アザラシによる観測で秋~冬の南極沿岸の海洋環境が明らかに

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2021-12-27 国立極地研究所,北海道大学

国立極地研究所の國分亙彦助教を中心とする研究グループは、南極・昭和基地でウェッデルアザラシに水温塩分記録計を取り付けて調査を行い(図1)、その観測データから、秋に外洋の海洋表層から暖かい海水(暖水)が南極大陸沿岸に流れ込んでいること、また、その暖水を利用することでアザラシが効率よく餌をとっていたことを明らかにしました。本成果は、秋期から冬期の南極海沿岸の海洋循環のメカニズムと海洋生態系の応答プロセスの解明につながると期待されます。この観測は第58次南極地域観測隊(2016年~2018年)の一環として実施されました。

図1:頭にCTDタグを装着したウェッデルアザラシ。装置は体重に比べて十分に軽く、一定期間後、体毛が抜け替わる時期に脱落する。(撮影:国立極地研究所 國分亙彦)

研究の背景

南極沿岸にはペンギンやアザラシなど多くの大型動物が生息しています。それを可能にする要因のひとつとして、外洋の深層からの栄養塩に富んだ暖水の流入に伴う高い生物生産が挙げられます。これまでにこのような現象が観測されたのは、深い海底谷や海洋渦の存在など、外洋の深層水が流れ込みやすい条件を備えた海域や、広い大陸棚のある海域などに限られていました。

一方、南極沿岸には、定着氷と呼ばれる陸から一続きとなって容易に動かない海氷に覆われた海域が広く存在し、そこでも多くの大型動物が見られます。しかし、厚い氷のために船で海洋調査をすることが難しく、この海域の大型動物がどのような仕組みによって生息できているのかはよく分かっていませんでした。

動物に小型の記録計を取り付けて、動物の行った場所の環境や行動を記録することをバイオロギングと呼びます。この手法を活用すれば、これまで船による観測のできなかった海域や時期の海洋環境データを集めることができます。そこで本研究チームは、南極・昭和基地周辺に生息するウェッデルアザラシにCTDタグという最新の水温塩分記録計(図1)を取り付け、これまで未知だった秋期から冬期の沿岸の海洋環境を計測しようと考えました。このCTDタグは位置情報、塩分と水温を計測し、同時に潜水深度を記録して、そのデータを衛星通信で送信するものです。この機器は重量580gとアザラシの体重(平均326kg)に比べて十分に軽いため動物への負荷は少なく、一定期間後、アザラシの体毛の抜け替わる時期には体毛と共に脱落する仕組みになっています。ウェッデルアザラシは最大で深さ904m、96分間も潜水した記録のある南極沿岸の代表的な大型動物であるため、定着氷の張り出す大陸棚上の海底近くの深さまでの海洋環境データ収集が期待できます。

研究の内容

2017年の秋(3月~4月)から春(9月)にかけて8頭のアザラシにCTDタグを取り付け、うち7頭から最長で約8か月間の十分な量のデータを得ることができました。アザラシは、昭和基地周辺の装着場所から最大633kmも東に離れた海域まで移動しており、秋期から冬期の南極沿岸の広い範囲の海洋環境を調べる上でこの手法が有効であることを確認できました。

このようにして得られた秋~冬の水温塩分データを分析したところ、従来の知見と同様に、低温低塩分の水(図2中の黒色の水塊)が観測期間中に観測海域全体で見られ、高温高塩分の水(図3中の赤色の水塊)が秋から冬にかけて、深い海底谷など限られた海域の深い深度で見られました。一方で、高温低塩分の水(図2中のオレンジ色の水塊)が秋に沿岸の多くの地点の浅い深度(100~150m)で見られ、時期が進むと共に最大400mまで沈み込んでいたことが、本研究で初めて明らかになりました。また、アザラシの潜水深度の記録から、どれくらい効率的に餌をとっていたかを示す指標(注1)を計算し、海水のタイプが餌とり行動にどう影響していたかを分析したところ、低温低塩分の水と比べて、高温低塩分の水や高温高塩分の水でアザラシはより効率的に餌をとっていたことが明らかとなりました。

