2022-03-01 森林総合研究所,フォレストデジタル株式会社
ポイント
- 屋内で森林内の風景・音・香りを再現した「デジタル森林浴」に、生理・心理的な疲労回復効果があることが分かりました。
- 「デジタル森林浴」によって、副交感神経が上昇し心拍数が低下する、気分が改善することなどが明らかになりました。
- 「デジタル森林浴」は、1.心身のストレス軽減、2.病院やオフィス、商業施設等におけるリラックス空間の創出、3.心の健康の視点から、森に興味を持ってもらうきっかけとしての貢献が期待できます。
概要
国⽴研究開発法⼈森林研究・整備機構森林総合研究所とフォレストデジタル株式会社の研究グループはデジタル技術をつかって森林の風景・音・香りを屋内で再現した「デジタル森林浴」に、生理・心理的な改善効果があることを明らかにしました。本研究で明らかにしたことは次の2点です。
1)実験データから「デジタル森林浴」の体験中に、副交感神経活動が上昇するなど、生理的に改善する効果が認められました。また、「デジタル森林浴」を体験することによって、気分や感情が好転するなど、心理的に改善する効果が認められました。
2)実際の森林浴と「デジタル森林浴」の違いを調べるため、今回は森林浴と「デジタル森林浴」の心理データの比較を行いました。その結果、「デジタル森林浴」の体験後には森林浴の体験後に近い水準で、心理的な改善効果を得られる可能性が明らかになりました。
上記1)2)の研究成果は、「デジタル森林浴」が私たちの心身の疲労回復に有効に作用することを示したものといえます。今後、屋内や都市施設で「デジタル森林浴」を活用していくことで、コロナ禍で思うように外出できない人々が、心身のストレスを低減させたり、病院・高齢者医療施設など、移動困難者が心身をリラックスできる空間を創出したり、あるいは森林に関心のない人々に、心の健康の視点から森林に関心を持ってもらうきっかけとなることが期待されます。
本成果は、2022年1月21日にInternational Journal of Environmental Research and Public Health誌でオンライン公開されました。
写真1. デジタル森林浴の実験風景:風景・音・香りにより森林環境を再現
背景
森林浴に心身の疲労回復効果があるかについては、これまでにも多数の調査が行われており、効果や特徴の解明が進められてきました。近年ではそれらの研究成果を基礎として、「森林サービス産業」などの森林内の空間利用を促進する政策が実施されています。一方、都市部では遠い、馴染みがないといった理由から、森林を訪れる機会に恵まれない人々も多数いると思われます。もし、都市施設や自宅で森林浴を再現することができれば、森林を訪れなくとも手軽に心身の疲労回復効果が得られるとの期待から、風景(森林内の映像)・音(環境音)・香り(精油1)などの森林由来要素を用いた「デジタル森林浴」のシステムがフォレストデジタル株式会社により開発、製品化されました。このシステムに期待される心身の疲労回復効果については、科学的な視点から検証することが求められていました。
内容
本研究では、森林総合研究所がフォレストデジタル社と共同研究を実施し、都市施設に設置した「デジタル森林浴」がもたらす生理的・心理的な改善効果と、改善効果の原因について調べました。
令和3年2月9・10日銀座アートホールにて、公募で選ばれた25名(男性12名(平均37.9歳)女性13名(平均34.5歳))の被験者を対象に実施しました。調査は、生理指標として、『血圧』、『心拍数』、『副交感神経活動』などの7項目、心理指標として、“気分(POMS) 2”、“感情(PANAS) 3”、“回復感(ROS) 4”の3項目を用いました。また、一般的な「環境条件」が私たちの心身に改善をもたらすと考えられる具体的要素(【回復特性】5と表現します)、例えば「逃避したい気持ちが改善される」等が、森林浴と「デジタル森林浴」に同様に含まれているのかを調べ、改善効果の原因を考察しました。
