においに対する感受性が24時間周期で変動する神経メカニズムの解明

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2023-04-05 東京大学

竹内 俊祐(研究当時:博士課程)
清水 貴美子(研究当時:助教)
深田 吉孝(名誉教授)
榎本 和生(教授/ニューロインテリジェンス国際研究機構 副機構長・主任研究者)

発表のポイント

  • 嗅物質に対する嗅覚感受性が、マウスの行動時間帯である夜間に高く、休息時間帯である日中に低く設定されており、約24時間周期で日内変動することを発見した。
  • この嗅覚感受性の日内変動は、生物時計の発現振動によって生み出され、神経活動や神経伝達物質の放出に関わる複数の遺伝子の発現制御を担っていることを明らかにした。
  • 本研究の成果は、動物のさまざまな脳機能が約24時間周期で変動制御される仕組みの解明に繋がることが期待される。

においに対する感受性が24時間周期で変動する神経メカニズムの解明
日中(CT4)と夜間(CT16)での、匂いに応答するニューロンの分布

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の竹内俊祐大学院生(研究当時)、清水貴美子助教(研究当時)、深田吉孝教授、榎本和生教授は、マウス嗅覚回路の神経活動に着目し、嗅覚回路の各神経細胞特異的に時計遺伝子を操作することにより、 (1) 嗅覚回路の神経活動の日内変動は、主として神経細胞自身の生物時計によって自律的に生み出されていること、(2) 嗅覚回路の生物時計は、神経細胞の活動に関わる遺伝子群の発現レベルを24時間周期で転写制御していることを明らかにしました。

生物の生活リズムを制御する生物時計(注1)は、体を構成するすべての細胞内に存在しますが、多くの生物では、脳内の一部神経細胞が外界の情報を感知して情報発信することにより、体内の生物時計を同調的に動かしていると考えられています。一方で、近年の研究から、脳内の中枢時計が働かない状況においても、体内の生物時計が一定リズムで発振し続けることが報告されており、個々の細胞が持つ生物時計の役割や重要性に関心が集まっています。しかし、生物時計の構成要素である時計遺伝子と呼ばれる遺伝子群を、特定の細胞群において操作することが技術的に困難であったため、細胞固有の生物時計の機能については未解明の点が多く残されています。

本研究を端緒として、神経細胞内の生物時計が遺伝子の転写制御を介して脳機能の日内変動を生み出す仕組みを解明することが期待されます。

発表内容

私たちが暮らす地球では、温度や光など生物を取り巻く外的環境が24時間周期で変化しています。このような外的環境に適応するために、多くの生物は自身の体内に24時間周期で体内活動を制御できる生物時計を持ち、活動パターンや外部環境への応答性などさまざまな生体機能を約24時間周期で日内変動させることができます。ヒトやマウスなどの哺乳類においては視交叉上核(注2)と呼ばれる脳領域が生物時計の中枢と考えられており、他の脳領域や末梢組織などの生物時計を統合的に制御していると考えられています。一方で、近年の研究から、視交叉上核を外科的に除去した動物でも体内の生物時計が協調的に発振し続けるケースが報告されており、それぞれの組織や細胞に固有の生物時計の役割や重要性に関心が集まっています。しかし、視交叉上核の中枢時計と、それ以外の細胞や組織に存在する時計を切り分けて実験的に操作することが技術的に困難であったため、組織や細胞固有の生物時計の生物的意義や制御機構は未解明の点が多く残されています。

本研究グループは、マウスの嗅覚応答と嗅覚回路の神経活動に着目し、嗅覚回路に固有の生物時計の生物学的意義と制御機構の研究を行なってきました。まず、1日のさまざまな時刻に匂い物質をマウスに提示する実験を行い、嗅覚回路の神経活動が、嗅覚応答と同様に、日中に比べて夜間の方が高くなるという日内変動を示すことを発見しました。さらに、生物時計の中枢である視交叉上核を不活性化した場合でも、通常個体と同様に、嗅覚回路の神経活動が日内変動することを確認し、嗅覚応答の日内変動は視交叉上核の中枢時計以外のメカニズムにより変動制御されている可能性を見出しました。続いて研究チームは、複数の遺伝子改変マウスおよびアデノ随伴ウイルスベクター(注3)を用いることにより、視交叉上核の中枢時計に影響を与えることなく、嗅覚回路を構成する各神経細胞特異的に時計遺伝子を欠損させることに成功しました。

