ゲノム編集技術を用いてiPS細胞から”ユニバーサル”な血小板の作製に成功

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2019-12-27 京都大学iPS細胞研究所,千葉大学再生治療学研究センター,日本医療研究開発機構

ポイント
  • 自分と異なるHLAクラスI注1)を持つ血小板注2)を拒絶してしまう血小板輸血不応症注3)は、血小板輸血患者の5%程度に起こり、HLAクラスIが合致する血小板の輸血が必要である。
  • 既に臨床応用を進める事に成功しているiPS血小板(iPS細胞から作られる血小板)の研究を元に、HLAクラスIの型を問わずに輸血可能なHLAクラスIの発現を欠失させたiPS血小板(HLA欠失iPS血小板)の開発に成功した。
  • HLA欠失iPS血小板は、抗HLA抗体注4)、NK細胞注5)の何れからも攻撃されないことを、培養皿内のみならず、新たに確立した動物モデルの生体内で実証した。
要旨

ヒトiPS細胞を使った血小板作製技術は、ドナーに依存する献血を補完する生産システムとして臨床応用に向けた研究が進められています。しかし、HLAクラスIのミスマッチに起因する血小板輸血不応症の場合、HLAクラスIが合致する製剤が必要であり、日本人の約9割をカバーするには140種類のHLAクラスIが必要という課題がありました。

今回、鈴木大助元京都大学院生(現 千葉大学医学部 学部学生)、杉本直志講師(京都大学CiRA)、堀田秋津講師(京都大学CiRA)および江藤浩之教授(京都大学CiRA、千葉大学再生治療学研究センター長)らは、ゲノム編集技術注6)を用いてiPS細胞からHLAクラスIを欠失させた巨核球株(imMKCL)注7)を作製し、HLA欠失血小板を製造することに成功しました。HLA欠失iPS血小板は、HLAクラスIの型を問わずに輸血可能な“ユニバーサル”製剤となります。

一方、HLA欠失血小板は、血小板輸血不応症の原因となる抗HLA抗体に攻撃されないものの、HLAクラスIの発現が低下した細胞を攻撃することが知られているNK細胞に影響を受けないかは分かっていませんでした。そこで、培養皿内でのNK細胞の反応性の検証に加え、熊本大学との共同研究を通じて、NK細胞を含むヒト血球系を持つマウスモデルを確立し、実際にHLAクラスI欠失血小板が免疫システムに排除されることなく体内を循環することを確認しました。

本研究の成果はNK細胞に攻撃されにくいという血小板のユニークな免疫特性を明らかにするとともに、HLA欠失iPS血小板が、血小板輸血不応症の場合にも有用なユニバーサルな製剤となることを実証し、iPS血小板の産業化に向けた基盤となります。

この研究成果は2019年12月26日午前11時(米国時間:日本時間12月27日午前1時)に米国科学誌「Stem Cell Reports」でオンライン公開されます。

ゲノム編集技術を用いてiPS細胞から”ユニバーサル”な血小板の作製に成功
論文の概要図iPS細胞から、ゲノム編集によってHLAクラスIが欠失した巨核球株を作製し、血小板を製造した。この血小板は培養皿内でNK細胞に攻撃されないことに加え、新たに確立したマウスモデルにおいて問題なく循環することを実証した。HLAクラスI欠失iPS血小板は万人に輸血可能な“ユニバーサル”製剤として期待ができる。

研究の背景

血小板輸血患者の5%程度に起こる、免疫反応が関与する血小板輸血不応症では、血小板の型が合致しないと拒絶されてしまうため献血可能なドナーが限られ、供給が不足するリスクは高くなります。このような血小板輸血不応症は、妊娠や血小板輸血を通じて、自分と異なるHLAクラスIに対する抗体ができてしまうのが主因となっています。そのためHLAクラスIを欠失させることにより、抗HLAクラスI抗体に拒絶されない“ユニバーサル”な血小板製剤の開発が検討されていました。

江藤教授、杉本講師らのグループは、2010年にヒトiPS細胞から血小板が生産できることを発表しましたが、輸血に必要なスケールでの血小板作製技術を開発するため、血小板を生み出す巨核球に着目して研究を進めてきました。

2014年に、ヒトiPS細胞から自己複製が可能な巨核球を誘導することに成功し、生体外で凍結保存も可能な不死化巨核球株(imMKCL)として作製する方法を確立しました(中村ら2014)。2018年には、巨核球から血小板が出来るには「乱流」が重要なことを見出し、乱流が生じるバイオリアクター機を開発し、良質の血小板を効率よく作ることにより、輸血に必要な量を製造することに成功しました(伊東、中村ら2018)。

このimMKCLから作られる血小板がHLAクラスIを発現しないように遺伝子操作をすれば、血小板輸血不応症にも有効な血小板製剤が、実際に輸血製剤スケールに対応可能なシステムで作れることになります。一方、血小板に限らずHLAクラスIが欠失した細胞を輸血あるいは移植してもNK細胞に拒絶されないかの検証はこれまで十分には行われていませんでした。NK細胞は、ウイルス感染細胞や腫瘍細胞などを含むHLAクラスIの発現が低下した細胞を攻撃することが知られていますが、ヒトNK細胞を有し、HLA欠失細胞が拒絶される動物モデルは確立されていませんでした。

