2024-11-12 理化学研究所
理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 分子生命制御研究チームの泉 正範 上級研究員、萩原 伸也 チームリーダーらの共同研究グループは、植物の葉緑体を分解しその成分をリサイクルするオートファジー[1](自食作用)の過程を生きた葉の細胞で直接観察することに成功しました。
本研究成果は、栄養リサイクル効率の高い作物設計に向けた技術開発の発展に貢献すると期待されます。
今回、共同研究グループは、植物の葉において葉緑体の形態変化を秒単位で追跡できるライブセルイメージング技術を構築し、葉緑体の一部がオートファジーでちぎられ分解される一連の過程を直接捉えることに成功しました。これまで葉緑体の内容物がどのようにオートファジーで輸送されているのかは未解明でしたが、オートファジーの輸送体であるオートファゴソーム[2]の発達に伴い葉緑体の一部が小胞化し、液胞へ運ばれ分解されるダイナミックな輸送過程が明らかとなりました。
本研究は、科学雑誌『eLife』(11月7日付)に掲載されました。
背景
植物が成長するために最も多く必要とする栄養素は窒素であり、農業生産においては主に化学肥料として窒素分が農地に投入されています。一方、化学肥料が関わる環境負荷は社会の持続可能性を脅かす一要因ともなっています。
植物体内で窒素が最も多く分配されているのは、葉で光合成を担う細胞小器官(オルガネラ)である葉緑体です。植物は、古くなり老化期に入った葉や、光合成が阻害され飢餓状態に陥った葉では、葉緑体を積極的に分解することでその窒素分を回収し、若い葉の形成や飢餓への適応のために再利用します。この「葉緑体成分のリサイクル」は植物が一度獲得した栄養素を効率よく繰り返し利用するための機構であり、その詳しい仕組みを理解することは、作物の栄養リサイクル効率を高めることで施肥への依存を減らしていく技術開発に役立つと期待されます。
これまで、葉緑体の中身の成分が、「Rubisco-containing body」と名付けられた直径1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)程度の小胞として、真核生物に保存される細胞内分解系のオートファジーによって液胞へ輸送・分解されていることが明らかにされていました注1、2)。しかしながら、直径5μm以上ある長楕円(だえん)体の葉緑体の中身が、どのように直径1μm程度の小胞となり液胞まで運ばれているのか、その輸送過程は未解明でした。
注1)Hiroyuki Ishida, Kohki Yoshimoto, Masanori Izumi, Daniel Reisen, Yuichi Yano, Amane Makino, Yoshinori Ohsumi, Maureen R. Hanson, and Tadahiko Mae (2008) Mobilization of Rubisco and stroma-localized fluorescent proteins of chloroplasts to the vacuole by an ATG gene-dependent autophagic process. Plant Physiology 148: 142-155
注2)Masanori Izumi, Jun Hidema, Shinya Wada, Eri Kondo, Takamitsu Kurusu, Kazuyuki Kuchitsu, Amane Makino, and Hiroyuki Ishida (2015) Establishment of monitoring methods for autophagy in rice reveals autophagic recycling of chloroplasts and root plastids during energy limitation. Plant Physiology 167: 1307-1320
研究手法と成果
共同研究グループは、実験用モデル植物シロイヌナズナにおいて、葉緑体の構成成分を蛍光タンパク質で安定的に可視化できる植物体を開発し、さらに複数の顕微鏡技術によって生きた葉の細胞観察技術を高度化することで、葉緑体の分解過程を数秒間隔で追跡できるライブセルイメージング技術を構築しました。その技術を駆使し飢餓状態の葉の細胞を観察することで、葉緑体の一部が突出した出芽様構造を形成すること(図1)、その構造が葉緑体から切り離され液胞の内部に輸送されること(図2)が明らかとなりました。
図1 葉緑体の出芽様構造の観察像
葉緑体の外包膜マーカー(緑)と葉緑体内腔マーカー(マゼンタ)で可視化した葉緑体の出芽様構造(矢じり)。出芽様構造は葉緑体内腔の成分と葉緑体を包む包膜を含んでいることが分かる。スケールバーは5μm。
図2 葉緑体から形成された小胞が液胞内へ放出される様子
(上段)液胞膜マーカー(緑)と葉緑体内腔マーカー(マゼンタ)で可視化した、葉緑体由来の小胞(矢じり)が液胞内部へ運ばれる様子。細胞質に存在する葉緑体由来の小胞を発見し、その観察を開始した後46.5秒の段階では小胞は液胞膜よりも画像上側の細胞質にあるが、その後一度液胞膜に囲まれたように観察され(矢印)、57.0秒の段階では液胞膜より画像下側の液胞内部に移行していることが分かる。スケールバーは5μm。
(下段)上段の観察像から予想されるモデル図。
