制御性T細胞の新しいマーカーを発見~T細胞受容体の配列パターンがT細胞の運命に影響する~

ad

2022-02-18 理化学研究所

理化学研究所(理研)生命医科学研究センターヒト免疫遺伝研究チームの石垣和慶チームリーダーらの国際共同研究チームは、「制御性T細胞[1]」の分化・維持に関わるT細胞受容体[2]のアミノ酸配列パターンを発見しました。

本研究成果は、「ヘルパーT細胞[3]」に属する制御性T細胞の抗原[4]認識システムの理解に役立つだけでなく、T細胞を用いた免疫細胞療法の改良に貢献すると期待できます。

近年、T細胞受容体の配列データは蓄積されつつありますが、その解析手法はまだ確立していません。

今回、国際共同研究チームは、ヒトのヘルパーT細胞のT細胞受容体配列のビックデータ(合計約6,000万配列)を解析し、制御性T細胞のT細胞受容体の配列を詳しく調べました。独自の解析アルゴリズムを考案し、制御性T細胞を特徴付けるT細胞受容体の配列パターンを発見しました。さらに、その配列パターンを基にした「TiRPスコア」を作成し、T細胞受容体の配列情報だけを用いて制御性T細胞に分化する確率を推定することに成功しました。TiRPスコアは制御性T細胞だけでなく、さまざまなT細胞の新しいマーカーとして広く適用可能です。

本研究は、科学雑誌『Nature Immunology』オンライン版(2月17日付:日本時間2月18日)に掲載されました。

背景

免疫システムの司令塔である「ヘルパーT細胞」の細胞表面には、抗原を区別するT細胞受容体があります。一つ一つのヘルパーT細胞は固有のT細胞受容体を持ち、それぞれ異なる抗原を認識します。特に、T細胞受容体の中央にある相補性決定領域3(CDR3)[5]は抗原と直接結合するため、抗原認識に重要です。CDR3のアミノ酸配列のパターンは非常に多様であるため、ヘルパーT細胞はさまざまな抗原を認識できます。

ヘルパーT細胞には、「制御性T細胞」と呼ばれる細胞集団があります。制御性T細胞は過度の免疫反応にブレーキをかけるという重要な役割を持ち、制御性T細胞の異常は多くの疾患に関与することが知られています。

ヘルパーT細胞は胸腺で分化する際に、さまざまな自己抗原[4]にさらされます。ヘルパーT細胞のT細胞受容体が自己抗原に対して高い親和性を示すとき、そのヘルパーT細胞の一部は制御性T細胞に分化します。このメカニズムによって、制御性T細胞は自己抗原を認識し、自己抗原に対する免疫反応を防ぐことで、私たちの体が免疫システムに攻撃されないように守っています。

研究手法と成果

国際共同研究チームは、「特定のT細胞受容体の配列パターンが自己抗原に対する反応性を高め、制御性T細胞の胸腺における分化、末梢組織における安定性に関与している」という仮説を立てました。そこで、公共データベースに登録されていた65人から収集したヘルパーT細胞のT細胞受容体配列のビックデータ(約6,000万配列)を解析し、制御性T細胞のT細胞受容体がその他のヘルパーT細胞に比べてどのような特徴があるのかを詳しく調べました。

初めに、T細胞受容体のCDR3配列に含まれるアミノ酸の割合を測定した結果、制御性T細胞ではロイシンやフェニルアラニンなどのアミノ酸の使用頻度が著しく高いことを確認しました(図1)。興味深いことに、制御性T細胞のCDR3配列で頻度が高いアミノ酸には「疎水性」という共通の性質があることが分かりました。これは、CDR3の疎水性が自己抗原の認識を促進する可能性を示しています。また、T細胞受容体のCDR3以外の構成要素であるV遺伝子[5]とJ遺伝子[5]においても、制御性T細胞とその他のヘルパーT細胞で使用頻度に差がある遺伝子がありました。

制御性T細胞の新しいマーカーを発見~T細胞受容体の配列パターンがT細胞の運命に影響する~

図1 制御性T細胞のT細胞受容体CDR3におけるアミノ酸の使用頻度

各T細胞受容体配列のCDR3の中央で各アミノ酸の割合を計算し、各個人で計算したその平均値を示した図。同一個人のデータは線でつながっている。ロイシン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシンは疎水性側鎖を持つ。


近年、T細胞受容体配列のデータは蓄積しつつありますが、その解析手法はまだ確立していないことから、国際共同研究チームは独自の解析アルゴリズムを考案しました。まず、T細胞受容体配列から、CDR3の各アミノ酸、V遺伝子、J遺伝子の合計606種類の特徴を抽出し、「一般化線形混合モデル[6]」を適用することで、制御性T細胞のT細胞受容体配列の特徴を網羅的に検索しました。この解析の結果、制御性T細胞の分化に重要なT細胞受容体配列の特徴を合計208種類も発見しました。

さらに、その結果を用いて、それぞれのT細胞受容体配列にこれらの特徴がどの程度含まれているかを定量する「TiRPスコア(TiRPは、TCR-intrinsic regulatory potentialの略)」の計算方法を確立しました。TiRPスコアは、T細胞受容体の”制御性T細胞らしさ”の指標です。つまり、TiRPスコアが高いT細胞受容体を持つヘルパーT細胞は、低い細胞よりも制御性T細胞に分化しやすいと期待できます。実際に、独立したデータセットでTiRPスコアの有用性を評価しました。TiRPスコアが最も高いパーセンタイル[7]では、制御性T細胞とその他のヘルパーT細胞の比が約1:3であるのに対し、TiRPスコアが最も低いパーセンタイルではその比が約1:12であり、制御性T細胞の分化のしやすさにTiRPスコアが強く関与することを確認しました(図2)。

