脳深部の炎症を引き起こすうつ病関連遺伝子PCSK5を発見~マウスの実験で確認~

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2020-09-17 広島大学,日本医療研究開発機構

本研究成果のポイント

  • 脳深部で働くPCSK5※1遺伝子がうつ病のような行動をマウスで引き起こすことを発見しました。
  • 活性化したPCSK遺伝子は、脳の炎症反応を増悪させることを明らかにしました。
  • 今回の結果は、これまでにないPCSK5遺伝子を作用点とした新規抗うつ薬の開発につながると期待されます。

概要

広島大学大学院医系科学研究科 相澤秀紀教授と同 脳・こころ・感性科学研究センター 山脇成人特任教授の研究グループは、脳深部で炎症に関与するPCSK5遺伝子がうつ病のような症状を引き起こすことを動物実験の結果から明らかにしました。

うつ病は広く見られる精神疾患であり、世界の全人口の約4%が苦しんでいます。一方で、自殺率や再発率が高いことからその治療薬や予防薬の開発が社会的な課題となっています。

うつ病の病態を詳しく調べるために研究グループは、慢性的にストレス状態に置かれることでうつ病のような行動を示すマウスを調べ、これまであまり研究の進んでいなかった脳深部の微小領域である手綱核(たづなかく)という部分に炎症反応が見られることを確認しました。次世代シーケンサーを使い遺伝子発現を網羅的に調べたところ、手綱核では炎症反応に関与するPCSK5遺伝子が活性化しており、PCSK5遺伝子の働きを抑えたマウスでは脳内の炎症反応の改善とともに抗うつ効果を認めました。

本研究は、脳の炎症細胞がうつ病の基盤にあることを示すと同時に、炎症に関与するPCSK5を作用点とした新しい抗うつ薬の可能性を示唆するものです。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム及び日本学術振興会 科学研究費補助金新学術領域研究による支援を受けて行われました。本研究成果は、日本時間の2020年9月17日(木)午前9時に米国科学雑誌「Neuropsychopharmacology」オンライン版に掲載されます。

発表論文

論文タイトル
Activation of proprotein convertase in the mouse habenula causes depressive-like behaviors through remodeling of extracellular matrix
著者(研究当時)
伊藤日加瑠1、野崎香菜子1、﨑村建司2、阿部学2、山脇成人3、相澤秀紀1
1.広島大学大学院医系科学研究科神経生物学、2.新潟大学脳研究所、3.広島大学脳・こころ・感性科学研究センター
掲載雑誌
Neuropsychopharmacology
DOI
10.1038/s41386-020-00843-0

背景

うつ病は広く見られる精神疾患であり、世界の全人口の約4%が苦しんでいます。一方で、自殺率や再発率が高いことからその治療薬や予防薬の開発が社会的な課題となっています。また、うつ病の治療を受けても約40%以上の患者で症状の再燃が見られると報告されており、うつ病を治療・予防する新たな抗うつ薬の開発が求められています。

最近の研究成果によると、脳の微弱な炎症性反応が多くの精神疾患の病態に関わることが示されています。実際、感染症や自己免疫疾患に伴ってうつ病のような症状が見られるケースは広く知られています。このように脳の炎症反応は、うつ病の診断や治療を開発する上で重要な標的となっています。

研究成果の内容

うつ病の病態を詳しく調べるために研究グループは、これまであまり研究の進んでいなかった脳深部の微小領域である手綱核に焦点を当てました。手綱核はうつ病の病態に深く関与するセロトニンなどの神経伝達物質の放出を制御する脳部位です。ヒトにも手綱核があり、うつ病での血流異常が報告されるなど、うつ病との関係が注目されています。

慢性的にストレス状態に置かれることでうつ病のような行動を示すマウスの手綱核を調べたところ、炎症細胞の一種である単球が多くみられ、炎症反応を担うサイトカイン※2の産生が増加していました。

