涙に含まれる長いアルコールがドライアイを防止~ドライアイ治療薬開発へ期待~

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2022-03-03 北海道大学,日本医療研究開発機構

ポイント
  • 涙に含まれる長いアルコールを産生する酵素*1(Far2*2)を同定。
  • 長いアルコールを産生できないマウスが重篤なドライアイになることを発見。
  • 涙液油層をターゲットにした新たなドライアイ治療薬の開発に期待。
概要

北海道大学大学院薬学研究院の木原章雄教授らの研究グループは、涙液に含まれる長いアルコール(極長鎖アルコール)がドライアイ防止に重要であることを明らかにしました。

涙液の表面に存在する脂質の層(=油層)は涙液の蒸発を防止するなどの役割をもち、角膜(眼球の表面)の健康を保っています。油層には多様な脂質が存在しますが、多くは長いアルコールを分子内にもっています。しかし、それらがどのように産生されるのか、どのような役割をもつのかは不明でした。研究グループは、Far2という酵素が涙液油層中の長いアルコールを産生することを明らかにしました。また、研究グループはFar2をもたないマウスを人工的に作成し、そのマウスが重篤なドライアイ症状を示すことを見出しました。これらのことから、長いアルコールを含む脂質がドライアイ防止に重要であることが明らかとなりました。

ドライアイの主要な原因は涙液油層の異常ですが、これを改善する根本治療薬は存在しません。本研究成果によって、涙液油層をターゲットにした新たな治療薬の開発が進むことが期待されます。

なお、本研究成果は日本時間2022年3月3日(木)午前10時公開のFASEB Journal誌にオンライン掲載されました。


本研究の概要図

背景

脂質は肥満・メタボリックシンドロームのイメージから体によくない成分のように思われがちですが、体の中には様々な種類の脂質が存在しています。その役割は多岐にわたり、ほとんどは生命活動に極めて重要です。この多様な脂質の役割の一つに角膜の健康維持・ドライアイ防止があります。一般的に涙液は水層だけから構成されていると考えられがちですが、実は水層の外側に脂質からなる油層が存在し、水層からの水分の蒸発の防止、表面張力*3の低下、適度な粘弾性(硬さと柔らかさ)の付与、角膜表面の潤滑化などの役割を果たしています。ドライアイは涙液量が減少するタイプ(涙液減少型)と水分の蒸発が亢進するタイプ(水分蒸散亢進型)に大きく分類され、前者が水層の異常、後者が油層の異常に起因します。涙液油層に存在する脂質は、まぶたの裏側にあるマイボーム腺*4から分泌されるため、総称してマイバム脂質とよばれます。マイバム脂質はまぶたの縁に点状に並ぶ開口部(出口)から分泌されますが、水分蒸散亢進型ドライアイ患者の多くで、この開口部に詰まりが生じます。

アルコールとは水酸基(-OH:酸素原子と水素原子からなる)をもつ分子の総称です。また、カルボン酸とはカルボキシ基(-COOH:炭素原子一つ、酸素原子二つ、水素原子一つからなる)をもつ分子を指します。例えば、水酸基あるいはカルボキシ基をもつ炭素数二つの炭化水素分子は、それぞれお酒と酢の主成分であるエタノールと酢酸です。脂質とは水に溶けない有機化合物のことですが、炭化水素の部分が長い(炭素数が増加)ほど水に溶けなくなるので、脂質は一般的に長い炭化水素をもっています。

炭化水素中の炭素数が11から20のものを長鎖、21以上のものを極長鎖と呼び、それらに水酸基・カルボン酸がついたものが長鎖アルコール・長鎖脂肪酸、極長鎖アルコール・極長鎖脂肪酸です。涙液油層の脂質(マイバム脂質)には極長鎖アルコールを分子内にもつ分子が多く存在します。しかし、これまでこのような極長鎖アルコールが、どういう酵素によって作られるかはわかっていませんでした。

