起きていた時間を測る神経細胞の発見~寝ないと眠くなる仕組みの一端を解明~

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2022-06-17 筑波大学,日本医療研究開発機構

発表概要

本研究グループはこれまでに、線虫(注1)という単純な体の構造をした生物の睡眠と、哺乳類の睡眠を制御している遺伝子が共通していることを示してきました。今回、この線虫を用いて、「どうして寝ないと眠くなるのか」という問題の解明に取り組み、起きていた時間を計測するタイマーのような役割を果たす神経細胞を発見しました。

まず、線虫が起きたり寝たりを繰り返しているときに、線虫の頭部に存在する神経細胞がどのように活動しているかを測りました。その結果、ALAという名前の神経細胞の活動が、起きている間だんだんと高まり、睡眠に入ると神経活動が低くなることを発見しました。また、ALAの活動を操作する実験から、ALAの活動が高まると、起きている状態から寝ている状態への切り替えが誘導されることを明らかにしました。さらに、ALAが睡眠を制御するにはceh-17という遺伝子が重要であることも分かりました。この遺伝子は哺乳類にも保存されています。

今後、ALAが起きていた時間を測る仕組みについて、ceh-17に着目して、詳しい分子機構を解明する予定です。また、ceh-17を中心とした分子ネットワークが、ヒトの眠気の制御にも関与するかを明らかにしていきます。眠気の実体をより深く理解することは、根本的な治療法の無い睡眠障害や、睡眠不足に起因する精神神経疾患に対する治療・改善方法の開発につながると期待されます。


図 本研究の概要(上段) 本研究で、線虫の覚醒時間を測るタイマーの役割を果たすことが明らかとなったALAという神経細胞の形態の模式図。
(下段) 線虫が起き続けると、ALAにおいて、細胞内カルシウムイオン濃度が徐々に高まっていく。ある程度までALA内のカルシウムイオン濃度が高まると、線虫は覚醒状態から睡眠状態へと移行し、睡眠中にはALA内のカルシウムイオン濃度が減少する。

背景

私たちは、1日の約3分の1の時間を眠って過ごします。健康的な生活には、十分かつ質の良い睡眠が必要不可欠です。最近では、認知症や生活習慣病などさまざまな疾患が、睡眠の不足と関わっていることが分かってきました。私たちにとって身近で重要な睡眠が、どのように制御されているのかにはいまだによくわかっていません。

眠気が強まる時のことを考えると、「夜になると眠くなる」ということと、「起き続けると眠くなる」ということが想起されます。「夜になると眠くなる」のは、体内時計の作用によるものと考えられます。一方、「起き続けると眠くなる」仕組みはよく分かっていません。そこで今回、本研究チームはこの謎の解明に挑みました。

本研究チームは、Caenorhabditis elegans(以下線虫)という単純な体の構造を有する生物を用いて研究を行ってきており、これまでに、いくつかの睡眠を制御している遺伝子が、線虫と哺乳類で共通していることを見いだしています。このことは、線虫を用いて、ヒトを含む哺乳類の睡眠の制御メカニズムを理解できる可能性を示唆しています。

本研究では、「起き続けていると眠くなるのは、起き続けた時間をモニターしている神経細胞が脳に備わっており、起きていた時間がある一定の時間を越えると、その神経細胞が、入眠を促すタイマーとして働く」という仮説のもと、神経細胞の数が限られている線虫において、この仮説と合うような活動パターンを示す神経細胞を網羅的に探しました。

研究内容と成果

最初に、神経細胞の活動の強さの指標となる細胞内カルシウムイオン濃度を、線虫の頭部の多数の神経細胞から同時に記録し、起きている間にカルシウムイオン濃度が徐々に上昇し、眠ると元に戻るような神経細胞を探しました。その結果、ALAという神経細胞において、そのようなパターンを示すことを発見しました(参考図)。

