プロスポーツを対象とした選手・スタッフに対する新型コロナウイルスの検査戦略

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感染症数理モデルを用いた効果的な検査のあり方に関する評価

2022-04-04 産業技術総合研究所

ポイント

  • プロスポーツの選手・スタッフに対する新型コロナウイルス感染症の効果的な検査のあり方を分析
  • 隔週のPCR検査と比較すると、週2回の抗原定性検査の方が感染者数の抑制効果が高いと評価
  • チーム内で感染者が確認された場合、毎日のPCR検査が有効であるが、抗原定性検査を毎日行う体制も同等の有効性と評価

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ(ラボ長:保高徹生、以下「研究ラボ」という) 加茂将史ラボ員、保高徹生ラボ長、内藤航副ラボ長は、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)とスタジアムにおける感染予防対策の実施状況に関する調査・研究を進めている。本研究では、大阪大学 村上道夫特任教授(常勤)やJリーグと連携し、プロスポーツの選手・スタッフからなる50人の小規模集団を対象として、新型コロナウイルス感染症の効果的な検査のあり方を明らかにするために、PCR検査や抗原定性検査の特徴を踏まえ、感染症数理モデルを用いたシミュレーションを用いてさまざまな検査シナリオでの感染動態を分析し効果を検証した。

オミクロン株に対する週2回の抗原定性検査と隔週PCR検査という2つの手法を比較したところ、週2回の抗原定性検査の方が集団内の感染者数が少なくなり、抑制効果が高いと評価された。また、チーム内で感染者が一人確認された場合、チームの活動を継続した状態での感染収束日数の短縮や感染者数の抑制には、毎日のPCR検査が有効であるが、迅速に結果が得られる抗原定性検査を毎日行う体制も同等の有効性があること、また、PCR検査結果が出るまでチーム活動を停止することで有効性が高まることを確認した。これらの結果は、令和4年4月4日NPB・Jリーグ 新型コロナウイルス対策連絡会議にて、選手やスタッフの検査体制の検討に資する科学的情報として報告された。今後は、モデルの一般化および公開されている実際のプロスポーツチームでの選手・スタッフの感染データとの比較を進める。

なお、本内容は論文投稿前の内容であるが、社会的重要性を鑑みて、速報的に公開するものである。

50人の小規模集団を対象として、感染症数理モデルを用いたシミュレーションを用いてさまざまな検査シナリオでの感染動態を分析

研究の社会的背景と経緯

新型コロナウイルス感染が続く中、これまで、産総研は、政府、Jリーグらと連携して、スタジアムなどでの観戦における新型コロナウイルス感染予防のための調査を継続して実施してきた。

Jリーグのスタジアムやクラブハウスなどで新型コロナウイルス感染予防のための調査(第三報)
政府の技術実証による大規模イベントでの感染予防対策の調査(第一報)

新型コロナウイルスの感染が続く中、円滑にプロスポーツを進めていくためには、観客の感染予防だけでなく、選手・スタッフの感染リスク低減、集団感染の発生防止が重要である。例えば、Jリーグでは、2021シーズンは2週間に一度の頻度で選手・スタッフの定期PCR検査を実施しており、選手・スタッフの感染の早期発見、集団感染の発生防止に努めてきた。一方、PCR検査は結果が判明するまで一定の時間が必要であること、また、2週間に一度の公式検査よりも有症状者に対する自主検査などで発覚するケースが多いことから、さらなる感染者の早期発見および集団感染の発生防止に向けて、よりよい検査体制が求められている。

一般に、PCR検査の感度(陽性的中率)は抗原定性検査よりも高いが検査費用が高いため検査頻度をあげることが難しく、検査結果が得られるまでに数時間〜数日かかる。一方、抗原定性検査は、結果を15分程度で得られ、かつ安価であるため多数回検査をより容易に行えるが感度が低い。このような特徴から、高感度な検査を限られた回数行うこと、低感度の検査を高頻度で行うこと、どちらが感染者の数を抑えられるのか、収束までの日数を短くできるのか、という疑問が生じる。