そこで研究グループはこの酵素の探索を行い、Far2とよばれる酵素が関与することを明らかにしました。また、研究グループはFar2が欠損したマウスを人工的に作り出し、極長鎖アルコールがないと眼にどのような悪影響をおよぼすかを調べました。

研究手法

研究グループは、細胞にFar2という酵素をたくさん作らせることで、極長鎖アルコールを作り出すことができるかを調べました。また、Far2を持たないマウスとして、人工的に酵素をコードする遺伝子(Far2:遺伝子はイタリック表記)を欠損(ノックアウト:KO)させたマウスを作製しました。ドライアイ症状は、マウスの眼の外観及びマイボーム腺の観察、マイバム脂質の融点測定、眼表面からの水分蒸散量測定、角膜の障害の程度の測定によって評価しました。マイバム脂質は質量分析法*5(液体クロマトグラフィー連結型タンデム質量分析法)によって定量しました。

研究成果

Farとは脂肪族アシルCoA還元酵素(Fatty acyl-CoA reductase:下線部の略が名前の由来)と呼ばれる酵素です。この酵素は活性化した(反応しやすくなった)脂肪酸であるアシルCoAからアルコールを作る還元反応を触媒します。ヒトにはFar1とFar2という二つのFarが存在しますが、どちらがマイバム脂質中の極長鎖アルコールを産生するのかは不明でした。研究グループは細胞にFar1またはFar2をたくさん作らせる系を構築し、その細胞中で産生された長鎖と極長鎖アルコールの量を測定しました。その結果、Far1が主に長鎖アルコール、Far2が極長鎖アルコールを産生することがわかりました(図1)。特に、炭素数26の極長鎖アルコールが、Far2によって多く産生されました。


図1 Far2の発現による極長鎖アルコール産生。Far1あるいはFar2の発現なし、あるいは発現ありの細胞中でのアルコールの量を炭素鎖長ごとに示す。アスタリスクは統計的な有意差を示す(**P<0.01)。


次に研究グループは、Far2がマイバム脂質中の極長鎖アルコールを産生しているかを明らかにするためにFar2遺伝子KOマウスを作成しました。Far2 KOマウスは常に目を閉じ気味であり、頻繁に瞬きをするようになりました(図2A、 B)。正常なマウス(野生型マウス)のマイボーム腺では開口部に詰まりが観察されないのに対し、Far2 KOマウスでは白い歯磨き粉状の詰まりが観察されました(図2A)。これは、水分蒸散亢進型ドライアイの患者でよく見られる症状とよく似ています。マイバム脂質の融ける温度(融点)は、野生型マウスでは体温付近であったのに対し、Far2 KOマウスでは49℃と大幅に上昇していました(図2C)。

つまり、野生型マウスではマイバム脂質が液体として存在しているのに対し、Far2 KOマウスでは融点の上昇によって融けにくくなる、すなわち固体・半液体として存在していることがわかりました。さらに、Far2 KOマウスで眼表面からの水分蒸散量の増加と、角膜の傷害の亢進が観察されました(図2D、 E)。これらの結果から、Far2 KOマウスが重篤なドライアイを発症していることが明らかになりました。


図2 Far2 KOマウスにおけるドライアイ。A. マウスの外観とマイボーム腺の写真。Far2 KOマウスのマイボーム腺開口部には詰まりが見られ、圧迫すると歯磨き粉状のマイバム脂質が押し出された。B. 瞬き回数点、C. 融点、D. 水分蒸散量、E. 角膜傷害スコアの測定値。アスタリスクは統計的な有意差を示す(**P<0.01、*P<0.05)。


アルコールとカルボン酸は結合してワックスエステルとなります。この結合(-COO-)のことをエステル結合とよび、分子内に一つエステル結合を持つものをワックスモノエステル、二つ持つものをワックスジエステルとよびます(p1.図)。ワックスジエステルはその結合の仕方によって1型と2型、さらにエステル結合の位置によってそれぞれα型とω型に分けられます。ワックスモノエステルはマイバム脂質中の主要な脂質の一つです。ワックスジエステルは、ワックスモノエステルほど量が多くはありませんが、少なくともワックスジエステル1ω型、2α型、2ω型がマイバム脂質中に存在しています。研究グループはこれらのワックスエステル類の量を調べ、Far2 KOマウスでワックスモノエステル、ワックスジエステル(1ω型、2α型、2ω型)のいずれもが消失、あるいは量が大きく低下していることを見出しました(図3)。