制御性T細胞への分化を予測するTiRPスコアの図

図2 制御性T細胞への分化を予測するTiRPスコア

TiRPスコアを確立したデータセットとは異なるデータセット(327万7,036個のT細胞受容体配列を持つ)を用意し、それぞれのT細胞受容体のTiRPスコアを計算した。それぞれのパーセンタイルで、制御性T細胞とその他のヘルパーT細胞との比を示した。最も高いまたは低いパーセンタイルにおいて、T細胞受容体配列の具体例も示した。


一部の制御性T細胞は末梢組織で表現型を変え、その他のヘルパーT細胞に変化することが知られています。この制御性T細胞の可塑性は重要な現象ですが、多くの知見はモデルマウスの実験から得られたものでした。そこで、ヒトのT細胞受容体データにTiRPスコアを適応し、制御性T細胞の可塑性のメカニズムを考察しました。

制御性T細胞とその他のヘルパーT細胞の両方の表現型を呈するT細胞(混合ヘルパーT細胞)は、可塑性を示すヘルパーT細胞の集団だと考えられます。これらの混合ヘルパーT細胞のTiRPスコアは、制御性T細胞とその他のヘルパーT細胞の中間であることを確認しました(図3)。これは、T細胞受容体の配列パターンが制御性T細胞の可塑性に影響を与えることを示す重要な研究成果です。同様の結果は、悪性腫瘍周辺に集積する制御性T細胞の解析でも示されました。

TiRPスコアによる制御性T細胞の可塑性のメカニズムの図

図3 TiRPスコアによる制御性T細胞の可塑性のメカニズム

制御性T細胞、混合ヘルパーT細胞、その他のヘルパーT細胞のTiRPスコアの分布を示したヒストグラム。左は末梢血などに由来するバルクデータを解析した結果。右は悪性腫瘍に浸潤するT細胞の単細胞データを解析した結果。どちらのデータでも、混合ヘルパーT細胞のTiRPスコアは、制御性T細胞とその他のヘルパーT細胞の中間である。***: P値 < 0.001

今後の期待

制御性T細胞は私たちの健康を維持するために重要な細胞集団であり、制御性T細胞を移入する細胞療法も考案されつつあります。TiRPスコアが高い制御性T細胞を免疫疾患の患者に投与することで、移入後も制御性T細胞としての表現系が維持され、細胞療法の効果が安定する可能性があります。このように、本研究で得られた知見は、今後、T細胞を用いた免疫細胞療法を含む多方面のT細胞研究に生かされると期待できます。

補足説明

1.制御性T細胞
ヘルパーT細胞に属するT細胞で、免疫反応を抑制する働きがあり、特に自己抗原に対する免疫反応を抑制する。

2.T細胞受容体
全種類のT細胞の細胞表面に存在する抗原を認識する分子。T細胞が胸腺で分化する際に、V遺伝子、D遺伝子、J遺伝子がランダムに組換えを起こすことで、各T細胞に固有のT細胞受容体が生成される。

3.ヘルパーT細胞
白血球の中に含まれるリンパ球の一種。胸腺で分化するリンパ球はT細胞と呼ばれる。T細胞のうち、細胞表面にCD4タンパク質を発現するものがヘルパーT細胞である。ヘルパーT細胞は抗原刺激に応答して、他の免疫細胞の働きを調節する免疫システムの司令塔の役割を担う。

4.抗原、自己抗原
抗原とは生体に免疫応答を引き起こす物質の総称。病原性のウイルスや細菌などの外来性抗原と、体内の組織に由来する自己抗原がある。

5.相補性決定領域3(CDR3)、V遺伝子、J遺伝子
T細胞受容体において、抗原認識に重要な部位を相補性決定領域(CDR)という。特に、CDR3は抗原を直接認識する部位であるため最も重要である。CDR3は、T細胞受容体のV遺伝子、D遺伝子、J遺伝子のランダムな組換えの接合部にあるため、配列パターンが多様である。CDR3はComplementarity-determining region 3の略。

6.一般化線形混合モデル
線形モデルの一種。従属変数が2値変数などの連続変数ではなく、固定効果に加えて変量効果を考慮したモデル。

7.パーセンタイル
観測値を小さい数字から大きい数字に並べ、パーセント表示することで、全体の観測値のどこに位置するのかを測定する単位。例えば、60パーセンタイルであれば、最小値から数えて60%に該当する値になる。

国際共同研究チーム

理化学研究所 生命医科学研究センター ヒト免疫遺伝研究チーム
チームリーダー 石垣 和慶(いしがき かずよし)

ハーバード大学 ブリガム アンド ウィメンズ病院データ科学センター
教授 ショウモウ・レイチャウドリ(Soumya Raychaudhuri)
博士課程大学院生 ケイトリン・ラグツッタ(Kaitlyn A. Lagattuta)

原論文情報

Kaitlyn A. Lagattuta, Joyce B. Kang, Aparna Nathan, Kristen E. Pauken, Anna Helena Jonsson, Deepak A. Rao, Kazuyoshi Ishigaki*, Soumya Raychaudhuri* (*corresponding authors), “Repertoire analyses reveal T cell antigen receptor sequence features that influence T cell fate”, Nature Immunology, 10.1038/s41590-022-01129-x

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター ヒト免疫遺伝研究チーム
チームリーダー 石垣 和慶(いしがき かずよし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

細胞遺伝子工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました