オリーブ油の成分が大動脈を守る:オレイン酸を動かし大動脈解離を抑える脂質代謝酵素の同定

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2020-07-15 東京大学,日本医療研究開発機構

大動脈解離は、大動脈壁の中膜が突然破断する予後不良の疾患で、突然死の原因となることから、その診断・予防・治療法の開発は解決すべき喫緊の課題です。しかしながら、大動脈解離にはヒトの臨床を反映する簡便な動物モデルが存在しないため、病態の発症機序は殆ど解明されておらず、それ故に外科的処置以外に予防・治療方策は皆無でした。東京大学大学院医学系研究科村上誠教授、山梨大学医学部呼吸器循環器内科久木山清貴教授らの研究チームは、脂質を代謝する酵素群の生体内機能に関する研究から、血管内皮細胞から分泌される脂質分解酵素が大動脈の健康を維持する脂肪酸(オリーブ油の主成分であるオレイン酸)を作り出し、大動脈解離を防ぐ役割を持つことを発見しました。この成果は、大動脈解離の新規予防・治療法の開発につながると期待されます。

この研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出」研究開発領域(研究開発総括:清水孝雄)における研究開発課題「PLA2メタボロームによる疾患脂質代謝マップの創成とその医療展開に向けての基盤構築」(研究開発代表者:村上誠)、革新的先端研究開発支援事業ステップタイプ(FORCE)、ならびに日本学術振興会科研費(新学術領域研究、基盤研究)の一環として行われました。この研究は、2020年6月1日に米国科学誌『Journal of Biological Chemistry』にオンライン掲載され、特に優れた論文に与えられる“Editors’ Picks”に選ばれました。

研究の背景

大動脈解離*1は大動脈壁の中膜が突然破断することで発症する疾患で、我が国を含む先進諸国で発症が急増しています。中高年者の突然死の原因となることから社会的影響も大きく、中でも全体の6割以上を占める胸部上行大動脈解離は特に予後不良で、院内死亡率は30%を超え、加えて病院到着前死亡が相当数存在すると推定されます。臨床的には、血圧上昇物質であるアンジオテンシンII(AT-II)*2が大動脈解離の主要因の一つとされており、これまでにAT-IIを用いた複数のマウス大動脈解離モデルを用いた研究が試みられてきました。これらの多くは動脈硬化モデルマウス*3にAT-IIを投与する系が利用されていますが、臨床的に大動脈解離は必ずしも動脈硬化と関連しているわけではなく、またヒトとは異なり腹部大動脈に解離を発症する点で、最適なモデルとはいえません。病変部位における細胞外マトリックス*4の脆弱性が大動脈解離発症の一因と考えられていますが、ヒトの臨床病態を反映した胸部上行大動脈解離を発症する簡便な動物モデルが存在しないため、発症機序は殆ど解明されておらず、それ故に疾患の治療方策は手術以外に皆無でした。解離発症後の外科的治療には限界があることから、発症予測および内科的治療・予防法の開発が望まれています。

疫学的に、不飽和脂肪酸の一種であるオレイン酸*5を主成分とするオリーブ油を豊富に含む地中海食が動脈疾患の予防に役立つと言われていますが、その分子基盤は不明でした。栄養素として摂取された脂肪酸は細胞膜を構成するリン脂質に取り込まれ、必要時にリン脂質分解酵素ホスホリパーゼA2(PLA2)*6の作用によりリン脂質から遊離されます。これまでに、PLA2により遊離された脂肪酸代謝物が動脈硬化や心筋梗塞などの循環器疾患に関わることが報告されていましたが、大動脈解離との関連についての知見はありませんでした。

