2022-06-07 東京大学
高宮 日南子(地球惑星科学専攻 博士課程1年)
幸塚 麻里子(地球惑星科学専攻 特任研究員)
鈴木 庸平(地球惑星科学専攻 准教授)
発表のポイント
- 深海底熱水噴出孔は、生命誕生の有力候補場として、原始生命体の探索が盛んに行われてきた。金属硫化物チムニー(注1) の内部は、生命誕生から初期生命進化までを下支えした場として重要視されている。
- 岩石内部に生息する微生物を可視化する技術を高度化し、金属硫化物チムニー内部に、細胞が著しく小さい極小微生物(1 mmの1万分の1程度)が、生息することを発見した。
- 遺伝子解析の結果は、生命進化の初期段階で誕生した微生物が、チムニー内部で優占していることを示し、初期生命の生態を推定する上で重要な成果であるといえる。
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の鈴木庸平准教授の研究グループは、海洋研究開発機構の無人潜水艇「ハイパードルフィン」を用いて、南部マリアナトラフ(図1A)の深海底熱水噴出孔から、金属硫化物チムニーを採取した(図1B-C)。金属硫化物チムニーのような海底面付近に存在する岩石内部の微生物は、海底での採取から船上へ引き上げる間に、岩石内に海水から微生物が侵入することで引き起こされるサンプルの汚染が問題となっていた。研究グループのこれまでの研究により、岩石内部の微生物を細胞単位で可視化するイメージング技術の開発を行い、海底火山で噴出した溶岩の亀裂中に、細胞密度が1 cm3当たり100億個体を超える微生物が生息することが明らかとなった(関連文献)。同じ手法を金属硫化物チムニーに適用したが、岩石内の空隙が小さく(図1D)、微生物細胞の大きさも小さいため、細胞の姿を観察できなかった。そこで最先鋭の電子顕微鏡解析技術を駆使して、岩石内部を観察した結果、酸化銅のナノ粒子にコーティングされた極小微生物が発見された(図1E)。通常、海水中に生息する極小微生物が岩石内部に侵入した場合、酸化銅ナノ粒子は海水に触れると速やかに消失する性質があるため、その体表面が粒子に覆われることはない。このことから、今回発見された極小微生物は汚染によって侵入したものではなく(図1F-G)、チムニー内部に生息していたものと考えられる。微生物の細胞が酸化銅ナノ粒子に覆われることで(図1H)、観察が可能になった点も今回の発見の重要な鍵である。細胞サイズの小さい生命はより始原的であり、岩石内部で優占する微生物は、生命進化初期に誕生したグループであることが遺伝子解析で明らかになった。そのため、本研究の成果により生命の誕生から初期進化に関する研究が進展すると期待される。
図1: 金属硫化物チムニー試料の採取地点(A)、チムニーを採取する様子(B)、チムニーの断面写真(C)、極小微生物が見つかったチムニー内部の鉱物粒子間の隙間の様子(D)、酸化銅のナノ粒子にコーティングされた極小微生物の写真(E)、チムニー断面図(F)、Fの拡大図。岩石には海水から微生物が侵入する汚染がないことを示す(G)チムニー内部の様子を概略化したイラスト(H)。
発表内容
生命誕生の場は、陸上温泉と共に深海底熱水噴出孔が有力な候補として、盛んに研究されている。深海底熱水噴出孔では、海底火山活動に伴われ、金属と硫化水素に富む熱水が、冷たい海水と反応し、金属硫化物の構造体が形成する。構造体の先端から黒色の熱水が噴き出す様子が、黒い煙を出す煙突に似てるためチムニーと呼ばれる(図1F)。金属硫化物チムニー内部は、生体分子合成のための材料物質と、その組み立てに必要な金属触媒が豊富に存在するため、生命誕生場として特に重要視されている。
自然界に生息する微生物の99%は培養できず、培養できないことによって、微生物の代謝で必要な食べ物や呼吸の仕方がわからないため、どのように過酷な極限環境で生息しているか不明であった。 近年のゲノム解析技術の発達により、多くの極限環境微生物の生命の設計図であるゲノムが解読された。ゲノムから微生物代謝の情報を引き出すとともに、信頼性の高い生命進化の情報も引き出すことが可能になった。ゲノム情報に基づく最新の系統樹において、DPANN(注2)と呼ばれる古細菌が、最終普遍共通祖先に近い根本で分岐しており(図2)、生命進化の初期段階で誕生したことが明らかになっている。また、DPANNゲノムにコードされる遺伝子配列は、これまで知られる生物と大きく異なるため、ゲノムが解読されたにも関わらず、どのような代謝で増殖しているか不明であるが、細胞の大きさが著しく小さい、極小微生物であることは明らかになっている。金属硫化物チムニー内部に生息する微生物のゲノム解析も進んでおり、DPANNは深海底熱水噴出孔環境からも検出されたが、熱水と海水が複雑に混じり合う場の、どのような環境がDPANNの生息に適しているのか不明であった。
