北に行くほど生活を海に依存する通し回遊魚~海へ降るイワナの多様性の地理的変異~

ad

2025-01-29 東京大学

研究成果のポイント
  • 海と川を行き来する回遊魚の生涯の海と川での成長が、北方ほど海に依存することを広域なフィールド調査と耳石微量元素解析によって明らかにしました。
  • 通し回遊魚の海洋依存度-緯度傾向が種内の同じ回遊型に現れることを初めて示し、通し回遊の起源が相対的な水域の生産性に起因するという仮説を支持するとともに、これまで見過ごされてきた回遊型内の多様性の地理的変異を明らかにしました。
  • 緯度に沿った海・川への依存の傾向は、森・川・海の繋がりをもたらす通し回遊魚の存続に地球温暖化が与える影響を予測するうえで役立つことが期待されます。

北に行くほど生活を海に依存する通し回遊魚~海へ降るイワナの多様性の地理的変異~
通し回遊魚における海洋・河川依存性の緯度クライン

研究概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の後藤暁彦大学院生、黒木真理准教授、東京大学大気海洋研究所の森田健太郎教授の研究グループは、遡河回遊魚(注1)の生涯にわたる海洋への依存度が緯度とともに高まることを明らかにしました。
生産性仮説(注2)は、海と川の生態系をまたぐ、通し回遊(注3)の起源を説明する広く受け入れられている理論ですが、同じ回遊型の生活史の多様性と緯度傾向に着目した研究はありませんでした。本研究では、地域性の強い遡河回遊魚であるイワナ(アメマス)を対象に、耳石微量元素分析を元に算出した4つの成長指標を用いて、生涯にわたる海洋への依存度が緯度とともに高まることを実証しました。本研究の発見は、通し回遊魚の回遊の起源に関する洞察を提供し、これまで遡河回遊魚と一括りにされてきた魚類区分の定義の再検討、そして、地球温暖化が森・川・海の繋がりをもたらす通し回遊魚の存続に与える影響を予測する上で役立つことが期待されます。

研究内容

海と川の生態系間を移動する通し回遊魚には、サケのように川で生まれて海で成長する遡河回遊魚や、ウナギのように海で生まれて川で成長する降河回遊魚がいます。そして、遡河回遊魚は高緯度地域に多く、降河回遊魚は低緯度地域に多く出現します。1980年代にGrossらが提唱した生産性仮説では、これらの地理的傾向は、川と海の相対的な生産性の違いによって生み出されると説明しています。また、遡河回遊魚の中でも、高緯度ほど海へ回遊する降海型が生まれやすく、低緯度ほど生涯川に留まる残留型の割合が多いことが既往研究で示されています。しかし、同じ降海型(回遊型)の中にも存在する回遊生活の多様性に着目して、この理論が同じ回遊型個体の回遊レベルでも当てはまるかどうかを検証する試みは行われておらず、生産性仮説の適用性も不確実なままでした。
緯度による相対生産性の変化は、これらの出現種数、種内の生活史型パターンのみならず、同じ生活史型内であっても海への依存度に地理的な変化をもたらすことが予測されます。本研究グループは、大規模な回遊をせず、ある地域内で回遊するサケ科魚類の生涯にわたる海への依存性は高緯度で増加すること、そして海と川における成長の相対的なメリットは緯度に伴う傾向を示し、分布域の南限では海洋での成長のメリットが相殺されるという仮説を立てました。
北海道の礼文島から新潟県の佐渡島までの16河川で、サケ科遡河回遊魚であるイワナSalvelinus leucomaenisを採集しました。次に、耳石微量元素解析と耳石年輪解析に基づいて過去の回遊と成長履歴を推定し、(1)成熟魚の総重量に占める海洋で得た体重の割合、(2)河川生活期における年間成長率、(3)海洋生活期における年間成長率、(4)河川・海洋生活期の相対的な体重増加比の緯度傾向を検証しました。その結果(図1)、海での体重増加割合は高緯度で高く、川での成長率は高緯度になるほど減少しました。海での成長率は緯度と明瞭な傾向は示されなかったものの、相対的な体重増加率(海での体重増加率/川での体重増加率)は低緯度で0に減少したことから、分布域の南限で海に出たとしても成長のメリットはないことが判明しました。
これまで通し回遊魚の海洋依存度-緯度傾向は、種間および種内の生活型間のパターンとして知られていましたが、本研究によって、種内の同じ回遊型にも現れることを初めて示すことに成功し、通し回遊の起源が相対的な水域の生産性に起因するという生産性仮説を強く裏付ける結果が得られました。
個体の生涯の海と川での成長の緯度傾向を示した本研究は、個体レベルで生産性仮説を実証した初めての報告です。また、本研究で示された回遊型内における多様性は、現在の遡河回遊の定義が、海と川の回遊の複雑性と連続性を捉えるには不十分であり、回遊を連続体として捉えるべきであると示唆しています。さらに、緯度に従う回遊魚の海洋・河川依存傾向は、気候変動によって水温等の環境条件が変化した場合、通し回遊魚の回遊性が失われる可能性を予測する上で役立つことが期待されます。


図1:イワナ回遊型(降海型)の海洋における体重増加割合、河川および海洋における成長率と相対体重増加比の緯度変化
平均値±標準誤差(グレー)、オス(青丸)、メス(赤丸)、緯度および有意な説明変数から予測された線と95%信頼区間

発表者

東京大学
大学院農学生命科学研究科
後藤 暁彦 博士課程
大学院農学生命科学研究科/大学院情報学環・学際情報学府
黒木 真理 准教授
大気海洋研究所
森田 健太郎 教授

論文情報
雑誌
Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences
題名
Latitudinal cline of ocean dependence in a diadromous fish
著者
Akihiko Goto*, Mari Kuroki, Kentaro Morita DOI: 10.1098/rspb.2024.2310
研究助成

本研究は、「JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(課題番号:JPMJSP2108)」の支援により実施されました。

用語解説

 注1)遡河回遊
川で生まれ、海で成長して、産卵のために再び川を遡上する回遊魚。サケなど。

 注2)生産性仮説
海と川の相対的な生産性が高緯度地域では海でより高く、低緯度地域では川でより高いことから、高緯度地域では海で成長する遡河回遊が、低緯度地域では川で成長する降河回遊魚が進化したという説。

 注3)通し回遊
生涯において、海と川を行き来する回遊魚。

問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学 大学院農学生命科学研究科
大学院生 後藤 暁彦(ごとう あきひこ)

東京大学 大学院農学生命科学研究科/大学院情報学環・学際情報学府
准教授 黒木 真理(くろき まり)

東京大学 大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)

生物環境工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました