血中ビタミンD量の低下や筋内ビタミンDシグナル伝達の低下が筋力低下を導き、将来的なサルコペニア発症を誘発する可能性について基礎研究と疫学研究から報告

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2022-10-18 国立長寿医療研究センター

研究成果のポイント

  • ビタミンDは、成熟筋線維の収縮や筋力発揮に直接寄与し、その一方で筋量調節には働かないこと
  • ビタミンDが欠乏した方は、将来的に筋力低下およびサルコペニアの罹患率が上昇する可能性があること
  • 血中ビタミンD量は、サルコペニアの予測バイオマーカーの一つとなり得ること

国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典)運動器疾患研究部の細山徹副部長と国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学大学院医学系研究科整形外科学(教授:今釜史郎)の水野隆文医員を代表とする研究グループは、国立長寿医療研究センター老化疫学研究部、名古屋学芸大学(愛知県日進市)、国立大学法人東京大学(東京都文京区)、松本歯科大学(長野県塩尻市)、医療創生大学(福島県いわき市)との共同研究で、血中ビタミンD量が不足している方は将来的なサルコペニア罹患率が上昇すること、筋線維内ビタミンDシグナル伝達の低下が筋力低下と直接的に関連していることなどを、「NILS-LSA(国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究)」の縦断解析および、ビタミンD受容体を成熟した筋線維で欠損させた遺伝子組換えマウスを用いた基礎研究により明らかにしました。本研究の成果は、成熟した骨格筋に対するビタミンDの作用機序の一端を示し、さらに、血中ビタミンD量がサルコペニア発症の予測バイオマーカーの一つとなり得ることを示しています。

この研究成果は、老年学分野の国際専門誌「Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle」に、2022年10月13日付で掲載されました。

なお本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業および国立長寿医療研究センターの長寿医療研究開発費の支援のもとに実施されました。

研究の背景

サルコペニアは、加齢に伴って生じる骨格筋減弱症であり、超高齢社会を迎えた我が国においてその対策は喫緊の課題です。しかし、サルコペニアの発症や増悪化の分子機構は不明であり、また、診断や発症予測に有用な分子マーカー(バイオマーカー)の同定にも至っていません。ビタミンDは私たちの体で生合成される脂溶性のビタミンですが、先行研究において加齢性の量的変動やサルコペニアとの関連性が指摘されてきました。しかし、先行研究の成果の多くが培養細胞を用いた実験や横断的な疫学研究から得られたものであり、成熟した骨格筋に対するビタミンDの作用や加齢性疾患であるサルコペニアとの関連性を示す科学的根拠が十分に提示されたとは言い難い状況です。

研究成果の内容

研究グループは、国立長寿医療研究センターで実施している老化に関する長期縦断疫学研究「NILS-LSA」※1のデータを用いて、血中ビタミンD量が低値の方の4年後の筋力変化や筋量変化、さらに新規サルコペニア発生数などについて検討しました。NILS-LSAの1,919名のデータからPropensity score matching※2により調整したビタミンD欠乏群(血中の25OHD量が20ng/ml以下、N=384)および充足群(N=384)の比較解析から、ビタミンD欠乏群では筋力低下が進行し(p=0.019、図1a)、また、サルコペニアの新規発生数も有意に増加(p=0.039、図1b)することを見出しました。このことは、ビタミンD欠乏が将来的な筋力低下を導き、結果としてサルコペニア罹患率が上昇することを示唆しています

図1a:握力の変化(4年間での握力の低下量はビタミンD欠乏群の方が有意に多い)図1b:新規サルコペニア発生数(ビタミンD欠乏群では、4年間での新規サルコペニア発生数が有意に増加する)

さらに研究グループは、疫学研究で得られたビタミンD欠乏と筋力低下の分子メカニズムを明らかにするために、ビタミンD受容体遺伝子Vdrを成熟した筋線維で特異的に欠損させたコンディショナルノックアウト※3(VdrmcKO)マウスを新たに作出しました。本マウスでは、骨格筋の遅筋線維と速筋線維の両方でVdrが欠損し(図2a)、両筋線維タイプでビタミンDによるシグナル伝達が抑制された状態になります。本マウスの表現型を解析したところ、筋重量、筋線維径、筋線維タイプ、骨格筋幹細胞数など骨格筋の量的形質には影響は見られず、その一方で、VdrmcKOマウスでの有意な筋力低下を認めました(図2b)。さらに本マウスでは、筋線維の収縮・弛緩にかかわる遺伝子Serca1とSerca2a※4の発現が減少し(図2c)、骨格筋における筋小胞体Ca2+-ATPアーゼ活性も低下していました。これらの結果は、成熟筋線維におけるビタミンDシグナルの低下もしくは抑制がSerca発現を介して筋収縮に影響を与え、結果として筋力低下が引き起こされることを示しています。