この炎症反応の背景にある分子を探索するため、次世代シーケンサーを使い遺伝子発現を詳しく調べたところ、うつ病のような行動を示すマウスでは神経細胞においてPCSK5遺伝子が多く発現していました(図1A)。さらに実験を進め、PCSK5がタンパク質分解酵素MMP※314およびMMP2を活性化することで炎症性細胞の動員を促すことをつきとめました(図2)。

図1 マウスにおけるうつ病様行動に伴う手綱核PCSK5の発現変化とその抑制効果
(A)慢性的にストレス状態に置かれることで引き起こされるうつ病のような行動(横軸)と手綱核におけるPCSK5遺伝子の発現量(縦軸)の関係を示すグラフ。グラフにはストレスによりうつ病様の反応を示す群の他にストレスをかけていない対照群やストレスをかけても個体差により行動の変化しない群も含まれる。これらの群を通してストレスに脆弱なほどPCSK5の増加がみられる。(B)ストレス下におかれたマウスの行動に対してPCSK5の機能抑制が与える影響を示す棒グラフ。対照群に対してPCSK5抑制群のマウスは、うつ病様の行動を示さず、PCSK5の抑制が抗うつ効果を持っていることを示す。星印は平均値の統計的な有意差(危険率1%)を表す。
図2 手綱核におけるPCSK5の役割を示す模式図
これまでの研究から失望や罰により手綱核の神経細胞が活性化し、セロトニン神経系などの神経伝達物質異常に関与することがわかっている。今回の研究成果によると、慢性ストレスが手綱核の神経細胞のPCSK5遺伝子の発現を上昇させた。PCSK5タンパク質は細胞外基質を分解するタンパク質分解酵素MMPを活性化して脳の炎症に関与する単球やミクログリア細胞※4の動きを活発にした。このようなPCSK5遺伝子のはたらきを抑制すると手綱核の炎症反応の改善とともに抗うつ効果が得られた。

マウスのPCSK5遺伝子の働きを阻害したところ、脳内の炎症反応の改善とともに抗うつ効果を示すことから(図1B)、慢性ストレスにより活性化したPCSK5遺伝子がうつ病のような行動異常を引き起こしたと考えられます。

今後の展開

これまでの研究から動物やヒトの手綱核の細胞は、予想と異なる結果による失望や罰を受けた際に活性化することが分かっています。本研究成果は、このような一時的な手綱核の活性化を炎症性変化により慢性化させることでうつ病を引き起こす可能性を示唆しています(図2)。また、炎症反応を引き起こすPCSK5遺伝子とうつ病との関連を示す本研究成果により、PCSK5を標的とした新規抗うつ薬の開発への道が開かれました。

今後はPCSK5が引き起こす手綱核の炎症反応が神経活動に与える影響を動物実験で調べるとともに、PCSK5の遺伝子変異とうつ病の関係についても調べることで脳の炎症反応を起こしやすいうつ病の特徴を明らかにしたいと考えています。

用語説明

※1 PCSK5
Proprotein convertase subtilisin/kexin type 5の略で、MMPなどの他の特定のタンパク質を切断することで活性化させるタンパク質として働く。ヒトの脳における働きには不明な点が多く、本研究成果をもとに今後の研究による解明が期待される。
※2 サイトカイン
細胞が分泌する生理活性タンパク質。特に、免疫細胞同士の情報伝達を担い、炎症反応を制御する。インターロイキンやインターフェロンなどの種類がある。
※3 MMP
Matrix metalloproteinaseの略で、MMP2やMMP14など多数の種類があり、細胞と細胞の間を埋めるタンパク質を分解する酵素としてはたらく。細胞間を埋めるタンパク質は炎症細胞の動きやすさ(遊走能)を左右することから、MMPは生体の炎症反応に関与すると考えられている。
※4 ミクログリア細胞
脳の中にある小型の細胞。脳に何らかの障害が生じると活性化して炎症物質であるサイトカインや活性酸素を放出したり、損傷を受けた細胞を除去するなど、脳内の免疫細胞のような働きをする。

本件に関するお問い合わせ先

研究内容について

広島大学大学院医系科学研究科 教授 相澤秀紀

AMED事業について

日本医療研究開発機構(AMED)
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課

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