膵がんの前がん病変の膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)のうち、病理学的に高度異形を有するIPMN(非浸潤がん)を高い感度で検出する血液バイオマーカー

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ドイツハイデルベルグ大学と日本医科大学の共同研究

2022-01-20 日本医科大学,日本医療研究開発機構

日本医科大学大学院医学研究科 本田一文大学院教授(前国立がん研究センター研究所早期診断バイオマーカー開発部門長)、長島健悟非常勤講師、加城歩エキスパートサポートスタッフ(前国立がん研究センター特任研究員)、武内恵子アシスタントサポートスタッフは、ハイデルベルグ大学外科学病院 Büchler教授、Felix博士、ウィーン大学 Strobel教授らとの共同研究で、膵がんの前がん病変の一つである膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)(注1)のうち、悪性所見があるが間質への浸潤のない高度異形(high grade dysplasia)IPMN(IPMN HGD)(非浸潤がん ステージ0相当)(注2)を高い感度で検出する血液バイオマーカー(アポリポプロテインA2 アイソフォーム:apoA2-i)(注3)を発見しました。IPMN HGDを健常者から発見する感度は70%で、現在臨床で利用されている膵がんバイオマーカーのCA19-9の感度15%に比較して圧倒的に高いことを見出しました。

IPMN HGDは病理学的に悪性所見を持つ非浸潤がん(ステージ0相当)と考えられます。非浸潤状態で手術できれば膵がんの予後の向上が期待できます。

研究の背景

膵がんは非常に予後が不良な難治がんです。膵がんの治療で最も効果の高いものは手術で膵がんを完全切除することですが、早期の膵がんに特徴的な症状がないため、治癒切除不可能な進行した膵がんで発見されること多いのが実状です。検診による膵がんを発見する方法に期待が寄せられますが、年齢調整罹患率で考えると10万人に13人程度しか発見されないため、無症状の人にはいかなる画像検査による検診も、現状では推奨されてはおりません。簡単な方法で膵がんになりやすい集団を画像検査前に絞り込み、CT検査、MRI検査や超音波内視鏡などを使って精密検査を実施できれば、早期膵がんや膵がんリスク疾患を効率的に発見できると考えられています(図1)。特に一般集団に比較して膵がんになりやすい集団(ハイリスク集団)を特定し、それら集団に対して頻回の精密検査でフォローアップすることで治癒切除可能な早期膵がんを発見する検診手法の開発が望まれます。


図1 効率的な膵がん検診のイメージ検診センターや病院で血液検査により非侵襲的に治癒切除可能な膵がん(早期膵がん)や高リスク集団を絞り込み、精密画像検査で早期診断や高リスク集団を発見、早期治療介入や定期的なフォローアップで膵がんの死亡率の低減を目指す。


本研究グループは、国立がん研究センター時代より膵がんや膵がんリスク疾患で血液中の高比重コレステロール成分の一つであるアポリポプロテインA2 二量体が、特殊な切断を受けることを発見し(apolipoprotein A2-isoforms; apoA2-i)(図2)、膵がん診断のための血液バイオマーカーとしての有用性を、日本の多施設共同研究や米国国立がん研究所、ドイツがん研究センター、ハイデルベルグ大学などとも検証してきました。


図2 膵がんや膵がんリスク疾患の病艇を反映し、血液中を循環するapoA2-i 二量体のC末端アミノ酸切断変化(A)apoA2-iには、5個のアイソフォームが存在する。(B)膵がんやリスク疾患になると、apoA2-i 二量体のC末端アミノ酸の切断に変化が生じて(過剰切断、または切断抑制)、その結果として中間体であるapoA2-ATQ/ATが健常者に比べて減少する。


特にIPMNや膵嚢胞性疾患(注4)からの1年間の膵がん発生割合は1.1%と一般集団に比較して極端に高いとされています。

IPMNには、病理学的に悪性所見の少ない低異形度(low grade dysplasia)IPMN(IPMN LGD)と、悪性所見として矛盾しない高度異形を伴うが間質には浸潤のない高異形度(high grade dysplasia)IPMN(IPMN HGD、非浸潤がん:ステージ0相当)の2種類に分類されます。IPMN HGDの段階で発見して手術ができれば治癒が望めますし、IPMN LGDで発見し定期的な精密検査を行うことで治癒切除可能な膵がんを早期に発見することができるかもしれません。