研究結果
1)ゲノム編集技術を用いてHLAクラスI欠失iPS血小板の製造に成功

まず、HLAクラスIを発現しない血小板を作るため、iPS細胞からHLAクラスIの構成分子であるβ2マイクログロブリン(B2M)注8)をゲノム編集により欠失させました。このB2M欠失iPS細胞からimMKCLを作製し、HLAクラスIを発現しない血小板(HLA欠失iPS血小板)を製造することに成功しました。

HLA欠失iPS血小板は、HLA欠失操作を行なっていないiPS血小板(野生型iPS血小板)と比較して、産生性やサイズ、血小板表面分子の発現や形状において、また、品質と機能面において、同等であることを確認しました。

2)HLA欠失iPS血小板はNK細胞に攻撃されない

次に、HLAクラスIの発現を失った細胞を攻撃することが知られているNK細胞が血小板を攻撃しないかの検証を行うため、ヒトNK細胞と培養皿での共培養実験を行いました。10人以上の健常人ボランティアの血液から単離したNK細胞は、HLAクラスIの発現が欠失した白血病細胞株K562に対しては攻撃活性の指標であるCD107aの発現がはっきりと上昇していましたが、iPS血小板に関してはHLAの有無によらずCD107aの発現上昇は全く見られませんでした(図1)。

図1:NK細胞の攻撃活性レベルを示したグラフ
iPS血小板はNK細胞の攻撃活性を誘導しない

また、なぜ血小板が攻撃されないかの原因を探るため、NK細胞を活性化したり、逆に抑制する分子の発現を検証しました。フローサイトメトリー法注9)で細胞表面の分子の発現を解析したところ、K562細胞に発現しているような、NK細胞を活性化する分子発現は認めませんでした。他方、NK細胞を抑制する分子などが血小板に発現していることも有りませんでした。これらのことから、血小板がNK細胞に攻撃されないのは、積極的に抑制することはないものの、活性化する分子を発現しないことが一因と示唆されました。

3)NK細胞も含めたヒト免疫細胞を持ったマウスを確立し、HLA欠失iPS血小板の循環を動物モデルで実証

さらに、HLA欠失iPS血小板が実際に生体内でNK細胞にも攻撃されずに循環するかを検証しました。熊本大学との共同研究により、まずヒト免疫細胞を持つマウスモデルの作出を行いました。このマウスにヒト臍帯血由来の造血幹細胞を移入することによりヒト造血をマウスの体内で行えるようにし、NK細胞増殖促進因子を投与してヒトNK細胞を増やしました。次に、血小板輸血不応症の状態を再現するため、抗HLAクラスI抗体を投与した状態で、HLA欠失型と野生型のiPS血小板を混ぜて投与してiPS血小板の循環実験を行いました。投与した抗体がHLAを認識しないコントロール抗体の場合は、iPS血小板のHLA欠失型と野生型の比率は時間が経っても変わりませんでしたが、抗HLAクラスI抗体を投与した場合には、iPS血小板投与30分後の野生型の比率が減少し、3時間後以降はHLA欠失型のみが循環していました(図2)。これらのことから、HLA欠失iPS血小板は、高いNK細胞数が保たれている免疫応答状態でも、HLAクラスIによる血小板輸血不応症の状態でも有効であることが動物モデルで実証されました。

図2:HLA欠失iPS血小板のマウスモデルでの検証

本研究の意義と今後の展望

本研究では、臨床応用が進められているiPS血小板システムにHLAクラスI欠失技術を組み込むことに成功し、NK細胞を含めた培養皿での実験と動物モデルを用いた免疫反応の検証を行い、HLA欠失iPS血小板が抗HLA抗体、NK細胞の何れからも攻撃されないことを確認しました。この成果は、HLA欠失iPS血小板が“ユニバーサル”なHLA適合製剤として使用できる概念実証(POC:proof-of-concept)に当たります。HLA欠失iPS血小板の臨床応用は、HLAクラスIの不適合に由来する血小板輸血不応症の方の供給リスクの解消と、iPS血小板のコスト低減にも繋がると期待されます(図3)。

さらに本研究は、血小板がHLAクラスIを発現していなくても生体内のヒトNK細胞に攻撃されないというユニークな特性を突き止めました。このような免疫的な性質、そしてimMKCLマスターセルから無菌的に均一な製剤を製造が出来ることから、HLA欠失iPS血小板は、創傷部位の再生やドラッグ・デリバリー・システム注10)など、血小板の様々な新しい用途にも有用と考えられます。

図3:HLA欠失iPS血小板製の展望
従来の巨核球株マスターセルバンク戦略では、HLAクラスIを適合させるには多くのライブラリーを取り揃える必要があるが、HLA欠失iPS血小板であればベストな株から“ユニバーサル”単一製剤として製造が可能であり、産業化につながる。また均一な品質は血小板の応用治療の器材としても適している。