このような背景のもと、産総研は2021年10月から大阪大学 村上道夫特任教授(常勤)やJリーグと連携し、数理モデルを用いた検査戦略の研究を行った。その結果から、選手・スタッフの検査については、2週間に一度のPCR検査と比較して、オミクロン株出現前の従来株に対しては週2回の抗原定性検査の方が感染者数や集団感染の発生防止の観点から有効であることを示し、NPB・Jリーグ 新型コロナウイルス対策連絡会議で報告した。これらの結果を受け、Jリーグは2022シーズンより2週間に一度のPCR検査から週2回の抗原定性検査に変更をした。

一方、2022年1月よりオミクロン株(以下、Ο株)が主流になり感染から発症までの期間が短くなったことや、2022年1月からのJリーグの選手・スタッフの感染者数の急増(3カ月で300人を超える感染者が発生)を受け、①Ο株に対する週2回の抗原定性検査の有効性の確認、および②チーム内で一人感染者が確認された場合、どのような検査体制が「収束までの日数の短縮」や「集団感染の発生防止」に有効であるかの確認が急務となった。本研究ではさまざまな検査シナリオのもとで感染症動態を調べ、各シナリオでの感染リスクを評価した。

数理モデル概要

・数理モデル

Jリーグのクラブを想定し、50人からなる集団を評価対象とした。この集団に一人の感染者が生じた後、集団内での感染症動態を調べ、抗原定性検査やPCR検査などの感染症対策の効果および費用を評価した。

SEIRモデルの概念図を図1に示す。SEIRモデルは感染症動態の標準的なモデルで、未感染の状態にある感受性者(S)、潜伏期にある感染者(E)、感染者(I)、回復者(R)の数を求めることができる(図1)。未感染者(感受性者)は、感染者と接触すると、ある確率で感染が起きる。感染した者は、潜伏期を経て未感染者への感染能を持つ感染者になる。感染能を持つ感染個体の状態はさらに変化し、感染能を持つが症状を有することは無い状態(P)を経て、症状を有する状態(Is)と無症状の状態(Ia)に分かれるとした。また、検査を実施して陽性になった場合、隔離されるとした。本研究ではこのモデルに基づき、感染の状態が確率的に推移するエージェントベースモデルのシミュレーションで、複数の検査体制を設定し、最初に集団に感染者が生じてから4週間の間で新たに生じる感染者数を調べた。シミュレーションは、モンテカルロ法を用い10000回の繰り返し計算を実施した。

図1

図1 モデルの概念図

・パラメーター

従来株、Ο株での潜伏期間・発症期間・感染性を持つ期間を図2に、使用したパラメータ一覧を表1に示す。従来株は、潜伏期かつ感染能がない時期(図2のE)の日数を3日とし、Ο株の評価では1日とした。また、O株は、従来株に対して基本再生産数(R0)が大きいと考えられていることから、R0は2.5と5.0の2通りで計算した。PCR検査感度(新型コロナウイルスに感染している場合に、PCR検査で感染していると判断される割合)は、発症2日前(潜伏期感染者P1)で0.33、発症1日前(潜伏期感染者P2)で0.62、発症期(I)で0.8とし、特異度は0.999とした。また、抗原定性検査の感度は、対PCR検査比で0.35、0.5、0.7を設定した。PCR検査および抗原定性検査の感度は、従来株、Ο株でも変わらないものとした。なお、抗原定性検査のPCR検査に対する相対感度は、2022年1月〜2022年3月までのJリーグでの事例によると発症の2日前から2日後の範囲で大きく変わらず平均で0.63であるため、相対感度は0.5〜0.7が実態に近いと考えられる。

図2

図2 従来株・Ο株での潜伏期間・発症期間・感染性を持つ期間

表1 評価で使用したパラメータ概要

表1

・検査体制

検査は、A.定期検査、B.毎日の症状確認で有症状の場合に実施する検査、C.陽性者が確認された場合の追加検査の3種類を考慮した。検査内容を表2に示す。A.定期検査は、①2週間に一度のPCR検査(以下、隔週PCR検査)、②週に1度のPCR検査(以下、毎週PCR検査)、③週2回の抗原定性検査の3つを比較した。定期検査におけるPCR検査の結果が出るまでの期間は、従来株の計算では3日、Ο株では1日および3日の2パターンを設定した。

