2024-10-30 東邦大学
東邦大学医学部精神神経医学講座/社会実装精神医学講座 根本隆洋教授、北海道大学大学院医学研究院 神経病態学分野精神医学教室 橋本直樹准教授、同教室 大久保亮助教、国立精神・神経医療研究センター病院 司法精神診療部 久保田涼太郎医員、精神診療部/精神保健研究所 児童・予防精神医学研究部 池澤聰客員研究員らの共同研究グループは、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)による研究開発課題(参考1)として、統合失調症患者における社会認知(相手の顔や声色から感情を読み取る能力や相手の意図を推測する能力など:注1)に関する研究を実施しました。社会認知に関して患者が知覚している困難の程度(主観的困難)と実際の能力低下(客観的能力低下)の程度について、その一致・不一致を探索し、統合失調症患者における臨床的サブタイプを明らかにしました。
本研究成果は、2024年10月29日にSpringer-Nature社の国際学術誌「Schizophrenia」に掲載されました。
発表者名
内野 敬 (東邦大学医学部精神神経医学講座/社会実装精神医学講座 助教)
秋山 久 (岩見沢市立総合病院、北海道大学大学院医学研究院 神経病態学分野精神医学教室 医員)
大久保 亮(北海道大学大学院医学研究院 神経病態学分野精神医学教室 助教、
国立精神・神経医療研究センター病院 臨床研究・教育研修部門 客員研究員)
和田 泉 (東邦大学医学部精神神経医学講座 研究補助員)
青木 瑛子(東邦大学医学部精神神経医学講座 研究補助員)
野原 万梨子(北海道大学大学院医学研究院 神経病態学分野精神医学教室 医員)
岡野 宏紀(国立精神・神経医療研究センター 行動医学研究部 医員)
久保田 涼太郎(国立精神・神経医療研究センター病院 司法精神診療部 医員)
豊巻 敦人(北海道大学大学院医学研究院 神経病態学分野精神医学教室 助教)
橋本 直樹(北海道大学大学院医学研究院 神経病態学分野精神医学教室 准教授)
池澤 聰 (国立精神・神経医療研究センター病院 精神診療部 研究関係者、
精神保健研究所 児童・予防精神医学研究部 客員研究員)
根本 隆洋(東邦大学医学部精神神経医学講座/社会実装精神医学講座 教授)
発表のポイント
- 統合失調症患者では、対人関係の基礎となる能力である社会認知の低下が、就学や就労など社会生活における困難につながっていることが知られており、社会認知を改善させる取り組みへの注目が高まっています。
- 統合失調症の特徴として、患者が自身の症状や機能低下を正確に自己評価できていない場合があることは知られていますが、社会認知についての主観的困難と客観的能力の関連についてはこれまで明らかになっていませんでした。
- 統合失調症患者は、社会認知に関して、客観的能力の低下はなく困難も感じていない「能力正常群」、客観的能力の顕著な低下が認められるが困難は感じていない「低知覚群」、客観的能力の低下が一定程度あり困難を顕著に感じている「高知覚群」の3つの臨床的サブタイプに分けられることが明らかになりました(図1)。これらのうち、「高知覚群」は、社会生活における困難が最も多く報告されました。
- 「能力正常群」は患者全体の約半分、「低知覚群」は約3割、「高知覚群」は約2割でした。本研究結果から診察場面においては、統合失調症にこれらの臨床的サブタイプが存在することを念頭に置き、社会認知が関連する対人場面の困難についての丁寧な問診などから、患者個々人に適した治療内容の検討が望まれます。
図1.社会認知の主観的困難と客観的能力に基づく統合失調症患者における臨床的サブタイプ
発表内容
統合失調症患者においては、就学や就労などの社会生活における困難が広く認められ、このことの改善が治療における重要な課題の一つとなっています。社会生活に影響を与える要因として様々なものが報告されてきましたが、その中で、近年では対人関係の基礎となる能力である「社会認知」に注目が集まっています。社会認知には、相手の顔や声色から感情を読み取る能力や、相手の意図を推測する能力などが含まれます。