論文名と著者
論文名
“iPSC-derived platelets depleted of HLA class-I are inert to anti-HLA class-I and NK cell immunity”
ジャーナル名
Stem Cell Reports
著者
Daisuke Suzuki1, Charlotte Flahou1, Norihide Yoshikawa1, Ieva Stirblyte1, Yoshikazu Hayashi2, Akira Sawaguchi3, Marina Akasaka1, Sou Nakamura1, Natsumi Higashi1, Huaigeng Xu1, Takuya Matsumoto1, Kosuke Fujio1,4, Markus G Manz5, Akitsu Hotta1, Hitoshi Takizawa2, Koji Eto1,6, *, Naoshi Sugimoto1, *
著者の所属機関
  1. 京都大学iPS 細胞研究所(CiRA)
  2. 熊本大学 国際先端医学研究機構 (IRCMS)
  3. 宮崎大学医学部 解剖学講座
  4. 大塚製薬株式会社 先端創薬研究所
  5. University and University Hospital Zurich, Switzerland
  6. 千葉大学 再生治療学研究センター

*:共同責任著者

本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  • AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラム再生医療の実現化ハイウェイ「iPS細胞技術を基盤とする血小板製剤の開発と臨床試験」
  • AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラム(技術開発個別課題)「HLAクラスI欠失ユニバーサル血小板の産業化導出に向けた研究開発」
  • AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラムiPS細胞研究中核拠点
  • 日本学術振興会 基盤研究
  • 日本学生支援機構第一種奨学金
  • 日本政府(文部科学省)奨学金(国費外国人留学生)
用語説明
注1)HLAクラスI
HLAはヒトの主要組織適合遺伝子複合体(MHC)であるヒト白血球型抗原(Human Leukocyte Antigen)の略で、HLAクラスIは本来病原体成分タンパクなどの一部を乗せてTリンパ球に示すことで強力な免疫反応を引き起こすが、免疫システムは自己と異なるHLAに対しては病原体タンパクの有無によらず強く反応する。HLAの型は非常に多様で、A座(HLA-A)、B座(HLA-B)などと呼ばれる組み合わせで構成されており、各座に数十種類の型があるため、あわせて数万通りの組み合わせがある。細胞や組織が移植されて起こる拒絶反応の最大の要因は、HLAの型が異なっていることによる。
注2)血小板
血液に含まれる細胞成分であり、出血の際、血小板の活性化が起こって血小板どうしが凝集して傷口を塞ぐ働きをする。骨髄にいる巨核球から分離して作られる。
注3)血小板輸血不応症
血小板を輸血しても、血小板数が想定よりも増えない状態。
注4)抗HLA抗体
自分と異なるHLAに反応する抗体。血小板にはHLAクラスIが発現しており、妊娠や血小板輸血を契機に抗HLA抗体が出来ると、血小板輸血不応症になる。
注5)NK細胞
免疫においてはたらく細胞の一種。NK細胞はHLAに提示される抗原特異的な免疫反応を示さず、非特異的に細胞を障害するといった免疫反応(自然免疫)を示す。ただし、主に自己のHLAクラスIにより活動が抑制されることが分かっている。
注6)ゲノム編集技術
ゲノム編集技術とは、ゲノムの特定標的部位にDNA損傷を誘導することでDNA配列を編集する技術の一つ。
CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)-Cas9というDNA切断酵素と、切断させたい場所へとCas9を誘導するガイドRNAを使うことで、任意の場所のDNAを切断することができる。切断されたDNAが修復する際にゲノムDNAの一部が欠失するため、遺伝子の機能(タンパク質発現)をノックアウトすることができる。
注7)巨核球株(imMKCL)
巨核球は造血幹細胞から作られ、血小板を生み出す細胞。巨核球は成熟すると核分裂はするが細胞分裂はしないという特殊な分裂を行い、大型で多核の細胞になる。imMKCLは、iPS細胞から出来る巨核球に遺伝子導入をすることにより樹立された、増幅と成熟の切り替えが可能な細胞株。
注8)β2マイクログロブリン(B2M)
HLAクラスIの構成成分の一つで、B2Mの遺伝子を欠失させるとHLAクラスIを発現しなくなる。
注9)フローサイトメトリー解析
流動細胞計測法。レーザー光を用いて光散乱や蛍光測定を行うことにより、水流の中を通過する単一細胞の大きさ、DNA量など、細胞の生物学的特徴を解析することができる。
注10)ドラッグ・デリバリー・システム
体内の薬物分布を量的・空間的・時間的に制御し、コントロールする薬物伝達システムのことである。血小板は薬剤を運ぶキャリアーとしても研究がされている。
お問い合わせ先

京都大学iPS 細胞研究所(CiRA)
研究支援部門 国際広報室
大内田 美沙紀

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
戦略推進部 再生医療研究課

医療・健康細胞遺伝子工学生物化学工学
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