B.毎日の症状確認に基づく検査は、毎日の症状確認で有症状になった場合は、PCR検査を実施することとした。

C.陽性者が確認された場合の追加検査は、抗原定性検査(結果はすぐに出る)、PCR検査(結果は翌日、結果を待っている間も活動継続)、PCR検査(結果は3時間程度で分かり、その間は活動は停止)の3種類を想定し、検査頻度は毎日、2日に1回、3日に1回の合計9ケースを計算した。検査の結果、陽性が確認された者は直ちに集団から隔離されるとした。

また検査費用については、結果が出るまでの時間、方法や実施機関、数量により大きく異なるが、本試算は、PCR検査1万円、抗原定性検査1000円として計算した。

表2 検査内容一覧

表2

結果概要

・Ο株に対する定期検査方法ごとの感染者数

図3にA.定期検査およびB.毎日の症状確認に基づく検査を適用した場合の定期検査方法ごとの感染収束までの累計感染者数の平均値を示す。図3左がR0=2.5、右がR0=5.0であり、①〜⑤が従来株の結果、⑥〜⑫がΟ株を想定した結果である。従来株、Ο株のいずれにおいても、PCR隔週(①、⑥、⑦)と比較して、抗原定性検査の感度によらず、抗原定性検査週2回(③〜⑤および⑩〜⑫)の方が感染者数が少ないことが確認された。また、PCR毎週(②、⑧、⑨)と比較した場合でも、PCRの結果が得られるまでに3日かかる場合は、抗原定性検査の感度によらず抗原定性検査週2回の方が感染者数が低く、PCRの結果が1日かかる場合は、抗原定性検査の感度が0.5以上の場合で抗原定性検査週2回の方が感染者数が低くなった。これらの結果より、従来株、Ο株の両条件に対して、選手スタッフの検査戦略として、隔週PCRと比較して、抗原定性検査週2回の方が感染者数の削減に有効であることが分かった。

図3

図3 定期検査方法ごとの感染者数(左)R0=2.5(右)R0=5.0
*抗原定性検査中の数字は対PCR検査比の感度

・陽性者が確認された場合の追加検査

陽性者が出た場合の追加検査による感染者数、集団収束日数、集団感染の発生確率(5人以上の感染者が出る確率)、PCR検査、抗原定性検査の回数および仮定条件での検査費用を表3(R0=2.5)と表4(R0=5.0)に示す。

最も効果的な対応は、パターン③(毎日PCR検査を実施し、結果はすぐ(3時間、その間は活動は停止))である。この対応では、感染者数は0.5人(R0=2.5)と1.9人(R0=5.0)と少なく抑えられ、集団収束が0.7日(R0=2.5)と2.0日(R0=5.0)で最短となり、集団感染の発生確率は1%(R0=2.5)と9%(R0=5.0)と低くなる。

その次に効果的だったのは、パターン⑥(2日に1回のPCR検査を実施し、結果はすぐ(3時間、その間は活動は停止))、パターン①(毎日抗原定性検査(結果はすぐ))、パターン②(毎日PCR検査(結果は翌日))であり、感染者数、集団収束日数、集団感染の発生確率ともにパターン③と比較して2〜3倍程度であり、検査なし(図3)や他の方法と比較して、感染抑制の視点から効果的であった。

2022年1月1日〜3月17日の期間(オミクロン株流行期)において、選手・スタッフの感染者は全58チーム中55チームで確認されており、1チームあたりの平均的な感染者数は約6.6人であった。Jリーグは定期検査として週2回の抗原定性検査を実施しており、陽性者確認後は多くのクラブで毎日の抗原定性検査やPCR検査を実施しているとのことである。この検査の状況は表3、4のパターン①、②であり、シミュレーションの結果(5.9、6.4人)と実際の感染者数(6.6人)を比較すると、両者は同程度であることより、この期間におけるR0は5.0に近いと推察された。R0=5.0の場合、追加検査を実施せず、週2回の抗原検査の定期検査のみケース(図3右の⑩〜⑫)では、17-19人近い感染者数になることから、クラブが実施している追加検査により感染者数は抑えられていると推察された。

さらに、R0=2.5と5.0の比較から、選手・スタッフの活動中において新たな感染者の増加を抑制する(R0を低減する)ための感染予防の取り組みが重要なことが改めて確認された。