研究の概要

マウス大動脈におけるsPLA2分子群の発現を網羅的に解析した結果、sPLA2-Vが大動脈の血管内皮細胞に構成的に高発現しており、血管内腔表面に結合していることを見出しました。全身性及び血管内皮細胞特異的にsPLA2-Vを欠損させたマウスにAT-IIを投与すると、わずか数日のうちに胸部上行大動脈解離を高率に発症しました(図1A)。この現象は他のsPLA2分子種の欠損マウスでは観察されず、sPLA2-V欠損マウスに特有の表現型でした。sPLA2-V欠損マウスの胸部上行大動脈では、炎症関連遺伝子の発現には変化がありませんでしたが、AT-II刺激によるリジルオキシダーゼ*7(LOX;細胞外マトリックスの主成分であるコラーゲンやエラスチンを架橋する酵素)の発現誘導が野生型マウスと比べて有意に低下していました(図1B)。そこで、sPLA2-V欠損マウスの胸部上行大動脈において変動している遊離脂肪酸を脂質の網羅分析(リピドミクス*8)により探索した結果(図1C)、これまでに報告のある本酵素の基質特異性と合致して、リン脂質からのオレイン酸とリノール酸の遊離が野生型マウスと比べて減少していました。

細胞外マトリックスの構築を促進する因子として、TGF-β1が知られています。培養系において、血管内皮細胞をAT-IIで刺激するとTGF-β1の発現が亢進し、TGF-β1は血管平滑筋細胞にLOXの発現を誘導しました。このLOXの発現誘導は、血管内皮細胞のsPLA2-Vを人為的にノックダウン(発現抑制)するか、またはsPLA2阻害剤を添加することにより消失し、ここにオレイン酸またはリノール酸*9を補充するとLOXの発現が回復しました。分子機序として、これらの不飽和脂肪酸はTGF-β1による小胞体ストレス*10を抑制することで、LOXの発現を増強することがわかりました。すなわち、LOXの発現は転写因子GATA3により負に制御されており、TGF-β1刺激により小胞体ストレスが生じるとGATA3の発現が亢進し、LOXの発現が低下します。オレイン酸やリノール酸は小胞体ストレスを緩和することでGATA3の発現を抑え、結果的にLOXの発現を上昇させます。さらに、sPLA2-V欠損マウスにオリーブ油含有食(高オレイン酸食)またはコーン油含有食(高リノール酸食)を与えると、大動脈において低下していたLOXの発現が正常レベルに戻り、大動脈解離の発症が完全に抑えられました(図1D)。以上の結果から、血管内皮細胞のsPLA2-Vはオレイン酸やリノール酸の遊離を介してLOXの発現を増強し、細胞外マトリックスの架橋を高めることで、大動脈壁の脆弱化を防ぐ役割を持つことがわかりました(図2)。本研究は、不飽和脂肪酸(オレイン酸、リノール酸)の大動脈解離予防効果に新たな学術的理解を与えるとともに、大動脈壁の微小環境においてこれらの脂肪酸が内因的に動員されるメカニズムの一端を解明したものです。

オリーブ油の成分が大動脈を守る:オレイン酸を動かし大動脈解離を抑える脂質代謝酵素の同定

図1.sPLA2-V欠損マウスにおける大動脈解離の表現型(A)血管内皮細胞特異的sPLA2-V欠損マウス(KO)と対照の野生型マウス(WT)にAT-IIを数日間投与した時の胸部大動脈の写真(左)。欠損マウスは胸部上行大動脈において高頻度に大動脈解離を発症する(矢印の部分)。右のグラフは大動脈解離の発症頻度をグラフ化したもの。KOでは大動脈解離(Dissection)を発症する個体が高頻度に出現し、その一部は大動脈破裂(Rupture)に至るが、WTはほとんど発症しない。
(B)AT-II投与群と対照群(Sham)の胸部上行大動脈におけるLOX発現の定量的PCR。野生型マウス(青)ではAT-II処置によりLOXの発現が増加するが、sPLA2-V欠損マウス(赤)ではこの発現増加が部分的にしか見られない。
(C)胸部上行大動脈における遊離脂肪酸のリピドミクス解析。各脂肪酸につき、野生型マウスのSham群を基準(白)とした時に、それより増えている脂肪酸を赤色、減少している脂肪酸を青色で示している。WTではAT-II投与によりオレイン酸(OA)とリノール酸(LA)が顕著に増加するが(黄枠)、欠損マウスではこの増加が小さい。この結果は、sPLA2-VがAT-II刺激を受けた大動脈からOAとLAを遊離していることを強く示唆している。アラキドン酸(AA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などの高度不飽和脂肪酸にも同様の傾向が見られるが、量的にはOAやLAの方がAA, DHAよりも圧倒的に多い。
(D)sPLA2-V欠損マウスに高オレイン酸食または高リノール酸食を与えると、大動脈解離の発症がほぼ完全に抑えられる。

