患者自身の脂肪細胞から作られる「DFAT細胞」を用いて世界初の血管再生医療の臨床研究を開始

ad

2020-02-21    日本大学,日本医療研究開発機構

概要

日本大学医学部細胞再生・移植医学分野の松本太郎教授と日本大学医学部心臓血管外科の田中正史教授は、重症下肢虚血の患者を対象に、患者自身の脂肪細胞を培養して作製した「DFAT(ディーファット)細胞」を移植する血管再生医療の開始に向け準備を進めてきました。この度、本件に係わる再生医療等提供計画を2020年2月17日に厚生労働大臣に提出し、日本大学医学部附属板橋病院にてDFAT細胞を用いた世界初の血管再生医療の臨床研究を開始する運びとなりましたので、お知らせいたします。

本件のポイント
  • 再生医療によく用いられる治療用細胞に「間葉系幹細胞」がありますが、患者の年齢や病状により細胞の品質にばらつきが生じやすい、といった問題点がありました。
  • DFAT細胞とは、脂肪に多く存在する成熟脂肪細胞を「天井培養」という方法で培養して作られる間葉系幹細胞に類似した多能性細胞です。
  • DFAT細胞は、少量の脂肪組織から均質な治療用細胞を大量に作ることができることから、実用性の高い再生医療の細胞源として期待できます。
  • 日本大学医学部附属板橋病院は、重症下肢虚血の患者を対象に、DFAT細胞を用いた世界初の血管再生医療の臨床研究を開始します。
内容

閉塞性動脈硬化症(注1)の重症型である重症下肢虚血(注2)は、足の動脈の血流が悪くなることにより足の痛みが生じ、進行すると皮膚潰瘍や皮膚の壊死(黒変)が起こる病態です。治療法として、カテーテルを使った血管内治療やバイパス手術が行われていますが、予後は不良であり、発症1年後には30%が足の大切断に、25%が死亡に至るとされています。近年、重症下肢虚血に対し血管再生効果を期待した細胞治療(注3)が試みられています。「間葉系幹細胞(注4)」は患者自身の骨髄液や脂肪組織から培養して増やすことができ、ES細胞(注5)やiPS細胞(注6)と異なり未分化な状態で移植しても腫瘍を形成せず安全性が高いため、血管再生治療の細胞源として期待されています。一方、間葉系幹細胞は、患者の年齢や病状により細胞の品質にばらつきが生じやすい、培養初期には均質性が低い、採取に伴う患者の負担が比較的大きい、といった問題点が明らかになっています。したがって、患者の年齢や病状に左右されず、均質で安定した性能を示す間葉系幹細胞を製造する技術が望まれているのが現状です。

日本大学の松本太郎教授、加野浩一郎教授らの研究グループでは、これまでに、脂肪組織から単離した成熟脂肪細胞(注7)を「天井培養(注8)」という方法で培養することによって得られるDFAT細胞(脱分化脂肪細胞) (注9)が、間葉系幹細胞に類似した高い増殖能と多分化能を獲得することを明らかにしました(図1)。DFAT細胞は、少量の脂肪組織から患者の年齢や病状に影響されず均質な多能性細胞を大量に製造できることから、実用性の高い再生医療用の細胞として期待できます。DFAT細胞は種々の血管を作る因子を豊富に分泌するとともに血管を構成する細胞への分化能を有し、安定した高い血管新生能を示すことが明らかになっています。また、間葉系幹細胞と同様に未分化な状態で移植しても腫瘍を形成せず、安全に移植できることも動物実験で確認しています。このような知見からDFAT細胞による細胞治療は、動脈が閉塞し血流が悪くなってしまった患者に対して有効な治療法になり得ると考え、重症下肢虚血の患者に対する自家DFAT細胞を用いた血管再生医療の臨床研究を計画するに至りました。そして国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実用化研究事業や日本大学理事長特別研究などの支援を受け、臨床研究の開始に向けた準備を行ってきました。

患者自身の脂肪細胞から作られる「DFAT細胞」を用いて世界初の血管再生医療の臨床研究を開始 説明図1 詳細は本文中に記載

 