図2:アザラシの観測した南極沿岸の海洋環境の時系列パターン。1個体の例を示している。
(左)移動軌跡(★は昭和基地の位置)、(右)時系列に沿った各水塊の深度分布。


さらに、風向風力を使ったモデル計算によってこの高温低塩分の水の由来を詳しく調べると、秋に沿岸を西向きに吹く風が強まることで、外洋から沿岸に向けて表層を流れる流れが強まり、さらに一部の海水は下の方へ潜り込むような力が特に強まっていたことが示唆されました。南極沿岸を取り巻く外洋側の暖かい水には、ナンキョクオキアミなどの高次捕食動物にとって重要な餌生物が生息しています。このような餌生物が、秋に外洋側から風の力によって沿岸へ運ばれてきた結果、沿岸側に生息しているウェッデルアザラシがより効率よく餌をとっていたものと考えられました(図3)。

図3:本研究で明らかになった秋期~冬期の昭和基地近海の大陸棚上の海洋環境の模式図。色のついた矢印は海水の流れ、白抜きの矢印は想定される栄養の流れを示す。略語の意味は以下の通り。mCDW:Modified Circumpolar Deep Water(周極深層水)。高温高塩分の水。WW:Winter Water(冬期水)。低温低塩分の水。AASW:Antarctic Surface Water(南極表層水)。高温低塩分の水。(イラスト:木下真一郎)

本研究の意義

本研究は、南極沿岸域で秋に強まる風の力によって、外洋の表層から海水と餌生物がもたらされている可能性を初めて示しました。研究グループでは、今回の調査結果をモデル計算と組み合わせ、風の力によって大陸棚に運ばれる海水と餌生物の量の推定につなげたいと考えています。さらにこの結果を南極沿岸のいろいろな海域に応用することで、外洋から沿岸にどれくらいの海水が流れ込んできているのか、またそれによって沿岸の海洋生態系にどのような影響があるのか、より詳しい仕組みの解明が期待されます。

注1:どれくらい効率的に餌をとっていたかを示す指標
Residual diving bottom time (Rbt)と呼ばれる。プラスの値であれば餌とりに正の影響があったこと、マイナスの値であれば餌取りに負の影響があったと判断する。

発表論文

掲載誌:Limnology and Oceanography
タイトル:Shoreward intrusion of oceanic surface waters alters physical and biological ocean structures on the Antarctic continental shelf during winter: Observations from instrumented seals.

著者:
國分亙彦(国立極地研究所 生物圏研究グループ 助教)
田邊優貴子(研究当時:国立極地研究所 生物圏研究グループ 助教)
平野大輔(研究当時:北海道大学低温科学研究所・国立極地研究所 気水圏研究グループ 助教、現:国立極地研究所 南極観測センター助教)
Vigan Mensah(北海道大学低温科学研究所 特任助教)
田村岳史(国立極地研究所 気水圏研究グループ 准教授)
青木茂(北海道大学低温科学研究所 准教授)
髙橋晃周(国立極地研究所 生物圏研究グループ 准教授)
URL:https://aslopubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/lno.11914
DOI:10.1002/lno.11914
論文出版日:2021年10月9日

研究サポート

本研究はJSPS科研費(JP16K16185、JP17K12811、JP20K12132)、南極地域観測事業(重点研究観測サブテーマ2「氷床・海氷縁辺域の総合観測から迫る大気‐氷床‐海洋の相互作用」、一般:AP0922「一年を通した生態計測で探る高次捕食動物の環境応答」)の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ先

(研究内容について)
国立極地研究所 生物圏研究グループ 助教 國分亙彦
北海道大学 低温科学研究所 准教授 青木茂

(報道について)
国立極地研究所 広報室
北海道大学 総務企画部広報課

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