図2.大動脈におけるsPLA2-Vの役割内皮細胞から分泌されたsPLA2-Vが、AT-IIの刺激を受けた大動脈壁の細胞膜に作用し、OAおよびLAを産生する。これらの不飽和脂肪酸が、平滑筋からのLOX産生を促進することで、動脈壁を安定化して大動脈解離を予防する。

今後の展望

sPLA2-V欠損マウスは、簡便な処置で高頻度に胸部上向大動脈解離を誘発できる世界初の心血管病モデルといえます。このことから、sPLA2-Vによる脂肪酸の遊離を賦活化する戦略は、大動脈解離の新規予防・治療法の開発につながることが期待されます。例えば、血管内皮細胞のsPLA2-Vを抗体あるいは薬剤で安定化させる、遺伝子治療によりその発現を増強させる、食生活の改善や健康食品の摂取を通じて適量のオレイン酸やリノール酸を補充するなどの方策が将来の予防・治療構想として考えられます。また、血中のsPLA2-Vをモニタリングできる簡易診断法を開発することで、大動脈解離の発症を予測できる可能性があります。また本研究は、オリーブ油に富む地中海食が血管の健康に良い影響を及ぼす分子機序の一部を提供するものです。

用語の解説
*1 大動脈解離
大動脈は、心臓から送り出された血液が通る最も太い血管で、心臓から出てまず上に向かい(上行大動脈)、弓状に曲がって背中側に回りながら脳や腕に栄養を運ぶ3本の血管を分岐し(弓部大動脈)、下に向かう(下行大動脈)。ここまでが胸部大動脈で、横隔膜を貫くと腹部大動脈と名前を変え、腹部の内臓へ枝分かれした後、左右に分岐して下肢に向かう。大動脈は内膜、中膜、外膜の3つの層からなる。3つの層がそのまま膨らむのが大動脈瘤であるのに対し、内膜にできた傷から中膜の中に血液が流れ込んで裂けてしまい、大動脈の薄い壁の中に血液が流れる第二の道(偽腔)ができる状態を大動脈解離と呼ぶ。ヒトでは胸部上向大動脈で発症しやすく、何の前触れもなく胸や背中の激痛とともに起こり、血管の壁が裂けて薄くなる。薄くなった壁から血液が浸み出しショック状態(血圧が下がり、意識が遠のく)に陥ることがあり、破裂すれは予後不良である。時間が経過して比較的安定した状態になっても、一度解離した大動脈の壁は脆くなっているため、解離性大動脈瘤を形成して治療が必要になることもある。現状では、外科的手術が唯一の治療法である。
*2 アンジオテンシンII
血圧上昇(昇圧)作用を持つ生理活性ペプチドの1種。アンジオテンシンにはI~IVの4種が存在し、IIが最も強力な生理活性を有する。アンジオテンシンIIは心臓の収縮力を高め、細動脈を収縮させることで血圧を上げる。また、副腎皮質からのアルドステロンの分泌を亢進して腎臓の集合管でのナトリウムの再吸収を増加するとともに、脳下垂体後葉からのバソプレッシンの分泌を促進して水分の再吸収を促進することにより、血圧の上昇をもたらす。アンジオテンシンIIの合成に関わるアンジオテンシン変換酵素(ACE)の働きを止めるタイプの薬剤をACE阻害薬と呼び、降圧薬として臨床の現場で汎用されている。
*3 動脈硬化モデルマウス
アテローム性動脈硬化のモデルマウスとして多く使われているのがApoE欠損マウスとLDL受容体欠損マウスである。ApoEは、LDLやHDLなどのリポタンパク質を構成する主要アポリポタンパク質の一つであり、LDL受容体のリガンドとして機能する。ApoEまたはLDL受容体を欠損すると、LDLが肝細胞に取り込まれなくなるため血中のコレステロール濃度が増加し(高コレステロール血症)、動脈硬化の発症へとつながる。
*4 細胞外マトリックス
細胞の外に存在する不溶性物質であり、細胞外基質とも呼ばれる。細胞外の空間を充填すると同時に、物理的な支持体としての役割、細胞-基質接着における足場としての役割を担う。コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、エラスチン等は細胞外マトリックスを構成する代表的なタンパク質である。