図1 DFAT細胞の製造法の概略

成果

この度、「重症下肢虚血患者に対する自家脱分化脂肪(DFAT)細胞移植に関する臨床試験」の再生医療等提供計画が、特定認定再生医療等委員会(湘南鎌倉総合病院特定認定再生医療等委員会)により、再生医療等提供基準に適合している旨の判定を2020年1月27日付けで受けました。この結果をもとに、再生医療等提供計画を2020年2月17日に厚生労働大臣に提出し、日本大学医学部附属板橋病院にて心臓血管外科の田中正史教授を実施責任者とした臨床研究を開始する運びとなりました。計画している臨床研究は、重症下肢虚血の患者6例を対象とし、約10mLの吸引脂肪組織を原料として、自施設内の細胞加工施設(CPF)に設置されたアイソレータを用いて約5週間培養し、必要数のDFAT細胞を製造後、患者の虚血筋肉内20カ所に移植します(図2)。主要評価項目(注10)は安全性の確認であり、移植後52週までに発現した有害事象について評価します。副次評価項目(注11)は有効性の評価であり、重症度分類、虚血性疼痛などの変化を評価します。これらの臨床研究によりDFAT細胞治療の安全性と有効性を検証し、治験への移行について妥当性を明確にしていきます。

患者自身の脂肪細胞から作られる「DFAT細胞」を用いて世界初の血管再生医療の臨床研究を開始 成果イメージ図 内容は本文中に記載

図2 DFAT細胞を用いた臨床研究の概略

今後の展開

DFAT細胞を作成する技術は、少量の脂肪組織から均質で安定した性能を保持した間葉系幹細胞に類似した細胞を大量に製造できる技術であり、「間葉系幹細胞の標準化」といった科学技術上の要請をクリアする可能性を有しています。DFAT研究は多くの国で行われていますが、まだヒトへの投与例はなく、本研究はDFAT細胞を用いた世界初の臨床研究になります。本研究成果は、患者の年齢や基礎疾患に影響されず、低コストで実用性が高い血管再生医療の普及に寄与することが予想されます。更に、現在先行している間葉系幹細胞を用いた細胞治療の大部分を、より安全・安価なものとして普遍的に発展させる可能性を有しています。本研究開発では重症下肢虚血の患者から臨床応用を開始する計画ですが、将来的には心筋梗塞や脳梗塞後遺症などのコモンディジーズに適応を拡大する予定です。これらが実現した場合、より多くの病気に悩む患者に安全・安価な再生医療を提供できることになります。

詳細情報

詳細につきましては下記ウエブサイトを参照してください。

用語解説
(注1)閉塞性動脈硬化症:
足の動脈に動脈硬化が起こり、血液の流れが悪くなる病気。
(注2)重症下肢虚血:
閉塞性動脈硬化症が進行して重症化した状態。足の痛み、皮膚の潰瘍や壊死などの症状が起こり、長期的な治療を必要とする。
(注3)細胞治療:
患者自身または他人の細胞を投与して病気を治す治療法。
(注4)間葉系幹細胞:
骨髄や脂肪組織などに存在する骨、軟骨、脂肪、血管などに分化する能力をもった幹細胞。
(注5)ES細胞:
発生初期の胚の内部細胞塊から作られるさまざまな体細胞に分化する能力をもつ幹細胞。
(注6)iPS細胞:
皮膚や血液などの体細胞に数種類の遺伝子を導入することにより作られるES細胞に類似した幹細胞。
(注7)成熟脂肪細胞:
脂肪組織の中に多く存在する油滴を含み風船のような形をした細胞。体の中では脂質や糖質をエネルギーとして蓄える働きを担っている。
(注8)天井培養:
水に浮く性質をもった細胞を培地で満たした培養容器の天井側に付着させて培養する方法。成熟脂肪細胞を培養する方法として開発された。
(注9)DFAT細胞(脱分化脂肪細胞):
成熟脂肪細胞を天井培養という方法で培養することによって、人工的に作り出される多能性細胞。DFATはDedifferentiated fat(脱分化脂肪)の略。脂肪組織に存在する間葉系幹細胞に似た形質を示し、骨、軟骨、脂肪、血管、心筋などへ分化する能力がある。
(注10)主要評価項目:
臨床試験で最も評価したい項目。
(注11)副次評価項目:
主要評価項目以外に補助的に評価したい項目。
本研究について

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実用化研究事業、日本大学理事長特別研究などの支援を受け行われたものです。

お問い合せ先

松本 太郎(まつもと たろう)

日本大学医学部機能形態学系細胞再生・移植医学分野 教授

AMED事業に関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構

戦略推進部 再生医療研究課

医療・健康細胞遺伝子工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました