脳のデフォルトモードが持つ時空間構造を統計的に検証

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2022-04-04 岡山大学,慶應義塾大学,株式会社アラヤ

発表のポイント
  • 脳は何もしていない安静状態でも活発に活動をしています(脳のデフォルトモード)。
  • 今回、統計的モデリングにより、脳のデフォルトモードについての定説が間違いである可能性が分かりました。
  • 研究が進むことで、認知症や精神疾患の新しい診断手法の開発に繋がることが期待されます。
概要

岡山大学学術研究院自然科学学域(理・生物)の松井鉄平准教授と生理学研究所のトラン・ファム(Trung Quang Pham)特任助教、慶應義塾大学(理工学部)の地村弘二准教授、株式会社アラヤの近添淳一主任研究員の共同研究グループは、脳活動の統計的モデリングを用いて、脳のデフォルトモードについて広く信じられている説を覆す発見をしました。

これらの研究成果は2022年4月1日、米国の神経科学雑誌「Neuroimage」のResearch Articleとして掲載されました(オンライン版では掲載済)。

ヒトの脳は、何もしていない時でも活発な活動を示しており、脳のデフォルトモードと呼ばれています。今回の研究では、脳のデフォルトモードの解析に広く利用されている手法を統計的モデリングによって検証し、その問題点を発見しました。その結果、脳のデフォルト状態が複数の安定状態から構成されているという、広く信じられている説が間違いである可能性が明らかになりました。

本研究成果は、認知症や精神神経疾患の診断に脳のデフォルトモードを応用するための重要な起点となることが期待されます。

発表内容
現状

ヒトの脳は、何もしていない時でも活発に活動しており、脳のデフォルトモードと呼ばれています。これまでの研究により、デフォルトモードの脳活動を調べることで、知的能力や性別、精神疾患など、様々な情報を読み取れる可能性があることが分かっています。しかし、その一方で、脳のデフォルトモードの持つ基本的な性質については未だ良く分かっていません。広く受け入れられている定説では、何もしていない時に様々な考えが浮かんでは消えていくように、脳のデフォルトモードにも複数の安定状態があり、それが時々刻々と切り替わっているものだと考えられていました。しかしながらこの定説も、実際に正しいかどうかについての検証は十分ではありませんでした。

研究成果の内容

松井准教授と自然科学研究機構生理学研究所のファム特任助教、慶應義塾大学(理工学部)の地村准教授、株式会社アラヤの近添研究員の共同研究グループは、脳のデフォルトモードに複数の安定状態が存在するという定説を検証しました。このため私たちは、デフォルトモードの安定状態を可視化する代表的な手法である共活動パターン解析(1)に着目し、その妥当性を検証することにしました。

本研究グループはまず、米国Human Connectome Project(2)が公開しているデフォルトモードでの機能的MRIによる脳活動データを使用し、統計的モデリングを行いました。この統計的モデリングから、実際の脳活動データの特徴を維持しつつ、安定状態を一つしか持たないような疑似データを作成しました。次に、実際の脳活動データと疑似データの両方に共活動パターン解析を適用し、比較したところ、共活動パターン解析から得られる空間パターンや時間パターンが、実際の脳活動データと疑似データとでほとんど一致していることが明らかになりました。従来研究では、共活動パターン解析によって、安静時脳活動において、複数の異なる共活動パターン情報がえられることが、脳のデフォルトモードに複数の安定状態が存在する証拠であるとされてきましたが、本研究により、明示的に単一の安定状態を持つような制約を加えたデータにおいても、同じ結果が再現できることが明らかになりました。このことは、共活動パターン解析の結果に基づいて、脳のデフォルトモードに安定状態が複数あるとする従来の解釈が間違いであることを示しています。

今回の結果ではむしろ、従来の説とは異なり、脳のデフォルトモードが安定状態を一つしか持たない可能性があることが示されました。

脳のデフォルトモードが持つ時空間構造を統計的に検証図1 脳のデフォルトモード。吹き出しは機能的MRIで計測した脳活動のスナップショット。定説では、デフォルトモードでは脳は複数の安定状態を遷移する。対立仮説では、見かけの異なる脳活動のパターンは、実際には一つの状態から生まれる。今回の研究では対立仮説の方が正しい可能性が示唆された。

社会的な意義

脳のデフォルトモードは、認知症や精神疾患の診断への応用が期待されています。今回の研究で明らかになった脳のデフォルトモードの性質を、診断技術開発に繋げる研究を進めていきます。

論文情報
論文名
On co-activation pattern analysis and non-stationarity of resting brain activity
掲載紙
Neuroimage
著者
Teppei Matsui, Trung Quang Pham, Koji Jimura, Junichi Chikazoe
DOI
10.1016/j.neuroimage.2022.118904
URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1053811922000349
研究資金

本研究は、新学術領域研究(「脳情報動態を規定する多領野連関と並列処理」、課題番号20H05052)、日本医療研究開発機構(AMED)(「国際脳先進的個別研究開発課題」、課題番号JP20dm0307031; 「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」、課題番号JP19dm0207086)、JSTさきがけ(「革新的コンピューティング技術の開拓」、課題番号19205833)、学術変革領域B(「脳神経マルチセルラバイオコンピューティング」、課題番号21H0516513;「情動情報解読による人文系学問の再構築」、課題番号21H05060)の支援を受けて実施しました。

補足・用語説明
(1)共活動パターン解析(Co-activation Pattern Analysis)
脳活動の解析手法のひとつ。脳の一つの部位が活動する時には、その他の脳部位も様々なパターンで活動している。共活動パターン解析では、脳活動の時系列データから、このようなパターンを抽出し可視化する。
(2)Human Connectome Project
米国ワシントン大学などが主催する、神経科学分野でのオープンサイエンスの代表的なプロジェクト。千人以上のボランティアから、デフォルトモードをはじめとした様々な脳活動データを計測し、世界中の研究者が利用できるように公開している。
お問い合わせ

研究内容に関するお問い合わせ先
岡山大学学術研究院自然科学学域(理・生物)
准教授 松井 鉄平

AMED事業に関するお問い合わせ先
日本医療研究開発機構(AMED)
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
「脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト)」担当

医療・健康
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