2018/12/18 農研機構,茨城県立医療大
ポイント
農研機構と茨城県立医療大学は、事故や脳卒中などにより認知機能に障害を負った高次脳機能障害1)の方々がフラワーアレンジメントを利用した認知機能の訓練(SFAプログラム2))を実施すると、記憶力が向上し、その効果が3ヵ月間保たれることを明らかにしました。高次脳機能障害者の認知リハビリテーション3)への活用が期待できます。
概要
2016年の厚生労働省の調査では、高次脳機能に障害を負った方は全国で約32万7千人と推定されています。高次脳機能障害者が自立した生活を送り、社会復帰するためには、認知リハビリテーションが重要な役割を果たします。
農研機構と茨城県立医療大学は2010年にフラワーアレンジメントを作成する作業を通して認知機能の訓練を行う手法(SFAプログラム)を開発しました。SFAプログラムでは、利用者が吸水スポンジに付けた○や△の印に順に花材を挿して、パズルを組み立てるようにフラワーアレンジメントを作成します。 今回、高次脳機能障害者を対象にした臨床研究の結果、SFAプログラムに参加した16名の被験者では、記憶テスト得点が平均12.7点から23.3点へと有意に向上し、非参加群と比べると4割以上得点が高くなりました。さらに16名中追跡調査した9名では、3ヵ月後もテスト成績の向上効果が維持されていました。今後、SFAプログラムは高次脳機能障害者の認知リハビリテーション手法として、その効果が期待されます。
SFAプログラムに使用する印付きスポンジ資材(200円より)は、全国の生花店やインターネットから購入できます。
関連情報
特許:第5201552号
お問い合わせなど
研究推進責任者 : 農研機構野菜花き研究部門 研究部門長 坂田好輝
研究担当者 : 農研機構野菜花き研究部門 花き生産流通研究領域 望月寛子
茨城県立医療大学医科学センター 教授 山川百合子
広報担当者 : 農研機構野菜花き研究部門 広報プランナー 望月寛子
詳細情報
開発の社会的背景と研究の経緯
高次脳機能障害とは、不慮の事故や病気によって脳に損傷を負い、記憶や注意、言語などの認知機能や社会性が低下し、生活に支障をきたしている状態を指します。高次脳機能障害者が日常生活で自立し、社会復帰するためには、症状に合った認知リハビリテーションが重要となります。
農研機構と茨城県立医療大学は、認知リハビリテーションを目的とした新しい手法としてフラワーアレンジメントを利用したSFAプログラムを開発しました。フラワーアレンジメントの作成過程では、視空間認知能力4)や記憶力、注意力など様々な認知機能を要するため、認知リハビリテーションに適していると考えられました。SFAプログラムでは、利用者は手順書に沿って、スポンジ上の○や△の印に順に花材を挿し、繰り返しフラワーアレンジメントを作成します(図1)。2010年には、同手法を利用した認知リハビリテーションの効果と生花による心理面への効果を臨床研究によって検証し、統合失調症患者の視覚性ワーキングメモリ5)能力が向上すること、さらに生花を利用することで意欲が高まり、他の訓練法に比べて参加率が上昇することを明らかにしました。その後、SFAプログラムの実施対象を不慮の事故や脳卒中によって高次脳機能障害を負った方々へ広げ、2013年には注意障害が改善した症例、2016年には視空間認知能力が改善した症例を報告しました。
今回は新たに、多数例の高次脳機能障害者を対象として、SFAプログラムの認知リハビリテーション効果を調べたところ、記憶力が向上し、その効果が持続することを明らかにしました。
研究開発の意義・内容
- 不慮の事故や脳卒中などにより認知機能に障害を負った16名の高次脳機能障害者(平均年齢43.8歳)を対象に、約4週間の間にSFAプログラムを6回行う臨床研究を実施し、その効果を検証しました(図2)。研究に参加した方々は、受傷(または発症)から1年以上経過した慢性期で、症状は安定しており、ごく軽度から重度の記憶障害を示していました。
- SFAプログラムに参加した被験者は、視覚性記憶力を測る4回のテストにおいて平均得点が12.7点(1回目)から23.3点(4回目)へと有意に向上し、4回目の得点は非参加群と比べると4割以上高い値でした(図3上)。重度記憶障害の方の成績も向上しました(図3下)。
- 追跡調査を行なうことができた16名中9名の被験者では、向上した成績は3ヵ月後も維持されていました(図4)。
- SFAプログラムに利用するフラワーアレンジメント資材(印付きスポンジ資材)は生花店やインターネットで販売されています(表1)。2018年12月現在、卸売り体制が整ったことにより、国内全ての生花店、雑貨店等でお取り扱いいただけるようになりました。
今後の予定・期待
高齢者人口の増加が見込まれる国内では、加齢に伴う認知機能の低下を防ぎ、健康寿命を延ばすための研究・開発が注目されています。そこで今後は、SFAプログラムの対象範囲を広げ、高齢の高次脳機能障害者に対する検証を進めるとともに、加齢に伴う認知機能低下への予防効果も検証していく予定です。
また本技術は、一般の方の初歩的なフラワーアレンジメントの作成にも利用できます。児童から高齢者まで、様々な年齢層の方に生花に触れる機会を提供することで、生花の新規需要を創出し、国内花き産業の活性化に寄与することが期待されます。
用語の解説
1)高次脳機能障害
高次脳機能障害とは、不慮の事故(交通事故や転倒)や病気によって脳に損傷を負い、記憶や注意、言語などの認知機能が低下し、生活に支障をきたしている状態を指します。
2)SFAプログラム
Structured Floral Arrangement Programの略です。自由な発想でフラワーアレンジメントを作成するのではなく、構造的に決められた手順で作成するという意味が含まれています。
3)認知リハビリテーション
障害された認知機能の回復と社会復帰を目指して行なわれるトレーニングであり、非薬物療法の1つです。
4)視空間認知能力
視覚情報に基づいてモノの位置や向き、空間の中でのモノ同士の位置関係を認識する能力です。
5)視覚性ワーキングメモリ
例えば、数字を見ながら暗算をするときのように、視覚情報を一時的に記憶し、かつ、その情報を操作する能力を指します。
発表論文
Mochizuki-Kawai H., Kotani I., Mochizuki S., Yamakawa Y. (2018) Structured Floral Arrangement Program Benefits in Patients with Neurocognitive Disorder, Frontiers in Psychology, 9, 1328, 10.3389/fpsyg.2018.01328.
参考図表
図1 基本デザインを作成するための印付きスポンジ(左)と作品例(右)
スポンジ上の○印に黄色のバラ、△印に赤いカーネーションを配置しました。各印は花材として用いる切り花の種類と対応しています。利用者は手順書に示された順番に従って、切り花を印に差し込み、フラワーアレンジメントを作成します。標準的な難度である基本デザインの場合、利用者は10分ほどで作品を完成させることができます。
図2 SFAプログラムおよび視覚性記憶テストの実施スケジュール
図3 視覚性記憶テスト(Reyの複雑図形)の成績の変化
(Mochizuki-Kawai et al 2018を改変)
図4 1回目、4回目、さらに3ヵ月後の記憶テストの成績
(Mochizuki-Kawai et al 2018を改変)