2023-07-03 東京大学
奥山 輝大(行動神経科学研究分野・准教授)
田尾 賢太郎(行動神経科学研究分野・助教)
度会 晃行(行動神経科学研究分野・特任助教)
王 牧芸(日本学術振興会特別研究員)
黄 子彦(大学院医学系研究科・博士課程)
ジョン ミョン(大学院医学系研究科・博士課程)
伊藤 広朗(大学院医学系研究科・修士課程)
発表概要
【ポイント】
- 相手の怖いという気持ちに共感するときに、「自分の恐怖」と「他者の恐怖」の両方の情報を合わせ持つ神経細胞が、「前頭前野」という脳領域に存在することがわかりました。
- マウスで恐怖の伝染を調べたこれまでの研究は、一部の行動のみに着目していました。本研究では、全ての行動を自動的に分類することで、これまで見逃されていた、逃げる行動に関わる脳領域を特定したほか、その領域で、自己と他者の情報を「同時に」合わせ持つニューロン群があることが新たにわかりました。
- 共感は日々の生活の中で、周りの人と良好な関係を築く上で重要な役割を果たしています。将来、本研究をもとに、共感能力に困難を抱えている自閉スペクトラム症への理解が進むことが期待されます。
東京大学定量生命科学研究所の奥山輝大准教授、同大学大学院医学系研究科の黄子彦大学院生、ジョンミョン大学院生らのグループは、怖いという気持ちを「共感」するときの脳の働きを、マウスを使って解明しました。ヒトもマウスも、他者が怖いと感じている様子を見ることで、その感情が移ったかのように、自分自身も怖いと感じるようになることが知られています。この時、脳内で「他者の感情」と「自分の感情」がどのように情報処理されるかを調べたところ、前頭前野という脳領域に「自分と他者の感情の情報を、同時に合わせ持って表現する」神経細胞が存在することを発見しました。将来、この研究をもとに、共感性に困難を抱える自閉スペクトラム症への理解が進むことが期待されます。
本研究成果は、2023年7月3日に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
【研究の背景】
「親友が悲しくなっているのを見ると、自分のことのように悲しくなる」といった、情動が人から人に「伝染」する現象は情動伝染と呼ばれます(図1)。この現象は、共感の最も核となる現象であると考えられており、ヒトだけではなく、マウスなど多くの動物種で見られ、実験室では「観察恐怖行動実験」を用いてその神経メカニズムが精力的に探索されてきました。
図1:情動伝染
マウスを用いた観察恐怖行動実験では、電気ショックを与えられ、恐怖反応を示す他者マウスを見て、観察マウスも恐怖反応を示します(図2)。観察マウスの恐怖反応として、これまでの研究は、マウスがその場でうずくまって震える「すくみ行動」に着目して神経メカニズムを解析し、痛みの認識に関わる前帯状皮質(ACC)や情動を司る基底外側扁桃体(BLA)といった脳領域が関与することを示してきました。しかし、観察恐怖行動実験において、観察マウスはすくみ行動以外にも多様な行動を示しますが、その神経メカニズムについては不明な点が多く残されていました。
図2:観察恐怖行動実験
【研究の内容】
本研究では、深層学習に基づいた動物の体点を追跡する技術と次元削減クラスタリング(注1)を組み合わせることにより、観察恐怖行動中に観察マウスが示す複雑な行動を、客観的に自動分類することに成功しました。この行動の自動分類法を用いて解析したところ、観察マウスのvmPFCに光遺伝学的抑制(注2)を行った結果、「すくみ行動」は減少しないものの、「恐怖を受けている他者を観察する行動」が増加し、「逃避行動」が減少するように、行動変化が生じることがわかりました。さらに、ACCとBLAからvmPFCへの神経入力をそれぞれ光遺伝学抑制すると、vmPFCのみを抑制した時とは反対に、逃避行動の増加が見られました。これらの結果から、vmPFC、および、ACC→vmPFCとBLA→vmPFCの神経入力は主に「逃避行動」の制御に関わることがわかりました。
続いて、観察マウスのvmPFCの神経細胞が持つ情報を調べるため、観察恐怖行動実験中に脳の神経活動を観察できる「脳内内視鏡を用いたカルシウムイメージング(注3)」を行いました。その結果、観察マウスの特定の行動状態を反映する神経細胞が、vmPFCに存在することを発見しました。さらに、観察マウスの示す行動は、神経細胞集団の活動からデコード(注4)することができたため、vmPFCの神経細胞は自分の行動状態の情報を持っていることがわかりました。
また、vmPFCには他者マウスの電気ショックに応答する神経細胞も存在することがわかりました。興味深いことに、他者へのショックの情報を持つ細胞群と、自分のすくみ行動の情報を持つ細胞群が重なっていることが明らかになりました(図2)。これは、「自分の恐怖」と「他者の恐怖」の両方の情報を、「同時に」合わせ持つ神経細胞がvmPFCに存在することを示唆しています。
さらに、ACCとBLAからの神経入力を光遺伝学抑制しながら、vmPFCの神経活動を同様の方法で記録すると、この「自分の恐怖」と「他者の恐怖」の両方の情報を「同時に」合わせ持つという特徴に異常が生じることがわかりました。この結果は、ACCとBLAからvmPFC への情報入力が、いずれもvmPFCにおける自分と他者の感情の情報処理に寄与していることを示唆しています。
【今後の展望】
共感は、「自分」と「他者」の境界が一時的になくなるように感じられる現象であり、わたしたちの日常生活において、良好なコミュニケーションの構築に重要な役割を果たしています。今回発見された、共感時に「自分」と「他者」の情報を合わせ持つニューロンは、自他の境界がなくなるように感じられる脳内メカニズムに寄与する可能性があります。将来、本研究をもとに、自他の境界があいまいで、他者の気持ちへの共感性に困難を抱える自閉スペクトラム症への理解が進むことが期待されます。
研究助成
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)「創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR2143)」「さきがけ(課題番号:JPMJPR1781)」、日本学術振興会(JSPS)「科学研究費助成事業(課題番号:JP18H02544, JP20K21459, JP21H02593, JP21H05140)」「特別研究員奨励費(課題番号:JP22J21085, JP22J11822, JP20J01468, JP19J00911)」、日本医療研究開発機構(AMED)「脳とこころの研究推進プログラム(課題番号:JP21wm0525018)」、内藤記念科学振興財団、セコム科学技術振興財団の支援により実施されました。
用語解説
(注1)次元削減クラスタリング
本研究では、まず高次元の行動データに対して、なるべく情報を失わないように低次元に落とし込む手法である次元削減を行い、二次元平面上に描画したのち、平面上のデータ点の分布密度に従って、分水嶺アルゴリズムを用いてデータ点のグループ分け(クラスタリング)を行いました。
(注2)光遺伝学的抑制
光遺伝学では、まず特定波長の光によって活性化される光受容タンパク質を、遺伝学的手法を用いて特定の細胞群に発現させます。次にこの細胞群に対し、行動実験中など特定の時間にのみ光を当てることで、その神経細胞を興奮または抑制させることができます。
(注3)カルシウムイメージング
細胞内のカルシウム流動を、顕微鏡技術を用いて測定する手法。神経細胞内のカルシウムイオン濃度は神経活動にともなって変化するため、カルシウム濃度依存的に蛍光強度が変化するカルシウムインジケーターの蛍光量を測定することにより、神経細胞の活動を記録することができます。
(注4)デコード
計測された神経細胞の活動から、外界からの刺激や行動・認知状態などを読み出し、推定すること。
アイキャッチ画像
雑誌名等
雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Ventromedial prefrontal neurons represent self-states shaped by vicarious fear in male mice
著者:Ziyan Huang, Myung Chung, Kentaro Tao, Akiyuki Watarai, Mu-Yun Wang, Hiroh Ito, Teruhiro Okuyama*
DOI番号:10.1038/s41467-023-39081-5
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-023-39081-5
問い合わせ先
奧山 輝大(おくやま てるひろ)
東京大学定量生命科学研究所 行動神経科学研究分野 准教授