図3 Far2 KOマウスにおけるワックスエステル類の産生低下。A. ワックスモノエステル、B. ワックスジエステル1ω型、C. ワックスジエステル2α型、D. ワックスジエステル2ω型の測定値。アスタリスクは統計的な有意差を示す(**P<0.01)。


以上のことから、Far2 KOマウスでは極長鎖アルコールが作られないため、極長鎖アルコールを原料として作られるワックスモノエステルとワックスジエステル(1ω型、2α型、2ω型)も作ることができなくなっているとわかりました。また、これらの結果から、極長鎖アルコールの産生がドライアイ防止に極めて重要であることが明らかとなりました。ワックスエステル類の中でもワックスモノエステルはマイバム脂質中で量が多く、融点が低いため、マイバム脂質の固化を防いでいると考えられます。

今後への期待

本研究では涙液油層を形成するマイバム脂質の産生の分子機構とドライアイ防止における極長鎖アルコールの重要性を明らかにしました。ドライアイの主要な原因は油層の異常ですが、これを改善する根本治療薬は開発されていません。本研究成果によって、新たな治療薬の開発が進むことが期待されます。

謝辞

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業「画期的医薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明」研究開発領域(研究開発総括:横山信治)における研究開発課題「脂質による体表面バリア形成の分子機構の解明」(研究開発代表者:木原章雄)の一環として行われました。

論文情報
論文名
Formation of fatty alcohols—components of meibum lipids—by the fatty acyl-CoA reductase FAR2 is essential for dry eye prevention(マイバム脂質の構成成分である極長鎖アルコールの脂肪族アシル-CoA還元酵素FAR2による生成はドライアイ予防に必須である)
著者名
大塚 賢人¹、澤井 恵¹、木原 章雄¹(¹北海道大学大学院薬学研究院)
雑誌名
FASEB Journal(ライフサイエンス領域の専門誌)
DOI
10.1096/fj.202101733R
公表日
日本時間2022年3月3日(木)午前10時(グリニッジ標準時2022年3月3日(木)午前1時)(オンライン公開)
用語解説
*1 酵素
化学反応を触媒するタンパク質。生体分子は化学反応によって産生され、反応ごとに触媒する酵素が異なる。酵素は設計図である遺伝子にコードされている。そのため、遺伝子変異(例えば今回の研究における遺伝子KO)が生じると、正常な酵素が失われ、その酵素が触媒する反応によって作られる生体分子が作られなくなる。
*2 Far2
脂肪族アシルCoA還元酵素という一般名をもつ酵素の固有名詞。活性化した脂肪酸(アシルCoA)からアルコールを作る還元反応を触媒する。哺乳類のFarにはFar1とFar2の二つがある。
*3 表面張力
表面をできるだけ小さくしようとする力。この力が大きいと液体は丸くなる。涙液油層は涙液の表面張力を低下させ、涙液が滴状になることを防ぎ、薄く広がらせる。
*4 マイボーム腺
まぶたの裏側にある皮脂腺の一種。涙液油層の脂質を作り、分泌する。ドライアイ患者ではしばしば脂質が分泌される開口部に詰まりが生じる。
*5 質量分析法
質量(正確には質量と電荷の比)の違いに基づいて分子(今回は脂質)を分離・定量する方法。本研究では、液体クロマトグラフィーという別の方法で分子の疎水性度(水に馴染まない性質)の違いに基づいて分離後、さらに質量分析法によって分離するという二つの方法を組み合わせることで分離の精度を高めている。
お問い合わせ先

北海道大学大学院薬学研究院 教授 木原 章雄(きはら あきお)

配信元

北海道大学総務企画部広報課

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課

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