実験は、「デジタル森林浴」体験前に被験者の心理指標・生理指標の測定を行いました(体験前測定)。その後、被験者に20分ほど「デジタル森林浴」(写真1)を体験してもらい、終了後に再度、心理指標・生理指標を測定(体験後測定)し、最後にPRS6を用いて【回復特性】の調査を行いました。なお、『心拍数』および『副交感神経活動』、『交換神経活動』については、被験者が実験に参加している時間を通して、ミリ秒(分解能)という非常に高速な測定を実施しました。
その結果、実験データにおいて、安静時と比較して「デジタル森林浴」の体験中に『副交感神経活動』が(図1)、体験前後の比較では「回復感」が有意に上昇しました。一方、「デジタル森林浴」の体験中に『心拍数』(図1)が、体験前後の比較では“気分”の緊張-不安、抑うつ、怒り-敵意、疲労、混乱(図2)、および“感情”のネガティブ感情が有意に低下しました。
次に、過去に行われた研究データ(調査者が保持していたもの)から、森林浴後の心理データを取り出して、「デジタル森林浴」体験後の心理データと比較したところ、「デジタル森林浴」体験後の各効果は、実際の森林浴に近い水準であることが分かりました。さらにその原因を探るため、より具体的に環境条件を評価できる【回復特性】について比較すると、両者は非常に近いことが明らかとなり、「デジタル森林浴」には森林浴と同程度の高い回復特性があるために、心理的な改善効果が得られていると考えられました。
図1. 安静時とデジタル森林浴体験中の生理的効果の比較
図2.「デジタル森林浴」体験前後の「気分」の比較
今後の展開
本研究によって、風景・音・香りといった森林由来要素を活用して森林を再現した「デジタル森林浴」の効果について、エビデンスの一端が得られました。今後、「デジタル森林浴」を都市部で活用することで、コロナ禍で思うように外出できない人々のストレスの軽減や、病院・高齢者医療施設など移動困難者が多い場所でのリラックスの場の創出などに繋がるでしょう。また、森林に関心のない人々にも気軽に森林浴を体験してもらい、心身の疲労回復効果など森林の良さを知るきっかけとなることが期待されます。
論文
タイトル:Exploring the Physiological and Psychological Effects of Digital Shinrin-Yoku and Its Characteristics as a Restorative Environment.
著者:Norimasa Takayama, Takeshi Morikawa, Kazuko Koga, Yoichi Miyazaki, Kenichi Harada, Keiko Fukumoto, and Yuji Tsujiki
掲載誌:International Journal of Environmental Research and Public Health 2022, 19(3), 1202
DOI:https://doi.org/10.3390/ijerph19031202
研究費:一般社団法人環境共創イニシアチブ (SII-MJ-20200604-d-001)
用語解説
*1 精油
植物から産出される揮発性の油で、それぞれ特有の香りを持つ。その香りは香料やアロマオイルとして使用される。実験では北海道十勝郡浦幌町の森林内風景・音に対応したエゾマツの精油を使用した。
*2 POMS
「気分」について、緊張-不安、抑うつ-落込み、怒り-敵意、活気、疲労、混乱の6つの尺度から測定できる調査票(本研究では日本語版を使用)
*3 PANAS
「感情」について、ネガティブ感情、ポジティブ感情の2つの尺度から測定できる調査票(本研究では日本語版を使用)
*4 ROS
「回復感」について測定できる調査票(本研究では日本語版を使用)
*5 回復特性
各々の環境が個別に具備している私たちの心身の回復をもたらす性質のこと。PRSなどの調査票を用いて、環境に対する主観評価として定量的に測定される。
*6 PRS
環境が有している回復特性について、逃避、魅了、まとまり、視野、(環境・行動間の)適合性の5尺度から測定できる調査票(本研究では日本語版を使用)
お問い合わせ先
研究担当者:
森林総合研究所 企画部 上席研究員 高山範理
広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係