乳児期に抗NMDAR脳炎を発症したIRAK4欠損症を発見

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早期発症の抗NMDAR脳炎と、遺伝的な免疫異常との関連性を示唆

2020-10-21 広島大学,日本医療研究開発機構

本研究成果のポイント

  • 抗NMDAR脳炎(注1)を発症したIRAK4欠損症(注2)症例を、世界で初めて同定しました。
  • IRAK4遺伝子変異が持つ病的意義を簡便かつ正確に検討する方法を世界に先駆けて確立しました。
  • 本研究により、乳児期発症の抗NMDAR脳炎の一部は、先天的な免疫異常に基づいて発症する可能性が示唆されました。

概要

IRAK4はTLR(Toll like receptor)(注3)のシグナル伝達を介在し、宿主の感染防御を担う分子です。IRAK4欠損症はIRAK4遺伝子の異常によって起こる稀な疾患で、本邦では10家系程度が確認されています。乳児期から肺炎球菌、ブドウ球菌などによる重症感染症を起こし、死亡率が高いため、早期診断と予防投薬を含む感染症対策が極めて重要となる疾患です。

抗NMDAR脳炎は、不安、抑うつ、幻覚妄想などの精神症状を示す脳炎で、発症に自己免疫が関与します。重症例では、痙攣、中枢性低換気、遷延性意識障害などが起こります。若年女性の卵巣奇形腫に伴うことが多く、乳児期の発症は極めて稀です。

岡田賢(広島大学大学院医系科学研究科小児科学教授)、小林正夫(同名誉教授)、西村志帆(同大学院生)らの研究グループは、東京医科歯科大学、岐阜大学、筑波大学、かずさDNA研究所、及び、St. Giles Laboratory of Human Genetics of Infectious Diseases(ロックフェラー大学)との共同研究により、抗NMDAR脳炎を発症したIRAK4欠損症症例を、世界に先駆けて同定することに成功しました。さらに本症例の解析を契機に、IRAK4遺伝子の変異がIRAK4の機能に及ぼす影響を簡便かつ正確に評価する手法を確立しました。本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業のサポートを受けて実施いたしました。

本研究成果は、2020年10月21日(水)午前3時(日本時間)に「Journal of Clinical Immunology」で公開されます。

背景

TLR(Toll like receptor)(注3)は、病原体に特異的な分子パターンを認識する自然免疫(注4)に重要な受容体です。ヒトでは10種類のTLRが存在しており、IRAK4はTLR3を除く全てのTLRのシグナル伝達を介在しています。病原体を認識したTLRは、IRAK4を介して下流の分子群(NF-κBやMAPKなど)を活性化し、その結果IFN-α/β、TNF-α、IL-6などの炎症性サイトカインが産生されます。これらの炎症性サイトカインが免疫系を活性化させることで、病原体が排除されます。これらの自然免疫は、獲得免疫(注5)が未熟である乳幼児期の感染防御に重要な役割を果たしています。

IRAK4欠損症は常染色体劣性遺伝形式をとる非常にまれな疾患です。本症では、TLR3を除く全てのTLRからのシグナル伝達が障害されており、肺炎球菌、ブドウ球菌などによる重篤かつ全身性の細菌感染症を好発します。感染症発症早期から適切な治療をしても救命できない重症例が多く存在することから、早期に診断して細菌感染症を適切に予防することが極めて重要となります。

抗NMDAR脳炎は、不安、抑うつ、幻覚妄想などの精神症状を特徴とする脳炎で、重症例は痙攣、中枢性低換気、遷延性意識障害などを発症します。自己免疫が発症に関与しており、映画「エクソシスト」のモデルになった少年も、抗NMDAR脳炎であったのではないかと指摘されています。本症は、卵巣奇形腫を認める若年女性に多く認められ、発症に際して獲得免疫の関与が強く疑われています。そのため、獲得免疫が未熟な乳児期に本症を発症することは極めて稀です。卵巣奇形腫以外に、単純ヘルペスウイルスやマイコプラズマなどによる感染症をきっかけに、抗NMDAR脳炎を発症する方もいます。このように腫瘍や、感染症が発症要因になることが知られている一方で、患者が持つ遺伝的素因と抗NMDAR脳炎との関連性を調査した研究は多くはありませんでした。今回我々は、獲得免疫が未熟な乳幼児期に抗NMDAR脳炎を発症した症例を経験し、何らかの宿主要因が抗NMDAR脳炎の発症に関連するという仮説のもとに研究を実施しました。

研究成果の内容

生後10か月で抗NMDAR脳炎を発症した症例に対して、宿主の要因を検索するため、全エクソームシークエンス(WES)(注6)を行いました。その結果、IRAK4遺伝子の複合ヘテロ接合性変異(p.Y10Cfs*9、p.R12P)(注7)が同定され、p.Y10Cfs*9は父由来、p.R12Pは母由来であることが判明しました。IRAK4欠損症の患者では、TLR4を刺激するリポ多糖(LPS)に対する反応性が障害されることが知られています。本患者でも同様に、LPSに対する反応性の障害が認められたことから、IRAK4欠損症と診断しました(図1)。