統合失調症の特徴として、患者が自身の症状や機能低下について正確な自己評価をできていない場合があることが知られています。社会認知の低下は統合失調症の症状の一つとして報告されていますが、生活場面において社会認知が関わる困難の自覚の程度(主観的困難)と実際の能力低下(客観的能力低下)の程度の関連については、これまで明らかではありませんでした。今回、社会認知に関する主観的困難の程度と客観的能力の程度について、その一致・不一致を探索し、統合失調症患者における臨床的サブタイプを明らかにすることを目的に研究を行いました。131名の統合失調症患者を対象に調査を行いました。社会認知の客観的能力を測定する方法として、社会認知の代表的な下位領域である、感情認識、心の理論、原因帰属バイアス、社会知覚・知識を網羅した4つの神経心理学的評価尺度を使用しました。これらの尺度は、本研究班により尺度の妥当性や信頼性が検証され、日本における使用を推奨されたものです。社会認知に関する主観的困難を評価する方法として、同様の4つの領域を網羅したASCo(Self-Assessment of Social Cognition Impairments)というアンケートの日本語版を用いました。
クラスター分析の結果として、統合失調症患者は社会認知に関して、3つの臨床的サブタイプに分けられました(図2)。
図2.クラスター分析による3つの臨床的サブタイプの主観的困難と客観的能力
49.6%の患者は「能力正常群」となり、客観的能力はほぼ正常で困難も感じていませんでした。32.8%の患者は「低知覚群」となり、客観的能力の顕著な低下が認められるが困難は感じていませんでした。17.6%の患者は「高知覚群」となり、客観的能力が一定程度低下し困難を顕著に感じていました。能力正常群は、幻覚や妄想などの陽性症状や意欲低下などの陰性症状も最も軽度でした。社会生活における障害の程度は高知覚群で最も重度でした。
本研究結果からは、例えば診察時の問診において、社会認知に関する困難を持つことが語られた際は、実際に能力の低下を認めている可能性が高く、治療プログラム(社会認知ならびに対人関係のトレーニング;SCITなど)の実施が有効な場合があります。一方で、問診において社会認知に関する困難感が乏しい際は、能力の低下が無い場合と実際は認めている場合に分かれるため、注意が必要と考えられます。そのため、患者家族などの身近な人々からの聴取や評価尺度による社会認知の能力測定が有効と考えられます。これらのように診察場面においては、社会認知に基づく臨床的なサブタイプが存在することを念頭に置き、患者個々人に適した治療内容の検討が望まれます。
発表雑誌
雑誌名
「Schizophrenia」(2024年10月29日)
論文タイトル
Clinical subtypes of schizophrenia based on the discrepancies between objective performance on social cognition tasks and subjective difficulties in social cognition
著者
Takashi Uchino, Hisashi Akiyama, Ryo Okubo, Izumi Wada, Akiko Aoki, Mariko Nohara,Hiroki Okano, Ryotaro Kubota, Yuji Yamada, Atsuhito Toyomaki, Naoki Hashimoto,Satoru Ikezawa, Takahiro Nemoto*(*責任著者)
DOI番号
10.1038/s41537-024-00515-8
アブストラクトURL
https://www.nature.com/articles/s41537-024-00515-8
参考
1 日本医療研究開発機構(AMED)による研究開発課題
事業名:障害者対策総合研究開発事業(精神障害分野)
研究開発課題名:社会認知機能に関する新たな検査バッテリーの開発
課題管理番号:20dk0307092h0001
研究開発代表者:大久保亮
研究開発分担者:根本隆洋、橋本直樹、池澤聰
用語解説
(注1)社会認知
他者の意図や感情を理解する人間としての能力を含む、対人関係の基礎となる精神活動と定義され、たとえば、相手の顔や声色から感情を読み取ったり、相手の意図を推測したりする際に関連する脳の機能を指す。
以上
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