研究の内容

ドイツにあるハイデルベルグ大学のBüchler教授らの研究グループは、多くの膵がんやIPMNの外科切除をてがける世界でも有数なハイボリュームセンターです。ハイデルベルグ大学で外科切除されたIPMN LGD、IPMN HGD (非浸潤がん)、IPMN関連がん(IPMN T1、IPMN T2、IPMN T3)、通常型膵管がん(PDAC T1、T2)から採取された523例の患者さんの血清検体について、apoA2-iの血液濃度を調べました。ApoA2-iのうち、C末端アミノ酸の配列がATQ/ATとなるapoA2-ATQ/AT(図2)が、IPMN LGD、HGD、IPMN関連がん、 PDACともに健常者に比較して有意に減少していました(図3)。


図3 ApoA2-iの血液濃度の疾患毎分布健常者に比較して膵がんやIPMNでは統計学的有意にapoA2-ATQ/ATの濃度が低い。
CO:健常者、 LGD:IPMN LGD (膵がん前がん病変良性腫瘍)、HGD:IPMN HGD(非浸潤がん)、CA-T1(IPMN関連がんT1)、CA-T2(IPMN関連がんT2)、CA-T3(IPMN 関連がん T3)、PDAC(通常型膵管がん)。


特に、非浸潤がん(ステージ0相当)であり、治癒切除が望めるIPMN HGDを健常者から判別する性能(AUC:area of under curve)(注5)は、0.91と高い判別性能を示しました。膵がんバイオマーカーとして、現在臨床で利用されているCA19-9のAUCは0.686でapoA2-iのほうが統計学的に有意に高いことを示しました(図4)。

膵がんの前がん病変の膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)のうち、病理学的に高度異形を有するIPMN(非浸潤がん)を高い感度で検出する血液バイオマーカー
図4 健常者からIPMN HGDを判別するapoA2-iとCA19-9のROC曲線黒線:apoA2-i、赤線:CA19-9
ApoA2-iの判別性能がCA19-9に比べて有意に高い。
ApoA2-i AUC = 0.910
CA19-9 AUC = 0.686


ApoA2-iが、IPMN HGDを健常者から発見する感度は70%以上となり、現在臨床で使用されているCA19-9のカットオフ値である37U/MLで判定した時の感度の15%に比べても圧倒的に高いことを示しました。

IPMN HGDだけでなく、IPMN LGD(膵がん前がん病変:膵臓良性腫瘍)を持つ患者さんも膵がんを発症するリスクは、一般の集団に比較して有意に高いことが知られています。IPMN LGDを健常者から判別するapoA2-iのAUCも0.856とCA19-9のAUC0.682に比べて有意に高く(図5)、IPMN LGDを発見するapoA2-i、CA19-9の感度はそれぞれ、55%と11%であり、apoA2-iの感度がCA19-9の感度を圧倒しました。


図5 健常者からIPMN LGDを判別するapoA2-iとCA19-9のROC曲線黒線:apoA2-i、赤線:CA-19
ApoA2-iの判別性能がCA19-9に比べて有意に高い。
ApoA2-i AUC = 0.856
CA19-9 AUC = 0.682


IPMNから発生する膵がんの中に、膵粘液がんという特殊ながんが知られています。ApoA2-iが膵粘液がんを判別するAUCは0.99と非常に高い値となりました(図6)。


図6 健常者から膵粘液がんを判別するROC曲線黒色:apoA2-i
95% CI : 95% 信頼区間 (0.971 -1.004)

研究の意義・今後の展開

本研究の結果から、膵がんの前がん病変であるIPMNを持つ患者さんを血液検査で発見できる可能性が示唆されました。特にIPMN HGDは悪性所見を持つ非浸潤がんですが、放置しておくと浸潤や転移が起こり、切除手術が不可能になります。IPMN HGDの状態の患者さんを血液検査で発見できれば、膵がんの予後の向上に貢献できる可能性が高いです。さらに非侵襲的な血液検査を用いて、患者さんに負担のかかる精密画像検査前に、膵がんや膵がんリスク疾患を濃縮できればその検査前診断確率を上昇でき、効率的な膵がん検診プログラムを構築できるかもしれません。

