2020 01-02 国立長寿医療研究センター,東北大学,久留米大学,株式会社テクノスルガ・ラボ
ポイント
- 研究チームは、もの忘れ外来の患者さんから便検体を集め、腸内細菌と認知機能との関係を調査しています。今年1月にも認知症との関連について報告しました。
- 今回、認知症でない人を対象にして調査した結果、認知症の前段階である軽度認知障害においても、腸内細菌は認知機能低下に強く関連すると判明しました。
腸内細菌の変化は軽度認知障害のリスクを約5倍高めます。 - 今回の成果は、認知症になる前から腸内細菌に変化が生じることを示しています。
- 腸内細菌の解析に加えて、生活習慣病や食事・栄養環境を詳細に調査することで、認知症のリスクを軽減できる糸口が発見できるかもしれません。
国立長寿医療研究センターの佐治直樹もの忘れセンター副センター長らは、もの忘れ外来の受診患者さんの便検体を収集し、バイオバンクに保存された臨床情報を活用して腸内細菌と認知機能との関連を解析しました。解析の結果、腸内細菌の変化は軽度認知障害の独立した関連因子であることを発見しました。この研究は、国立研究開発法人国立長寿医療研究センターの長寿医療研究開発費、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センターの「知」の集積と活用の場による革新的技術創造促進事業(異分野融合発展研究)の支援のもと実施され、その研究成果は英国の科学雑誌Scientific Reportsに2019年12月18日19時(日本時間)にオンライン版で発表されます。
研究の背景
本邦における認知症医療施策の実現のため、2015年に新オレンジプランが策定されました。そして、認知症の病態解明や治療薬の開発などを目標に認知症研究の基盤が整備されました。2016年から国立長寿医療研究センターを中心に、オレンジレジストリ研究(注)が開始され、認知症制圧のため様々な研究が展開されています。今回ご報告する腸内細菌の研究も、認知症に関する現在進行中の臨床研究です。
近年、腸内細菌は消化管の病気や免疫などの身体システムに影響することがわかってきました。最近では、認知症との関連も海外で報告されています。私達も、認知症の有無によって腸内細菌の組成(腸内細菌叢)が大きく変化するという新知見を2019年1月に発表しました。しかし、認知症の前段階である軽度認知障害の状態と腸内細菌との関連については未解明でした。
(注)日本医療研究開発機構(AMED)が展開する認知症に関する多施設大規模レジストリ研究事業
今回の研究成果の概要
研究チームは、国立長寿医療研究センターもの忘れ外来を受診した患者さんに認知機能検査や頭部MRI検査などを実施、検便サンプルを同センター・バイオバンクに収集しました(図1)。まず、T-RFLP法で腸内細菌叢を解析しました(図2:株式会社テクノスルガ・ラボ)。T-RFLP法は、糞便から細菌由来のDNAを抽出し腸内細菌叢を網羅的に解析する手法です。次いで、認知症でない患者さんを対象に、腸内細菌の組成と軽度認知障害の関連について統計学的に分析しました(久留米大学室谷健太准教授)。その結果、軽度認知障害群では、認知機能正常群と比べてバクテロイデス優位群が有意に多いことがわかりました(55.7% vs. 19.1%, P=0.009)。バクテロイデス優位群は、大脳白質病変(脳MRIの異常所見)が多く(34.4% vs. 4.8%, P=0.009)、VSRADスコア(海馬の萎縮度)も高値でした(中央値0.96 vs. 0.52, P=0.01)。さらに、多変量解析によって既知の認知症危険因子を調整しても、バクテロイデス優位群は軽度認知障害の有意な関連因子と判明しました(オッズ比 5.36, 95%信頼区間1.30-28.7, P=0.019)。これは、年齢や性別などの危険因子とは関係なく、腸内細菌の変化が軽度認知障害のリスクを約5倍高めることを意味します。今後、東北大学大学院農学研究科の都築毅准教授と共同で、食事や栄養と腸内細菌の関連についても解析する予定です。
図1:腸内細菌の研究の流れ
図2:腸内細菌叢の解析
研究の意義
腸内細菌が認知機能に関連する、という新知見は臨床的意義が非常に大きいと思います。腸内細菌叢を詳細に解析することが認知症制圧のための新たな切り口となり、新規予防法の開発への糸口になるかもしれません。中国でも腸内細菌に関連した認知症治療薬が開発されており、臨床応用への研究が進んでいます。オレンジレジストリ研究は、日本の認知症に関する研究基盤になっており、今後、この研究基盤を利活用した研究の推進が期待されます。
今回の論文についての掲載情報
著者
Naoki Saji, Kenta Murotani, Takayoshi Hisada, Tsuyoshi Tsuduki, Taiki Sugimoto, Ai Kimura, Shumpei Niida, Kenji Toba, Takashi Sakurai.
タイトル
The relationship between the gut microbiome and mild cognitive impairment in patients without dementia: a cross-sectional study conducted in Japan.
掲載雑誌
Scientific Reports
掲載雑誌のURL
https://www.nature.com/articles/s41598-019-55851-y
論文の図表
図. グラフィカルモデル. 線の太さは関連の強さ、
緑色は正の関連、赤色は負の関連を示す。
軽度認知障害(MCI)と腸内細菌(en1)に正の関連がある。
オレンジ色は統計学的に有意な項目を示す。軽度認知障害は、
年齢、APOE(アポE:アルツハイマー病の関連遺伝子)、
腸内細菌の変化(バクテロイデス優位)と関連する。
※語句解説
オッズ比:疾患に関与しうる程度。
95%信頼区間:オッズ比の確からしさの範囲。
P値:偶然のバラツキで観測値より極端な結果となる確率
腸内細菌叢(腸内フローラ)についての背景
(腸内フローラの年齢による変化)
(腸内細菌の代謝と疾病)
出典:腸内フローラと健康
伊藤喜久治(東京大学大学院能楽生命科学研究科)
補足資料
全国展開されている認知症関連登録追跡システム
(オレンジレジストリ)
新オレンジプラン7本の柱に対応した、
オレンジレジストリの基礎と基礎・臨床・社会学的研究
論文情報
研究チームによる腸内細菌研究に関するこれまでの論文情報
著者
Naoki Saji, Shumpei Niida, Kenta Murotani, Takayoshi Hisada, Tsuyoshi Tsuduki, Taiki Sugimoto, Ai Kimura, Kenji Toba, Takashi Sakurai.
タイトル
Analysis of the relationship between the gut microbiome and dementia: a cross-sectional study conducted in Japan.
掲載情報
Sci Rep. 2019 Jan 30;9(1):1008. doi: 10.1038/s41598-018-38218-7.
URL
https://www.nature.com/articles/s41598-018-38218-7
著者
Naoki Saji, Takayoshi Hisada, Tsuyoshi Tsuduki, Shumpei Niida, Kenji Toba, Takashi Sakurai.
タイトル
Proportional changes in the gut microbiome: a risk factor for cardiovascular disease and dementia?
掲載情報
Hypertens Res. 2019 Jul;42(7):1090-1091. doi: 10.1038/s41440-019-0218-6.
URL
https://www.nature.com/articles/s41440-019-0218-6
オレンジレジストリ研究に関する論文情報
著者
Naoki Saji, Takashi Sakurai, Keisuke Suzuki, Hidehiro Mizusawa, Kenji Toba; on behalf of the ORANGE investigators.
タイトル
ORANGE’s challenge: developing wide-ranging dementia research in Japan.
掲載情報
Lancet Neurol. 2016 Jun;15(7):661-662. doi: 10.1016/S1474-4422(16)30009-6.
URL
https://www.thelancet.com/journals/laneur/article/PIIS1474-4422(16)30009-6/fulltext
腸内フローラ研究の流れについてのイラスト引用
『医療と健康イラストカットCD-ROM』(マール社)媒体への掲載許諾を取得済み。
問い合わせ先
この研究に関すること
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター もの忘れセンター 副センター長 佐治直樹
報道に関すること
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター 総務係長 山田隆史