*5 オレイン酸
炭素数が18で、オメガ末端(脂肪酸のメチル基末端)から数えて9番目の炭素にシス型の不飽和結合を一つ有する脂肪酸。C18:1 n-9と表記される(18は炭素数、1は二重結合の数、9は二重結合の位置)。栄養素として植物油や動物油から容易に摂取され、特にオリーブ油には豊富に含まれている。動物細胞は、アセチルCoAからパルミチン酸(C16:0)、ステアリン酸(C18:0)を経て、脂肪酸不飽和化酵素SCD1(Stearoyl-CoA desaturase)の作用によりオレイン酸を合成することができる。
*6 ホスホリパーゼA2
グリセロリン脂質のグリセロール骨格sn-2位のアシル結合を加水分解して脂肪酸とリゾリン脂質を遊離する酵素群の総称。哺乳動物では30種類以上の分子種が存在し、それぞれが特有の生命応答に関わることが明らかとなってきている。このうち細胞外に分泌されるPLA2はsPLA2(secreted PLA2)と呼ばれ、哺乳動物には11種の分子種が存在する。本研究ではそのうちのひとつ(sPLA2-V)を取り扱っている。
*7 リジルオキシダーゼ
リジルオキシダーゼ(LOX;lysyl oxidase)は、細胞外マトリックスの主要なタンパク質であるエラスチンやコラーゲンのリジン残基側鎖のアミノ基を脱アミノ化しアルデヒドへと酸化する酵素で、このアルデヒドによってタンパク質間の架橋が促進され、細胞外マトリックスが安定化すると考えられる。
*8 リピドミクス
ゲノミクス(遺伝子)、プロテオミクス(タンパク質)、グライコミクス(糖)に対応する、脂質を対象とした網羅的解析を指す。それぞれの脂質分子種の分子量が異なることを利用して、組織や細胞などの検体に存在する多種多様な脂質分子種を質量分析により一斉に同定、定量する。最近の質量分析の高感度化により、微量の脂質分子種を容易に定量検出することが可能となった。
*9 リノール酸
炭素数が18で、オメガ末端から数えて6番目と12番目の炭素にシス型の不飽和結合を二つ有する脂肪酸。C18:2 n-6と表記される。ヒトを含む哺乳動物はリノール酸を合成することができず、栄養素として摂取する必要があるため、必須脂肪酸に分類される。コーン油などの植物油に豊富に含まれている。
*10 小胞体ストレス
正常な高次構造を取ることができなかった変性タンパク質が小胞体に蓄積し、細胞への悪影響(ストレス)が生じる現象。細胞にはその障害を回避し、恒常性を維持する仕組みが備わっており、小胞体ストレス応答と呼ばれる。変性タンパク質はIRE1a、ATF6、PERK 等の小胞体ストレスセンサーによって感知され、小胞体ストレス応答を誘導する。小胞体ストレス応答は、タンパク質の翻訳効率を下げるとともに、分子シャペロンの量を増やしてタンパク質の高次構造を補正し、変性タンパク質を取り除く。過度の小胞体ストレスは細胞死を誘導し、様々な疾患の要因となる。
論文タイトル

“Group V secreted phospholipase A2 plays a protective role against aortic dissection”
Kazuhiro Watanabe, Yoshitaka Taketomi, Yoshimi Miki, Kiyotaka Kugiyama, Makoto Murakami
J. Biol. Chem. jbc.RA120.013753. doi:10.1074/jbc.RA120.013753

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東京大学医学部総務チーム(総務担当)

AMED事業に関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課

医療・健康生物化学工学
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