2022-01-17 東京大学
1.発表者:
島添 健次(東京大学 大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 特任准教授)
上ノ町 水紀(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 原子力国際専攻 博士課程/
現在:理化学研究所 仁科加速器科学研究センター 研究員)
2.発表のポイント:
◆核医学診断薬剤を用いた生体内局所pHの検出・可視化技術を確立した。
◆薬剤集積に加えて、高次情報である局所化学環境のガンマ線を用いた非侵襲観測を可能にした。
◆悪性腫瘍等の生体内微小環境の検出により診断の高精度化が可能になるとともに、体内化学環境を体外から観測するプラットフォーム技術として期待される。
3.発表概要:
東京大学大学院工学系研究科の島添 健次 特任准教授、上ノ町 水紀 博士課程学生(研究当時)らは薬剤集積とpH等の化学環境を同時にイメージング可能な核医学の新しい手法を考案・確立しました。
ガンマ線(注1)を用いた核医学診断は、悪性腫瘍等の早期検出に臨床で用いられる強力な手段として知られていますが、本手法によりさらに化学環境イメージングの可能性が拓かれ、診断の高精度化が期待されます。
これまで用いられてこなかったガンマ線もつれ光子を積極的に利用することで、生体内など薬剤局所の非常に微小な電磁場環境を核スピンの超微細相互作用により、非常に高いエネルギーを有するガンマ線の相関として取り出すことに成功しました。
本手法は、微弱局所電磁場を巨大なエネルギー光子の相関として感知する量子センサとみなすことが可能であり、新たな医学診断、センシングプラットフォーム技術となることが想定されます。
本研究成果は、2022年1月14日(英国時間)に英国科学誌「Communications Physics」のオンライン版に掲載されました。
4.発表内容:
研究の背景
PET(注2)やSPECT(注3)等のガンマ線を用いた核医学診断技術は、悪性腫瘍の早期発見や診断に重要な技術であり、体外から非侵襲的に分子動態の観測が可能なため、臨床で広く用いられています。一方で従来の核医学診断技術においては、薬剤の集積状況のみの可視化が可能であり、pHや分子の化学的結合状態、分子間相互作用などの生体内局所環境を直接観測する技術は存在していませんでした。pHや化学環境の観測は、薬剤プローブの集積情報に加えて、例えば悪性腫瘍の悪性度などのより高次の情報を取得できる可能性を有しています。蛍光を用いたイメージングではそのような技術が存在していますが、可視光領域の光の透過力は低いため臨床で用いることが困難という課題がありました。本研究では、医学利用が可能な核医学技術において、集積以外の局所環境をイメージング可能な新たな手法(図1)の創出を目指しました。
研究内容
本研究では、臨床で用いられているSPECT薬剤の中でガンマ線光子を時間的に連続して放出するカスケードガンマ線放出核種である111In(インジウム)に着目しました。111Inは85ナノ秒の中間状態時定数をもって2本のもつれガンマ線光子を放出することが知られていますが、これらの2本のガンマ線の間には核スピンに由来する空間的な放出相関(注4 角度相関)が存在します。さらに、角度相関は中間状態において、原子核周囲の微弱電磁場と超微細相互作用により摂動を受け変化します。本研究グループで開発した技術である、高精度のガンマ線検出器アレイを用いて、これらのもつれガンマ線の時空間相関を定量化することで、顕著なpH依存性を示すことを明らかにしました(図2)。また悪性腫瘍を検出する抗体に結合させた状態とそうでない状態でもガンマ線の放出相関に変化があることを確認しました。
さらに、開発したイメージング装置を用いて、ガンマ線の時空間相関から薬剤の集積とpHの推定の同時イメージングに初めて成功しました(図3)。
社会的意義・今後の予定
本研究により、ガンマ線を用いた核医学診断技術において、体外から非侵襲的にpH等の局所化学環境が抽出・イメージング可能であることが示されました。これにより、従来の核医学の悪性腫瘍の早期発見等の診断に加えて、局所化学環境等の高次診断が可能になることが期待されます。また本研究では、pHを指標とした計測に成功しましたが、111In等のもつれガンマ線光子放出核種は、局所の電磁場環境を、ガンマ線という高いエネルギーを持ち、遠距離伝送ができるもつれ光子の相関に転写する事ができる新たな量子センサとみなすことが可能です。今後は、人での利用が可能な非侵襲的なイメージングセンサのプラットフォームとして多くの応用が想定されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「量子技術を適用した生命科学基盤の創出」研究領域 研究課題名「多光子時間相関イメージング手法の開拓」 (研究代表者 島添 健次 JPMJPR17G5)および日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(S)(17H06159)の一部支援により実施されました。
5.発表雑誌:
雑誌名:「Communications Physics」(オンライン版:1月14日掲載)
論文タイトル:Imaging and sensing of pH and chemical state with nuclear-spin-correlated cascade gamma rays via radioactive tracer
著者: Kenji Shimazoe*, Mizuki Uenomachi*, Hiroyuki Takahashi
DOI番号:10.1038/s42005-022-00801-w
6.用語解説:
(注1) ガンマ線
可視光の5〜6桁ほど高いエネルギーを持つ、生体透過性の高い光子
(注2) PET
Positron Emission Tomography 陽電子と電子の対消滅ガンマ線を用いた核医学診断手法の1つで高感度な悪性腫瘍の診断等に用いられる。
(注3) SPECT
Single Photon Emission Computed Tomography 単一光子ガンマ線放出薬剤を用いた核医学診断手法の1つで悪性腫瘍の高感度検出や病態の診断に用いられている。
(注4) 角度相関
原子核の崩壊過程ではガンマ線の放出により核スピンが変化し、ガンマ線の放出はスピンによって決定される。1本目のガンマ線を検出することは、ある崩壊過程を選択することに相当し、そのため2本目の放出方向は等方的でなくなり偏る。
7.添付資料:
図1 カスケードガンマ線放出核種を用いたセンシング原理
図2 pHとガンマ線放出分布の定量 (a:崩壊過程 b: pH依存放出分布)(論文より転載)
図3 pHイメージングの実証 (a:集積 b: pH)(論文より転載)
Communications Physics:https://www.nature.com/articles/s42005-022-00801-w