図1 TLR4を刺激するLPSに対する反応性障害の確認
血液細胞(CD14陽性単球)においてLPS刺激によって産生されるTNF-αを測定した。その結果、TNF-α産生の著しい障害が患者細胞(patient)で認められた。

本症例で認めた2つのIRAK4遺伝子変異は過去に報告がなく、それらの病的意義を確認するために、両変異がIRAK4の機能に及ぼす影響を検討しました。これまで、IRAK4遺伝子変異の病的意義を、簡便かつ正確に判断する解析方法はありませんでした。そこで我々は、IRAK4タンパクを欠損した細胞株(IRAK4欠損HEK293T細胞)を作製し、同定された両変異の解析を行いました。IRAK4欠損HEK293T細胞に、正常、ないしは変異型のIRAK4を導入したのち、IL-18刺激に対する反応性を測定することで機能解析を行いました。その結果、両変異はIRAK4の機能を著しく障害する変異であることが判明しました(図2)。

図2 正常、ないしは変異型IRAK4の活性測定
IRAK4欠損HEK293T細胞に正常(WT)、ないしは変異型IRAK4を導入し、その活性をIL-18刺激に対するNF-κB活性化を評価することで検討した。p.R12C、p.Q293*変異は、IRAK4欠損症の原因として知られている変異、p.R20Wは正常な機能を持つ多型を示す。患者で認めた変異(p.R12P、p.Y10Cfs*)は、既知の病的変異(p.R12C、p.Q293*)と同様に、IRAK4の機能を著しく障害することが判明した。

今後の展開

本研究で、早期発症の抗NMDAR脳炎の一部が先天性の免疫異常に基づいて発症している可能性が示唆されました。今後、若年発症者を中心に抗NMDAR脳炎における宿主側の要因解明が進むことが期待されます。また、今回開発したIRAK4欠損HEK293T細胞を用いた検査法は、病的意義が明確でないIRAK4遺伝子変異を評価する手法として、今後の活用が期待されます。

注釈
(注1)抗NMDAR脳炎
不安、抑うつ、幻覚妄想などの精神症状を特徴とする脳炎で、重症例は痙攣、中枢性低換気、遷延性意識障害などを発症します。本症は、卵巣奇形腫を認める若年女性に多く認め、発症に際して獲得免疫の関与が強く疑われています。
(注2)IRAK4欠損症
常染色体劣性遺伝形式をとる非常にまれな疾患で、肺炎球菌、ブドウ球菌などによる重篤かつ全身性の細菌感染症を好発します。感染症発症早期から適切な治療をしても救命できない重症例が多く存在することから、早期に診断して細菌感染症を適切に予防することが極めて重要である疾患です。
(注3)TLR
細菌やウイルスなどの特徴的な構造(分子パターン)を見分けるセンサーで、主にマクロファージや樹状細胞などの自然免疫系の細胞が持っています。
(注4)自然免疫
細菌やウイルスなどの病原体や異常になった自己の細胞をいち早く感知し、それを排除する仕組みを言います。主に好中球やマクロファージ、樹状細胞といった食細胞がその役割を担います。
(注5)獲得免疫
感染した病原体を特異的に見分け、それを記憶することで、同じ病原体に出会った時に効果的に病原体を排除できる仕組みです。主にT細胞やB細胞といったリンパ球がその役割を担います。
(注6)全エクソームシークエンス(WES)
疾患を引き起こす多くの変異は、ヒトゲノムの2%に満たないエクソン領域に位置することが知られています。WESは、網羅的にゲノム解析を行う手法の1つで、エクソン領域を中心に解析を行います。
(注7)複合ヘテロ接合性変異
ヒトは、父親由来、母親由来の染色体を2本ずつペアで持っています。その2本の染色体に存在する1対の遺伝子に、それぞれ異なる変異が存在する場合、複合ヘテロ接合性変異といいます。本症例では、p.Y10Cfs*9変異(p.はアミノ酸を示し、10番目のアミノ酸の部位が変化する遺伝子変異)と、p.R12P変異が同定されました。
発表論文
論文タイトル
IRAK4 deficiency presenting with anti-NMDAR encephalitis and HHV6 reactivation
著者
Shiho Nishimura, Yoshiyuki Kobayashi, Hidenori Ohnishi, Kunihiko Moriya, Miyuki Tsumura, Sonoko Sakata, Yoko Mizoguchi, Hidetoshi Takada, Zenichiro Kato, Vanessa Sancho-Shimizu, Capucine Picard, Sarosh R Irani, Osamu Ohara, Jean-Laurent Casanova, Anne Puel, Nobutsune Ishikawa, Satoshi Okada*, Masao Kobayashi
*Corresponding Author(責任著者)
掲載雑誌
Journal of Clinical Immunology
DOI番号
10.1007/s10875-020-00885-5
お問い合わせ先

研究に関すること
広島大学 大学院医系科学研究科 小児科学 教授 岡田賢

報道(広報)に関すること
広島大学 広報部広報グループ

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構(AMED)
ゲノム・データ基盤事業部医療技術研究開発課
難治性疾患実用化研究事業

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