免疫寛容の誘導による肺線維症の新規治療法の開発に期待
2020-09-17 順天堂大学,日本医療研究開発機構
概要
順天堂大学大学院医学研究科 難病の診断と治療研究センターの須藤絵里子グレース 助教、奈良岡佑南 研究員らの研究グループは、ヒト皮下脂肪組織から分離したCD73陽性細胞*1を肺線維症*2モデルマウスへ投与することで肺線維化を軽減することに成功しました。研究グループはまず、ヒト皮下脂肪由来のCD73陽性細胞は高い増殖力があり、移植治療に有用な間葉系幹細胞のマーカー分子*3を高く発現していることを明らかにしました。そしてこのヒト皮下脂肪由来CD73陽性細胞を肺線維症モデルマウスへ点鼻投与することによって、① CD73陽性細胞が肺組織へのマクロファージの浸潤を抑制し、②肺の線維化を抑制する可能性があることを明らかにしました。本成果は、免疫寛容*4の誘導によるヒト皮下脂肪由来CD73陽性細胞を用いた肺線維症の新規治療法の開発に繋がります。また、新型コロナウイルスによる肺炎の後遺症として問題になっている肺の線維化改善につながることが期待されます。本論文はScientific Reports誌のオンライン版に2020年9月15日付けで公開されました。
本研究成果のポイント
- ヒト脂肪組織、胎盤組織からCD73陽性細胞の分離を行い、肺線維症への有用性を検証した。
- CD73陽性細胞は皮下脂肪に多く、マウス肺線維症モデルへの移植によって肺線維化の軽減に成功した。
- ヒト皮下脂肪由来CD73陽性細胞を用いた肺線維症の新規治療法の開発へ。
背景
肺線維症は免疫異常や薬剤、遺伝子異常などが原因となり、肺の間質に線維化が起こる難治性疾患で、ステロイドや免疫抑制剤によってその症状が緩和されるものの、特効薬はまだありません。そのため、免疫寛容を誘導する細胞の移植による新規治療法の開発が進められています。研究グループは先行研究で、間葉系幹細胞の中でもより免疫寛容の能力が高い“CD73陽性細胞”を発見しました。そこで今回、CD73陽性細胞の特性を明らかにすることを目的に、どの組織に多く存在しているのかを調べ、さらに肺線維症モデルマウスへ移植を行い、その有用性を検証しました。
内容
本研究では、ヒト皮下脂肪、内臓脂肪、胎盤の各組織からCD73を発現している細胞のみをフローサイトメトリー*5で分離しました。その結果、皮下脂肪には多くのCD73陽性細胞が含まれており、それらは高い増殖力を持つことが確認できました。さらに、皮下脂肪から分離したCD73陽性細胞は他の組織に比べて、細胞表面に発現している間葉系幹細胞マーカー分子の発現量が培養前後で変化しないことが分かりました。これは細胞の特性が増殖によって変化しにくいことを示しており、細胞数を増やす操作が不可欠な移植には、皮下脂肪由来のCD73陽性細胞が適していることが明らかになりました。
次に、肺線維症モデルマウスの肺の線維化が形成される時期に、皮下脂肪由来CD73陽性細胞を複数回点鼻投与しました。初回の細胞投与から2週間後に肺洗浄液を回収し、炎症細胞の浸潤を調べました。その結果、CD73陽性細胞を投与した群と非投与群との比較では投与群に炎症に関わる白血球のマクロファージが減少しており、その数に明らかな差が認められました。さらに摘出した肺組織の染色像を顕微鏡で調べたところ、CD73陽性細胞投与によって肺の線維化が軽減され、白血球のマクロファージの数が減少していることが確認できました(図1)。
以上の結果から、CD73陽性細胞の分離には皮下脂肪が適していること、線維化状態の肺に投与することで免疫寛容を誘導し、炎症を抑制して線維化を軽減する働きがあることが明らかになりました。
今後の展開
今回、研究グループはCD73陽性細胞の特性を明らかにするため、複数のヒト組織から分離した細胞を培養し、細胞表面分子の解析を行いました。また、過剰な炎症反応が起こっている肺線維症モデルマウスに皮下脂肪由来CD73陽性細胞を投与することで、免疫寛容能が誘導されることを示しました。CD73陽性細胞は研究グループが発見した細胞であり、未解明な点が多く残っているため、より詳細な特性解析、機能解析が必要です。さらにCD73陽性細胞がもつ免疫寛容の仕組みを明らかにすることで、ヒト皮下脂肪由来CD73陽性細胞を用いた肺線維症などの難病の新規治療法の開発に繋がります。また、新型コロナ肺炎の後遺症として問題になっている肺の繊維化改善につながることが期待されます。
用語解説
- *1 CD73陽性細胞:
- 細胞表面にCD73という抗原を発現している細胞。
- *2 肺線維症:
- 肺の間質に線維化が起こり、酸素を取り込めなくなる疾患。病因は免疫異常や薬剤、遺伝子異常によるものなど、様々である。難治性疾患。
- *3 間葉系幹細胞のマーカー分子:
- 間葉系幹細胞の表面に特異的に発現しているタンパク質。
- *4 免疫寛容:
- 特定の抗原に対する免疫反応が抑制されること。
- *5 フローサイトメトリー:
- 一つ一つの細胞にレーザーを照射して解析することで、細胞の特性を評価する装置。
原著論文
本研究はScientific Reports誌のオンライン版で(2020年9月15日付)先行公開されました。
- タイトル:
- Advantage of fat-derived CD73 positive cells from multiple human tissues, prospective isolated mesenchymal stromal cells
- タイトル(日本語訳):
- ヒト組織から分離したCD73陽性細胞の有効性
- 著者:
- Eriko G. Suto1,4, Yo Mabuchi1, Saki Toyota1, Miyu Taguchi1, Yuna Naraoka1,4, Natsumi Itakura1, Yoh Matsuoka2, Yasuhisa Fujii2, Naoyuki Miyasaka3, and Chihiro Akazawa1,4
- 著者(日本語表記):
- 須藤絵里子グレース1、4)、馬渕洋1)、豊田咲希1)、田口未悠1)、奈良岡佑南1、4)、板倉夏海1)、松岡陽2)、藤井靖久2)、宮坂尚幸3)、赤澤智宏1、4)
- 著者所属:
- 1)東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子生命情報解析学、2)東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科腎泌尿器外科学、3)東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科腎泌器官システム制御学講座生殖機能協関学4)順天堂大学医学部 難病の診断と治療研究センター
- DOI:
- 10.1038/s41598-020-72012-8
本研究への支援
本研究はJSPS科研費(JP16K19191)、AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラム、JST未来社会創造事業(JPMJMI18CB)、公益財団法人 武田科学振興財団、および公益財団法人 上原記念生命科学財団の支援を受け多施設との共同研究の基に実施されました。
なお、本研究をご理解いただき検体を提供くださった方々、ご協力いただいた皆様には深謝いたします。
お問い合せ先
研究内容に関するお問い合せ先
順天堂大学大学院医学研究科
難病の診断と治療研究センター
教授 赤澤 智宏(あかざわ ちひろ)
事業に関するお問い合せ先
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
再生・細胞医療・遺伝子治療事業部 再生医療研究開発課