試算した検査費用を確認すると、抗原定性検査を用いる方が安価となった。抗原定性検査を用いる場合、毎日、2日に1回、3日に1回でも検査数・検査費用はほぼ同じであるが、効果(感染者数、集団収束日数、集団感染の発生確率)は毎日実施する方が高いことが確認された。

表3 異なる追加検査による新規感染者数、集団収束日数、集団感染の発生確率(R0=2.5)

表3

検査費用はモデル上で感染者が0人になった日までの検査費用である。集団感染の発生時には、全員陰性になってから複数回の検査を実施することが多いため、参考情報として(+)で50人×3回の検査を加えて実施した場合の費用を表示している。

表4 異なる追加検査による新規感染者数、集団収束日数、集団感染の発生確率(R0=5.0)

表3

まとめと今後

本結果は、令和4年4月4日NPB・Jリーグ 新型コロナウイルス対策連絡会議にて、選手やスタッフの検査体制の検討に資する科学的情報として報告された。選手・スタッフにおける感染拡大を抑制するためには、適切な検査戦略や選手・スタッフの活動中のR0を低減するための感染予防の取り組みが重要なことが改めて確認された。今後は、モデルの一般化および公開されている実際のプロスポーツチームでの選手・スタッフの感染データとの比較を進める。

研究担当者

本研究ラボは社会課題解決に向けて領域融合で研究開発を推進するバーチャルなラボである。今回の研究は主として、安全科学研究部門リスク評価戦略グループ 加茂将史 主任研究員、内藤 航 研究グループ長、地圏資源環境研究部門 地圏化学研究グループ 保高徹生 研究グループ長が担当した。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ ラボ長
地圏資源環境研究部門 地圏化学研究グループ 研究グループ長
保高 徹生

新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ 副ラボ長
安全科学研究部門 リスク評価戦略グループ 研究グループ長
内藤 航

用語の説明
◆PCR検査
Polymerase Chain Reaction (PCR)によりウイルス遺伝子(DNA)を増幅し、感染を確認する検査方法。DNAは大量に存在しない限り検出が困難であるため、PCRで増幅してウイルスの有無を調べる。感染初期にはウイルスの量が少なく、定められた回数増幅しても、ウイルスが検出されない場合もある。
◆抗原定性検査
DNAから発現するウイルス特有のタンパク質を検出して、感染を確認する検査方法。DNAの有無を直接観測するPCR検査より感度が低いとされている。
◆2週間に一度の定期PCR検査
Jリーグでは、2021シーズンは選手・スタッフは2週間に一度の定期PCR検査を公式検査としてリーグ共通で実施しており(以下、公式のPCR検査)、2021シーズンでは、公式のPCR検査68225件に対して陽性者数が41件、自主検査なども含めると172名の感染が確認されたものの、新型コロナ事由によるクラスター認定は5クラブ、中止・延期試合数は12試合であり、全試合の1%とおおむね円滑に運営されてきた。(J.LEAGUE PUB Report 2021より)
◆SEIRモデル
集団(Population)を感受性(S:Susceptible)、潜伏期(E:Exposed)、感染(I: Infected)、回復(R: Recovered)の状態に分けて、各状態の時間変化を記述する集団動態のモデル。病原体の特性に合わせたいくつかのバリエーションがあり、潜伏期がないSIRモデルもよく用いられる。
◆エージェントベースモデル
計算機内で感染状態の推移を個体単位で検討する数理モデル。例えば、ある個体の状態がEだとする。Eの状態の平均持続時間が2日だとすると、その個体は次の日に確率1/2でEにとどまり、確率1/2で次の状態であるPに変化する。この計算を全ての個体で行い、感染症動態を再現する。
◆R0(基本再生産数)
一人の感染者が、感染してから回復するまでに新たに感染させる感染者の数。感染の起こりやすさと感染能持続時間の積で表される。R0>1であれば、一人の感染者から新たに一人以上の感染者が生じるという意味で、この場合感染は拡大する。アールゼロなどと読まれる。
◆検査感度
感染者が検査で陽性と判断される割合。
◆特異度
非感染者が検査で陰性と判断される割合。
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