マウス嗅覚回路は、主に3領域5種類の神経細胞から構成されています(図1)。複数の遺伝子改変マウスおよびアデノ随伴ウイルスベクターを用いて嗅覚回路の各神経細胞種特異的に時計遺伝子を欠損して匂いに対する神経活動を調べた結果、脳内の嗅覚情報処理を担う領域である梨状皮質(注4)の錐体細胞特異的に時計遺伝子を欠損させた時に神経活動の日内変動が見られなくなりました。このことから、嗅覚回路の神経活動の日内変動は、嗅覚回路を構成する神経細胞自身の生物時計の活動によって生み出されていることが明らかになりました。さらに、梨状皮質の錐体細胞における時計遺伝子の働きについても解析を行い、神経活動や神経伝達物質の放出に関わる複数の遺伝子発現を転写制御することを明らかにしました。以上の成果により、マウス嗅覚回路の神経活動は梨状皮質の時計遺伝子により日内変動制御を受けており、さらに、梨状皮質の時計遺伝子は神経活動に関わる複数の遺伝子の発現制御を介して嗅覚回路の活動を概日制御する可能性が明らかになりました (図2)。


図1:マウス嗅覚回路
マウス嗅覚回路は匂い物質を受容する嗅覚受容細胞が存在する嗅上皮、その接続先である僧帽細胞および2種類の抑制性神経細胞(傍糸球体細胞、顆粒細胞)が存在する嗅球、皮質領域で錐体細胞が存在する梨状皮質によって構成されている。


図2:本研究で明らかになった梨状皮質での生物時計制御機構の作業仮説
梨状皮質では生物時計を構成する時計遺伝子は中枢の視交叉上核非依存に発振し、神経活動関連遺伝子の発現量や神経活動の日内変動を生み出していると考えられる。一方、視交叉上核は梨状皮質を制御することで生物時計の同調を促すと考えられる。


近年の研究から、記憶などのさまざまな脳機能が24時間周期で変動制御を受けることが報告されていますが、そのメカニズムや生理的意義は分かっていません。本研究の成果や手法により、特定神経細胞や神経回路が自律的に日周期変動する仕組みや生理的意義の理解が深まることが期待されます。

論文情報
雑誌名
Communications Biology論文タイトル
The circadian clock in the mouse piriform cortex plays an intrinsic role in daily changes in odor-evoked neural activity

著者
Shunsuke Takeuchi, Kimiko Shimizu, Yoshitaka Fukada, and Kazuo Emoto*

DOI番号
10.1038/s42003-023-04691-8

研究助成

本研究は、文部科学省新学術領域研究「スクラップ&ビルドによる脳機能の動的制御」(領域代表者:榎本和生)、日本学術振興会基盤研究(A)「神経回路の組織化と維持・管理を担う分子細胞基盤」(研究代表者:榎本和生)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「健康・医療の向上に向けた早期ライフステージにおける生命現象の解明」(研究代表者:榎本和生)などの支援により行われました。

用語解説

注1  生物時計
生物が体内に有する計時機構であり、外的環境の変化によらずに約24時間の周期をもつ。2017年にノーベル生理学・医学賞を受賞したジェフリー・ホール、マイケル・ロスバッシュ、マイケル・ヤングらを中心に、生物時計が主に複数の転写因子から構成されることが明らかにされている。

注2  視交叉上核
哺乳類において視神経が交差する箇所である視交叉の直上に位置することから視交叉上核と名付けられた脳領域。視交叉上核を外科的に除去すると活動パターンの日内変動が見られなくなることや抹消の生物時計の位相が乱れることから哺乳類において生物時計の中枢を担う脳領域と考えられている。

注3  アデノ随伴ウイルスベクター
パルボウイルス科の一本鎖DNAウイルスであり、非病原性であることから、それに由来するAAVベクターは安全性が高い遺伝子操作ツールとして認識されている。さらにAAVベクターは増殖・非増殖細胞いずれにも感染可能であり、分化後ニューロンにも効率よく感染して長期間の遺伝子発現誘導が可能であることから、近年では脳神経回路の標識や操作に使われることが多い。

注4  梨状皮質
哺乳類の嗅覚回路を構成する脳領域であり、匂い物質を受け取る嗅上皮、嗅球に続いて匂い情報を受け取る。梨状皮質の錐体細胞の神経活動パターンが匂い物質情報をコードしていると考えられている。

生物化学工学
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