次に、起きているとALAの活動が次第に高まることが、実際に睡眠の制御に関わっているかを調べるために、光遺伝学(注2)という手法を用いて、ALAの活動を人工的に高める実験を行いました。線虫が起きたばかりのタイミング (寝起きで最も眠くないはずのタイミング) でALAを人工的に活性化すると、素早く睡眠状態へと移行することが分かりました。これは、ALAの活動は線虫を睡眠へと誘う作用があることを示しています。

さらに、このALAの特徴的な神経活動パターンが、どのような遺伝子の働きで生み出されているかを調べました。ALAには、ceh-17という遺伝子が発現していることが知られています。ceh-17は、さまざまな遺伝子の働きを調節する転写因子というタンパク質の合成に関わっています。このceh-17が欠損している変異体を調べたところ、「起き続けると次第に活性化する」というALAの特徴的な神経活動パターンが消失しており、睡眠や覚醒とは関係なく、ランダムなタイミングで活動が高まっていました。また、このceh-17変異体では、睡眠の合計時間も減少していることが判明しました。さらに、普通の線虫では、起きている時間が長くなるとその後の睡眠時間が長くなるという性質がありますが、ceh-17変異体では、この関係性も失われていました。

これらの結果をまとめると、(1)ALAという神経細胞は起きている間に神経活動が高まること、(2)ALAは起きている状態から寝ている状態への遷移を誘発すること、 (3)ALAの特徴的な神経活動を作り出すのにはceh-17という遺伝子が重要であること、が明らかになりました。

今後の展開

今後、ceh-17に着目し、ALAが起きていると次第に活動が高まる、という特徴的な活動パターンを生じるメカニズムの全貌を明らかにしていく予定です。睡眠を制御する分子・神経基板を明らかにすることができれば、不眠などの睡眠障害はもとより、睡眠不足が原因になるようなさまざまな疾患 (アルツハイマー型認知症をはじめとした神経変性疾患や気分障害、生活習慣病) の予防法・治療法の開発につながると期待されます。

用語解説
注1) 線虫(Caenorhabditis elegans)
線形動物門に属するモデル生物の一種。体長約1mm、全身の体細胞数959個、神経細胞302個 (いずれも雌雄同体の細胞数) と非常に単純な体の構造を持ち、遺伝学的な手法が多数確立されている。ヒトの遺伝子の約50%は線虫との類似性がある。
注2)光遺伝学(オプトジェネティクス)
神経細胞の活動を、光照射によって任意のタイミングで操作する手法。操作したい神経細胞に必要な遺伝子を発現させることで、特定神経細胞のみの活動を賦活または抑制することができる。
研究資金

本研究は、独立行政法人日本学術振興会、国立研究開発法人科学技術振興機構、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、公益財団法人旭硝子財団、公益財団法人アステラス病態代謝研究会、公益財団法人第一三共生命科学研究振興財団の支援を受けて実施されました。

掲載論文
題名
Intracellular Ca2+ dynamics in the ALA neuron reflect sleep pressure and regulate sleep in Caenorhabditis elegans
(ALAの細胞内Ca2+ダイナミクスが睡眠圧を反映し、線虫の睡眠恒常性を制御している)
著者名
宮崎慎一1, 2、河野泰三1、柳沢正史1,3,4,5、林悠1,6,7
所属機関
  1. 筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構
  2. 筑波大学グローバル教育院ヒューマニクス学位プログラム
  3. テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター
  4. 筑波大学生存ダイナミクス研究センター
  5. 筑波大学未来社会工学開発研究センター(F-MIRAI)
  6. 京都大学大学院医学研究科人間健康科学専攻
  7. 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻
掲載誌
iScience
掲載日
2022年5月23日(オンライン先行公開)
DOI
10.1016/j.isci.2022.104452
お問い合わせ先

研究に関すること
林 悠(はやし ゆう)
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構・客員教授

取材・報道に関すること
筑波大学広報局

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構(AMED)
研究開発統括推進室
基金事業課(ムーンショット事務局)

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