共同研究グループはさらに葉緑体の出芽様構造がどのように形成され直径1μm程度の小胞となるのかを調査しました。そして葉緑体成分とオートファゴソームを同時可視化した植物の葉の観察から、葉緑体の一部が小胞化するダイナミックな形態変化現象が明らかとなりました(図3)。その現象では、まずオートファゴソームの前駆構造である隔離膜が葉緑体表面に接着するように観察されます。その後、その隔離膜が発達しオートファゴソームになるにつれて葉緑体の一部が突出し、最終的にオートファゴソームの完成とともに独立した小胞として切り離されます。以上の観察により、葉緑体の内容物を分解するオートファジー輸送過程の全容が明らかになったといえます。共同研究グループは、過去に報告されていた葉緑体の形態変化現象や葉緑体の膜切断機構では、今回発見された現象が説明できないことも示しました。よって今回の成果が示した葉緑体の出芽と切り離しを制御する未知の仕組みが存在するものと考えられます。
図3 葉緑体が出芽し小胞となる過程の観察像と提唱されるモデル図
(上段)オートファゴソーム前駆体の隔離膜マーカー(緑)と葉緑体内腔マーカー(マゼンタ)で可視化した葉緑体の出芽と小胞化の様子(矢じり)。葉緑体表面に存在する隔離膜を発見しその変化を観察すると、観察開始時には扁平な構造体であった隔離膜が時間とともに発達し球体になるにつれ、その接触部位が突出し小胞化していく様子が分かる。スケールバーは5μm。
(下段)上段の観察像から提唱されるモデル図。
今後の期待
本研究では、葉緑体のリサイクルを担う未知の細胞内現象が明らかになりました。今後、この現象を人為的に活性化する技術開発を進めていくことによって、葉緑体のリサイクル効率が上がり体内窒素利用が効率化された作物の設計につながることが期待されます。
本研究成果は、国際連合が定めた17の目標「持続可能な開発目標(SDGs)[3]」のうち、「2.飢餓をゼロに」「13.気候変動に具体的な対策を」への貢献につながるものです。
補足説明
1.オートファジー
真核生物が持つ細胞内の主要な分解機能の一つ。オートファゴソーム([2]参照)と呼ばれる二重膜小胞が、細胞質タンパク質や、ミトコンドリアなどの細胞小器官(オルガネラ)を取り囲み、さまざまな消化酵素を含有するオルガネラである液胞の内部へ運び込むことで分解する仕組みのこと。飢餓への適応や、細胞内の恒常性維持において重要な働きを果たす。より厳密には、オートファゴソームを介する分解経路は「マクロオートファジー」と呼ばれるが、現状「オートファジー」という際にはマクロオートファジーを指すことが一般的である。
2.オートファゴソーム
オートファジーの過程において、分解対象を取り囲み輸送する役割を果たす二重膜の小胞のこと。「隔離膜」と呼ばれるオートファゴソーム前駆体の二重膜が細胞質成分やオルガネラを取り囲みながら伸長し、膜の閉鎖によって内容物を隔離したオートファゴソームとなる。オートファゴソームは液胞と融合し、内容物が液胞内部で分解される。
3.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17の目標から構成され、地球上の誰ひとりとして取り残さないことを誓っている。SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる。
共同研究グループ
理化学研究所 環境資源科学研究センター 分子生命制御研究チーム
上級研究員 泉 正範(イズミ・マサノリ)
基礎科学特別研究員 中村 咲耶(ナカムラ・サクヤ)
チームリーダー 萩原 伸也(ハギハラ・シンヤ)
自然科学研究機構 生命創成探究センター/生理学研究所
教授 根本 知己(ネモト・トモミ)
助教(研究当時)大友 康平(オオトモ・コウヘイ)
(順天堂大学 大学院医学研究科 准教授)
東北大学大学院
農学研究科
教授 石田 宏幸(イシダ・ヒロユキ)
生命科学研究科
准教授(研究当時)日出間 純(ヒデマ・ジュン)
(現 千葉大学 大学院園芸学研究院附属宇宙園芸研究センター 特任教授)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「自己分解を統制する葉緑体応答ゾーンとその破綻が生む葉緑体-核連携ゾーンの実体解明(研究代表者:泉正範)」「葉緑体を基軸とするオルガネラ・ゾーンの形成因子と機能実証(研究代表者:泉正範)」「損傷葉緑体を除去するミクロオートファジーの作動機構(研究代表者:中村咲耶)」「ミクロクロロファジーにおける基質認識・輸送の分子機構(研究代表者:中村咲耶)」「ピースミールクロロファジーの多様性と選択性賦与のメカニズム(研究代表者:石田宏幸)」「先端バイオイメージング支援プラットフォーム(支援対象者:泉正範)」、物質・デバイス領域共同研究拠点・基盤共同研究「3D タイムラプスイメージングによる葉緑体オートファジー細胞内ダイナミクスの解明(研究代表者:泉正範)」、生命創成研究センター・一般共同研究「植物生体イメージングによる葉緑体オートファジー細胞内ダイナミクスの解明(研究代表者:泉正範)」、RIKEN Incentive Research Project(研究代表者:泉正範)による助成を受けて行われました。
原論文情報
Masanori Izumi, Sakuya Nakamura, Kohei Otomo, Hiroyuki Ishida, Jun Hidema, Tomomi Nemoto, Shinya Hagihara, “Autophagosome development and chloroplast segmentation occur synchronously for piecemeal degradation of chloroplasts”, eLife, 10.7554/eLife.93232.3
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 分子生命制御研究チーム
上級研究員 泉 正範(イズミ・マサノリ)
チームリーダー 萩原 伸也(ハギハラ・シンヤ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当