合物Mn-007をiPS細胞由来の大脳皮質・骨格筋に投与したところ糖鎖の回復が観察されました。
- FCMDの大脳オルガノイドでみられた皮質の層構造異常がMn-007により糖鎖修飾の回復と共に一部回復しました。FCMDのヒト組織での中枢病態の治療を世界で初めて報告しました。
背景
FCMDはαジストログリカンという膜たんぱく質の表面にある糖鎖が欠損することがわかっています。糖鎖がないことで、細胞と細胞のつながりが破綻し、神経細胞の移動がうまくいかなくなり大脳皮質異常がおきるといわれています。
FCMDの大脳では皮質の形成異常を来たすと考えられていますが、FCMD患者と同じ遺伝子の変化を有するネズミの脳はほぼ正常であり、病態を再現することが困難でした。
そこであらゆる細胞に分化する能力を持つヒトiPS細胞の特性を活かして試験管内で大脳皮質オルガノイドを作ることで、その病態を再現し、FCMDの病態解明や治療法開発に役立てたいと考えました。
研究手法・研究成果
池田准教授らは自らが診療を行っているFCMD患者の末梢血より福山型筋ジストロフィー患者由来のiPS細胞を複数株樹立することに成功しました。FCMDでは骨格筋・大脳の表面にあるたんぱく質のαジストログリカンの糖鎖の量が低下しており、FCMD患者由来の細胞においても、この糖鎖量が低下していました。また、iPS細胞より試験管内で分化させた筋肉組織や大脳組織(三次元大脳オルガノイド)においても同様に糖鎖量が低下していました。その大脳オルガノイドは胎児脳にみられるような形態異常を示し、大脳皮質の形成異常に似た病態を示しました。
福山型患者と正常対照者からそれぞれ樹立したiPS細胞より作成した大脳オルガノイド(図2)においては、大脳の大きさは患者でやや小さいが、大脳皮質マーカーの発現がみられ、大脳皮質の作成に成功しました。しかし顕微鏡で観察すると、福山型のiPS細胞由来の大脳皮質オルガノイドは表面が不整であり、大脳皮質内のグリア線維の走行異常が観察されました。皮質板は厚く不整で、神経細胞(ニューロン)の移動異常が示されました(図3)。様々な細胞で糖鎖回復の効果がみられたMn-007を筋・大脳皮質オルガノイドに投与したところ、糖鎖が回復し、大脳皮質の形成異常が一部改善し、移動異常の回復が観察されました(図4)。神経細胞(ニューロン)は神経幹細胞から分化しグリア細胞の線維を足掛かりに移動しますが、FCMDではグリア細胞の移動異常に伴い神経細胞の分布に異常がありました。治療により、グリア線維の走行異常が改善し、細胞の分布の異常が改善しました。
図2 福山型患者と正常対照者からそれぞれ樹立したiPS細胞より作成した大脳オルガノイド
図3 大脳オルガノイドの皮質異常
図4 Mn-007による大脳皮質の治療
今後の展開
本研究では、日本特有の筋ジストロフィーであるFCMDの病態解明のために大脳皮質や骨格筋を患者由来iPS細胞やその分化誘導法を用いて再現することができました。本成果は今後のFCMD病態解明や治療薬の効果検討に役立つと考えられます。
日本人特有の疾患であることから、本疾患の治療法開発は日本人の責務であります。開発が難しいと考えられる低分子化合物を用いた中枢神経系の治療法開発に期待できる成果と考えます。
また、FCMDの類縁疾患であるαジストログリカノパチーは世界中に存在し、その疾患にも本化合物が有効である可能性があると考えられます。
用語解説
- ※1 福山型筋ジストロフィー
- 骨格筋の壊死・再生を主病変とする遺伝性筋疾患の総称です。とくに福山型筋ジストロフィー(FCMD)は本邦で二番目に多い小児期発症の筋ジストロフィーで、骨格筋以外に目や大脳・小脳の形成異常をきたします。日本人の90人に1人がその遺伝子異常の保因者であるとされ、国内に約1000~2000名の患者がいるといわれています。乳幼児期に、頸がすわらない、からだが“だらん”としている、などの筋力低下で気づかれることが多く、大脳MRIで特徴的な大脳や小脳の形成異常が認められます。原因遺伝子であるフクチン遺伝子の遺伝子検査により診断されます。筋以外に大脳の形成異常による知的発達の遅れやてんかん、不眠症などを伴います。遺伝子異常を正常型にもどすアンチセンス核酸(池田准教授ら、2011年に総合学術雑誌「Nature」に報告)による臨床治験が開始されたところですが、未だ確立された治療法はありません。特に、大脳の形成異常は胎児期より発症するため、中枢神経系の治療法は難しいと考えられています。
- ※2 iPS細胞
- iPS細胞とは、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)の略語です。京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授が開発しました。iPS細胞は、人間の皮膚や血液などの細胞に特殊な因子を導入し細胞を未熟な細胞へと初期化させたもので、さまざまな細胞へ分化する多能性をもっています。
- ※3 低分子化合物
- 分子量の小さい化合物のことで一般的には分子量が一万以下を指します。大きさが小さいため血液―脳関門を通過して脳に到達することが期待できます。
- ※4 オルガノイド
- オルガノイド(organoid)とは、多能性幹細胞であるiPS細胞やES細胞を用いて、眼、神経、大脳などの臓器の形成過程を体外で再現させた三次元組織です。
研究支援
本研究は日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「福山型筋ジストロフィー及び類縁疾患の中枢細胞移動障害の回復を目指した基盤技術開発研究 代表研究者池田真理子」及び「FCMD及び類縁疾患のiPSCs由来三次元培養法による疾患モデルを駆使した病態評価と低分子治療法開発、代表研究者池田真理子」、再生医療研究開発課 再生医療実現拠点ネットワークプログラム(疾患特異的iPS細胞の利活用促進・難病研究加速プログラム)「福山型筋ジストロフィーに対する低分子化合物スクリーニングを用いた分子標的治療法開発、代表研究者池田真理子」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「FCMDのαジストログリカン糖鎖のホメオスタシスに着目した治療法開発、代表研究者池田真理子」、(C)「福山型筋ジストロフィーの中枢症状の克服を目指した評価系構築と治療法の確立、代表研究者池田真理子」、内藤財団、日本難病医学財団、公益財団法人篷庵社(すべて代表研究者池田真理子)、坂上明教育研究寄附金(代表研究者青井貴之)などの支援を受けて行われました。
文献情報
- 論文タイトル
- Restoration of the defect in radial glial fiber migration and cortical plate organization in a brain organoid model of Fukuyama muscular dystrophy
- 著者
- 池田真理子、小柳三千代、丸山達生、櫻井英俊、渡邊桃子、青井貴之 他
- DOI
- 10.1016/j.isci.2021.103140.
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