そこで、グアムから約140 km沖合の南部マリアナトラフの、水深2787 mの深海底熱水噴出孔から、熱水噴出の終了した金属硫化物チムニーを採取し、実態解明するための潜航調査が行われた(図1A)。研究チームは、岩石内部に生息する微生物を可視化する手法を独自に開発し、深海底熱水噴出孔で噴出した溶岩の亀裂から、微生物細胞の検出に成功している。本研究では、溶岩の亀裂から微生物細胞の検出に成功した手法を(関連文献)、金属硫化物チムニー試料(図1B)に対して適用した。具体的には、集束イオンビーム加工技術(注3)を用いて作成した厚さ3 μmの薄片について、高空間分解能二次イオン質量分析装置(注4)を用い、炭素、窒素、硫黄、リンといった生体主要元素の細胞レベルでのイメージングを行った。しかし、細胞が小さいため可視化できなかったため、薄片の厚さを150 nmまで薄くし、電子顕微鏡を用いて観察した。その結果、大きさが100 nm程度の極小微生物 (図1E)が、チムニーを構成する鉱物粒子間の狭い隙間(図1D)に密集していることを発見した。ウイルスのような小さい物体を可視化するために、ウランで染めるのが一般的だが、本研究では染めなくても観察できた理由として、酸化銅のナノ粒子で細胞が覆われており、その効果で観察できていると判明した。さらに、チムニー試料中の微生物のDNA解析を行った結果、岩石内部で優占するのは、DPANNに分類される始原的な古細菌であることも明らかとなった(図2)。
図2: ゲノム情報に基づく生命進化の系統樹。
熱水が盛んに噴出しているチムニー内部には、微生物の生存に必要な栄養が供給されているため、微生物の生息は知られている。しかし、熱水噴出が終了した後に、海底に取り残されているチムニー内部は栄養に乏しく、生命の生息が可能かについては不明であった。今回の研究チームによる生態系の発見は、熱水からのエネルギー供給による一次生産に立脚するという、従来の深海底熱水噴出孔生態系の概念を一変した。これらの結果は、金属硫化物チムニー内部は、熱水噴出しなくても光合成に依存ない微生物の生息場になり、光合成生物誕生前の地球においても生態系が形成されることを示している。研究チームは、ゲノムや遺伝子発現について解析を行い、始原的古細菌の代謝や岩石内部での有機物合成経路についても今後研究を行う予定である。
発表雑誌
- 雑誌名
Frontiers in Microbiology論文タイトル
Copper-nanocoated microbial cells in grain boundaries inside an extinct vent chimney著者
Hinako Takamiya, Mariko Kouduka, Hitoshi Furutani, Hiroki Mukai, Kaoru Nakagawa, Takushi Yamamoto, Shingo Kato, Yu Kodama, Naotaka Tomioka, Motoo Ito, and Yohey SuzukiDOI番号
10.3389/fmicb.2022.864205
アブストラクトURL
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmicb.2022.864205
用語解説
注1 金属硫化物チムニー
チムニーは煙突に対応する英語で、金属と硫化水素に富む黒色の熱水(ブラックスモーカー)が、深海底から噴出する場で、同心円上に金属硫化物が固体として沈殿して形成される構造体。
注2 DPANN
複数の門をまとめた古細菌の系統グループ。2013年に初めて提唱され、細胞とゲノムのサイズが小さく、培養に成功した種は非常に少ない。ゲノム中に生命活動の維持に必要な遺伝子を欠くため、生態に不明な点が多い。
注3 集束イオンビーム加工技術
ガリウムなどのイオンビームを用いて、固体試料から薄片を任意の形状に作成できる装置。
注4 高空間分解能二次イオン質量分析装置
セシウムイオンビーム径が微生物細胞よりも小さい0.05 μmで二次元的に走査して、微生物細胞中の炭素、窒素、リン、硫黄の分布をイメージングできる装置。NanoSIMSとも呼ばれる。