図2a:VDRタンパク質の発現解析。VdrmcKOマウスでは速筋と遅筋でVDRが欠損している。図2b:筋力(握力)の測定。VdrmcKOマウスでは有意な筋力低下が認められる。図2c:緊縮関連遺伝子の発現解析。VdrmcKOマウスではSERCA遺伝子の発現が低下している。

研究成果の意義

今回、国立長寿医療研究センターが進める長期縦断疫学研究で蓄積された縦断疫学データを用いて、ビタミンD欠乏と将来的な筋力の低下およびサルコペニア罹患率の上昇との関連性を明らかにしました。さらに本研究では、疫学研究の結果を補完する形で行った基礎的検討により、成熟した筋線維におけるビタミンDシグナルの役割の一つが筋力発揮への寄与であること、さらに、その分子機序としてSerca発現を介して筋収縮・弛緩を制御していること、などもin vivo実験系で証明しました。高齢者においてビタミンDが不足しがちになることは広く知られており、本研究により、高齢者で生じる筋力低下やサルコペニア発症にビタミンD不足が深くかかわる可能性が示されました。より長期的な検証が必要ではありますが、本研究の成果は血中ビタミンDがサルコペニアの発症を予測するバイオマーカーの一つとなり得ることを示しており、サルコペニア予防に貢献すると期待されます。

用語解説

※1:NILS-LSAは、愛知県大府市・東浦町の地域住民から性・年代別に層化無作為に選出された40歳以上の中高年者を対象に、医学・心理・運動・身体組成・栄養など多角的な観点から老化・老年病予防策を検討するコホート研究です。

※2:Propensity score matchingは、無作為割り付けが難しく様々な交絡が生じやすい観察研究において、共変量を調整して因果効果を推定するバランス調整の統計手法のことです。

※3:コンディショナルノックアウトマウスは、標的とする遺伝子を特定の細胞で特定の時期に欠損あるいは発現するようにした遺伝子組換えマウスのことです。本研究では、ビタミンD遺伝子(Vdr)を成熟した筋線維でのみ欠損させたVdrmcKOマウスを新たに作出し実験に用いました。

※4:SERCAとは、sarco/endoplasmic reticulum Ca2+-ATPase(筋小胞体Ca2+-ATPase)の略称であり、筋小胞体に局在するカルシウムポンプとして働きます。小胞体は、細胞内のカルシウムを貯蔵する機能を持ち、SERCAは小胞体へのCa2+の取り込みを担います。筋線維は、筋小胞体内へCa2+を取り込むことで弛緩し、Ca2+を放出することで収縮することから、SERCAは主に筋弛緩時に重要な働きをします。哺乳類では三種類のSERCAアイソフォームが存在し、SERCA1とSERCA2aは筋細胞で発現し、SERCA2bは非筋細胞で発現します。

論文情報

表題
Influence of vitamin D on sarcopenia pathophysiology: A longitudinal study in humans and basic research in knockout mice.

著者
Takafumi Mizuno, Tohru Hosoyama, Makiko Tomida, Yoko Yamamoto, Yuko Nakamichi, Shigeaki Kato, Minako Kawai-Takaishi, Shinya Ishizuka, Yukiko Nishita, Chikako Tange, Hiroshi Shimokata, Shiro Imagama, Rei Otsuka.

掲載誌
Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle
DOI:10.1002/jcsm.13102

お問い合わせ先

この研究に関すること
国立長寿医療研究センター 研究所 ジェロサイエンス研究センター
運動器疾患研究部 副部長 細山徹

名古屋大学大学院医学系研究科整形外科学
医員 水野隆文

報道に関すること
国立長寿医療研究センター 総務部総務課
広報担当 伊藤大佑

名古屋大学医学部・医学系研究科総務課総務係

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