現在、apoA2-i検査をIPMN発見のためのバイオマーカーとして、社会実装するための臨床研究が展開中です(注6)。今後の結果が期待されます。

論文
英文タイトル
Noninvasive risk stratification of intraductal papillary mucinous neoplasia with malignant potential by serum apolipoprotein-A2-isoforms
日本語タイトル
血清アポリポプロテインA2アイソフォームを用いた悪性の可能性を持つ膵管内乳頭粘液性腫瘍の非侵襲的リスク層別化
著者名
Klaus Felix、本田一文、長島健悟、加城歩、武内恵子、小林隆、Sascha Hinterkopf、Matthias M Gaida、Hien Dang、Niall Brindl、Jörg Kaiser、Markus W Büchler、Oliver Strobel(K. Felixと本田一文は共同第1著者)
掲載誌
Int J Cancer. 2021 Nov 14.
doi
10.1002/ijc.33875. Online ahead of print.
特記事項

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)研究領域D(診断/バイオマーカー)「タンパク質・ペプチド修飾解析による早期がん・リスク疾患診断のための血液バイオマーカーの開発(研究代表 本田一文)」に支援を受けて行われた研究です。

用語解説
(注1)IPMN
Intraductal Papillary Mucinous Neoplasmの略。膵がんの前がん病変と考えられています。IPMN high grade dysplasia はIPMC(Intraductal Papillary Mucinous Carcinomaの略。日本語名:膵管内乳頭粘液性がん。)非浸潤がん(stage 0相当)と同義。IPMNや膵嚢胞性疾患からの1年間の膵がん発生割合は1.1%と一般集団に比較して極端に高い。膵がん診療ガイドラインには、「IPMNを発見し、緊密にフォローアップすることが早期膵がん発見につながる」と記載されています。
(注2)IPMN HGR
病理学的に高度に異形を持つ悪性度の高い腫瘍です。IPMN国際診療ガイドライン(2017年)では、間質への浸潤を伴わないことからWHOとの整合性を踏襲してIPMN HGRとして分類されています。日本では、非浸潤がん(ステージ0相当)として取り扱っても、矛盾はありません。本リリースでは、IPMN HGRは非浸潤がんとして扱います。
(注3)ApoA2-i
apolipoprotein A2 isoformの略号。Apolipoprotein A2は血液中では2量体を形成して循環しています。膵がんやそのリスク疾患になると膵臓から分泌されるC末端切断酵素の外分泌機能の影響を受けて、切断活性が亢進または抑制を受けます。その結果として、膵がんや膵がんリスク疾患ではApoA2-i構成成分中の中間鎖であるapoA2-ATQ/ATが減少します。企業と共同開発したELISAキットでapoA2-iのプロファイルをみることで、膵がんやリスク疾患の診断の可能性を検討中です。
(注4)膵嚢胞性疾患
膵臓に袋状の病変ができること。膵がんのリスク因子になる。
(注5)AUC(ROC解析曲線下面積)
ROC analysis area of under curve。ROC曲線は縦軸を感度、横軸は偽陽性率(1-特異度)として描かれた曲線をいいます。感度・特異度ともに優れているとAUCは1.0に近づくため、検査の有用性を評価する指標になります。複数のバイオマーカーを比較する場合、1.0に近いほど、判別性能が高いバイオマーカーと考えられています。
(注6)
革新的がん医療実用化研究事業「膵外分泌機能を評価する血液バイオマーカーを用いた膵がんリスク疾患・早期膵がんの診断法の臨床開発(研究代表 本田一文)」で、研究が進行中です。
お問い合わせ先

研究のお問い合わせ先
日本医科大学大学院医学研究科
生体機能制御学分野
大学院教授 本田一文

AMED事業に関する問い合わせ先
日本医療研究開発機構 (AMED)
創薬事業部 医薬品研究開発課
次世代がん医療創生研究事業 (P-CREATE)

医療・健康
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