iPS細胞由来静止期肝星細胞を用いた肝線維症治療薬のスクリーニングモデルを開発

ad

2021-12-03 東京大学定量生命科学研究所,日本医療研究開発機構

発表者

厚井 悠太(東京大学定量生命科学研究所 発生・再生研究分野 特任研究員(研究当時)、アメリカ国立衛生研究所 ポストドクトラルフェロー(現在))
宮島 篤(東京大学定量生命科学研究所 発生・再生研究分野 特任教授)
木戸 丈友(東京大学定量生命科学研究 発生・再生研究分野 特任講師)

発表のポイント
  • ヒトiPS細胞(注1)から作製した肝星細胞(注2)を用いて肝線維症治療薬のスクリーニング(注3)モデルを開発しました。
  • 蛍光量を指標に肝星細胞の活性化レベルを計測することが可能となり、肝線維症の病態を生体外で定量できるようになりました。
  • 肝星細胞の活性化を抑制する作用を持つ新規肝線維症治療薬の開発が期待されます。
発表概要

肝線維症は肝臓に大量に線維が蓄積する病態です。線維症が進行すると肝硬変や肝がんにつながるため、線維症を治療することは極めて重要です。線維化した肝臓においては、肝星細胞が“静止状態”から“活性化状態”へと移行し、線維を過剰に産生して、線維化の進行に大きく関与することが知られています。しかしながら、肝星細胞の活性化プロセスを評価するモデルは存在せず、線維症の有効な治療薬の開発が遅れていました。

今回、東京大学定量生命科学研究所発生・再生研究分野の厚井悠太特任研究員(研究当時)、宮島篤特任教授、木戸丈友特任講師らの研究グループは、ヒトiPS細胞から静止期の肝星細胞を作製する技術を確立し、それらを用いた肝線維症治療薬のスクリーニングシステムを開発しました。これにより、ヒトiPS細胞から“静止状態”の肝星細胞を調製することができ、培養によって“活性化状態”へ誘導することが可能となりました。また、“静止状態”から“活性化状態”への性質の変化を、蛍光量を指標に簡便かつ定量的に評価する技術を開発しました。この技術を創薬研究に広く応用することで、新しい肝線維症治療薬の開発が期待されます。

発表内容
研究の背景

肝臓は代謝や解毒などの機能を担い、生体の恒常性の維持に大きく貢献しています。肝炎ウイルスの感染やアルコールの過剰摂取等によって肝臓が障害されると、過剰に線維が蓄積して線維症を引き起こします。肝線維症が慢性化すると肝硬変や肝がんにつながることから、線維症の治療薬の開発は極めて重要な課題です。肝線維化において中心となるのが肝星細胞と呼ばれる細胞です。肝星細胞は、健常者の肝臓においては肝特有の毛細血管を構成する類洞の血管壁に存在して“静止状態”にありますが、肝障害に応答し“活性化状態”へと移行して、コラーゲンなどの線維を大量に産生するようになります。これらの線維が蓄積することで肝臓の線維化が進むため、肝星細胞はいわば肝線維化のドライバーです。しかしながら、肝星細胞の活性化プロセスを生体外で再現する有用なモデルは存在せず、そのことが線維症治療薬開発の妨げとなっていました。

今回の研究成果

本研究ではまず、ヒトiPS細胞から肝星細胞を作製する技術を新たに開発しました。作製した肝星細胞は健康な肝臓に存在する“静止状態”の性質を有し、培養によって“活性化状態”へと変化することを示しました。

次に、肝星細胞が活性化したときに発現するa smooth muscle actin遺伝子ACTA2に蛍光タンパク質RFP遺伝子(注4)を挿入したレポーターヒトiPS細胞株を樹立しました。レポーターヒトiPS細胞から調製した肝星細胞に活性化刺激を与えると、RFPの蛍光が増強し、肝星細胞の活性化レベルについて蛍光量を指標に評価することが可能になりました。(図1)


図1:レポーターiPS細胞から肝星細胞を作製した(上)。活性化を誘導するとRFPの蛍光量が増加し、活性化レベルについて蛍光を指標に評価できるようになった(下)。


最後に、この評価システムを用いてハイスループット治療薬スクリーニング(注5)モデルを開発しました。384ウェルプレートにレポーターヒトiPS細胞由来の肝星細胞を播種した後、1453種の既存薬を添加して蛍光量が抑制される化合物をスクリーニングしました。その結果、肝星細胞の活性化を抑制する化合物の同定に成功しました。(図2)


図2:ヒトiPS細胞から作製した肝星細胞を384ウェルプレートに播種して活性化を誘導した。その際にそれぞれのウェルに化合物を添加して活性化を抑制する効果があるかを検証した(上)。コントロールと比較して、いくつかの化合物において蛍光量が著しく低下した(下)。これらの化合物は線維化治療薬候補化合物となる。

今後の展望と社会への影響

本研究ではヒトiPS細胞由来静止期肝星細胞を用いた肝線維症治療薬スクリーニングシステムを開発しました。蛍光量を指標に肝星細胞の活性化状態をモニターする本手法は、高感度で正確な定量法であることから、創薬研究に広く応用することが可能です。これまで難しかった線維化のドライバーである肝星細胞を標的とした肝線維症の治療薬の開発が大きく進むことが期待されます。さらに、肝線維症の発症メカニズムの基礎研究にも利用されることが考えられます。

用語解説
(注1)iPS細胞
人工多能性幹細胞と呼ばれ、体細胞にいくつかの因子を導入することで作製される。高い増殖能と様々な細胞に分化する能力がある。
(注2)肝星細胞
肝臓に存在する間葉系細胞で、ビタミンAの貯蔵能がある。線維症肝臓においてはコラーゲン線維などを産生して線維化を誘導する。
(注3)治療薬のスクリーニング
多数の候補化合物から治療薬となり得るものを選び出す操作。
(注4)RFP
Red fluorescent proteinの略で、赤色の蛍光を発するタンパク質。
(注5)ハイスループット治療薬スクリーニング
治療薬のスクリーニングの中でも高速で効率のよい手法。本研究の場合は蛍光を自動で検出する顕微鏡システムを用いることで高効率化を実現した。
研究資金

本成果は日本医療研究開発機構(AMED)の再生医療実現拠点ネットワークプログラム「ヒトiPS細胞由来肝構成細胞による肝線維化モデルの樹立と応用」(JP16bm0704007)(代表者:木戸丈友)及び日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業 基盤研究(B)「遺伝子改変ヒトiPS細胞を利用した新規肝疾患モデルの開発と線維化メカニズムの解析」(21H02710)(代表者:木戸丈友)の支援を受けて実施されました。

発表雑誌
雑誌名
Stem Cell Reports(オンライン版:米国東部時間2021年12月2日掲載)
論文タイトル
Development of human iPSC-derived quiescent hepatic stellate cell-like cells for drug discovery and in vitro disease modeling
著者
Yuta Koui, Misao Himeno, Yusuke Mori, Yasuhiro Nakano, Eiko Saijou, Naoki Tanimizu, Yoshiko Kamiya, Hiroko Anzai, Natsuki Maeda, Luyao Wang, Tadanori Yamada, Yasuyuki Sakai, Ryuichiro Nakato, Atsushi Miyajima, Taketomo Kido
お問い合わせ先

研究に関すること
東京大学 定量生命科学研究所 発生・再生研究分野
特任講師 木戸 丈友(きど たけとも)

報道担当
東京大学 定量生命科学研究所 総務チーム

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構
再生・細胞医療・遺伝子治療事業部 再生医療研究開発課

ad

細胞遺伝子工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました