非アルコール性脂肪肝炎~病態悪化の謎を解明~不思議!肝臓に脂肪を蓄積できなくなる状態は病態をさらに悪化させる

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2022-06-17 三重大学,日本医療研究開発機構

  • 非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholic steatohepatitis:NASH)が進行した病態(burned-out NASH=脂肪肝が消失したNASHと呼ばれる)では、脂質代謝をつかさどる転写因子の機能が低下していました。
  • その結果、脂質生合成の低下に加え、生体膜リン脂質の組成に大きな変化が生じ、肝細胞障害や肝癌が起こりやすくなっていることを発見しました。
  • リン脂質の補充やリン脂質の組成改善が、進行NASHの治療法の一つとなると期待されます。
概要

三重大学大学院医学系研究科消化器内科学の中川勇人教授、東京大学医学部附属病院消化器内科の川村聡特任臨床医、松下祐紀大学院生、小池和彦名誉教授、藤城光弘教授らの研究グループは、進行NASHの一病態であるburned-out NASHについて、その病態悪化の機序をマウスモデルや臨床検体を用いて明らかにしました。burned-out NASHでは、脂質生合成の司令塔であるSREBP1)が機能低下しており、その結果、リン脂質2)組成にも変化をもたらし、それが病態を悪化させる原因であることを見いだしました。また、リン脂質の補充やリン脂質組成の是正が進行NASHの治療法の一つとなる可能性を示しました。本研究成果は米国医学研究雑誌「The Journal of Clinical Investigation」に掲載されました。

背景

NASHは、肝臓への脂肪沈着(脂肪肝)をきっかけに、炎症・線維化がおこり、肝硬変や肝癌に至る進行性の疾患です。肝臓には糖質から脂質を合成する機能がありますが、健常人では肝臓の脂質の5%程度が糖質由来であるのに対し、脂肪肝では26%に増加すると報告されています。転写因子SREBPは肝臓における脂質生合成の中心的役割を担っており、その機能亢進が脂肪肝発症の一因と考えられています。しかし肝線維化が進行したNASHでは、肝組織中の脂肪沈着はむしろ減少・消失し、“burned-out NASH”と呼ばれる状態となり、かえって肝硬変や肝発癌のリスクが高まることが知られています(図1)。しかし、burned-outという現象がNASHの病態進展においてもつ意義はほとんどわかっていませんでした。


図1 Burned-out NASHから肝障害が生じる仕組みSREBPは前駆体として小胞体膜に存在しており、SCAPによってゴルジに輸送された後、切断を受けて活性型となる。しかしburned-out NASHでは、SCAPの発現低下を伴ってSREBPの活性が低下している。このことは、LPCAT3の発現低下を介して生体膜の流動性を低下させ、小胞体ストレスの原因となる。

研究内容

NASHの病態を改善するには、肝脂質生合成の司令塔であるSREBPを阻害して肝脂肪蓄積量を減らせば良いと考えられます。そこで、NASH肝癌マウスモデルを用いて、SREBP活性化分子であるSCAP3)を肝臓で欠損させ、脂質生合成を強力に阻害してみました。NASHの進展・発癌が抑制できるか検討したところ、全く予想に反することが起こりました。肝臓における脂肪蓄積量は減少しましたが、肝障害の程度はむしろ悪化し、burned-out NASHに似た肝硬変が発症し、肝発癌が著明に促進されたのです。

この予想外の現象、burned-out NASH様病態がなぜ起こったかを解析したところ、SREBP機能低下が、生体膜の重要な構成成分であるリン脂質の分子構造に大きな変化をもたらしていました。この変化により、小胞体4)の膜流動性が阻害されることで強い小胞体ストレス5)が生じ、結果として肝障害、肝発癌に進展することがわかりました。さらにSREBP機能低下の影響を詳しく解析すると、脂肪酸合成低下に加えて、LPCAT36)の発現低下を見出しました。このLPCAT3は多価不飽和脂肪酸をホスファチジルコリンに取り込む酵素のため、リン脂質の中でもこの多価不飽和脂肪酸を含むホスファチジルコリンの低下が顕著となり、膜流動性低下につながったとわかりました(図1)。これらメカニズムを検証するため、burned-out NASHモデルともいえる今回のマウスに、リン脂質の補充やLPCAT3の発現回復を試みたところ、病態の改善がみられました。さらにNASH患者さんの肝生検検体でも検討したところ、肝線維化の進行とともにSREBP経路の活性低下やLPCAT3の発現低下が生じていることがわかりました。すなわち今回のマウスモデルと同様の現象が、進行したNASHの患者さんにも生じていることが示唆されました。

今後の展望

現在のところNASHに対して保険適用となっている薬剤はありません。しかし最近、ヒトNASHにおいても病態進展とともにリン脂質組成が変化することが報告されており、本研究結果と合わせて、リン脂質の補充やリン脂質への脂肪酸組み込み異常の是正が、進行NASHの治療法の一つとなると期待されます。また現在NASHに対して脂質生合成経路を標的とした薬剤の開発が盛んに行われていますが、今回の研究結果から、病状によっては過剰かつ広範な脂質生合成阻害はかえって病態を悪化させる可能性も示唆されました。このことは今後の薬剤開発において重要な示唆を与えると思われます。加えて、初期のNASHとburned-out NASHでは、病態における脂質代謝経路の働きが大きく変化しており、将来的には個々のステージに応じて、より個別化された治療戦略が必要になると考えられます。

研究支援

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業、文部科学省科学研究費助成事業、ブリストル・マイヤーズ スクイブ研究助成、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団、ライフサイエンス振興財団、細胞科学研究財団、三菱財団、医用薬物研究奨励富岳助成金(以上、東京大学在籍中採択)、上原記念生命科学財団、ノバルティス科学振興財団(以上、三重大学異動後採択)の支援を受けて行われました。

用語解説
1)SREBP(sterol regulatory element-binding protein)
転写因子の一つで、脂肪酸合成やコレステロール合成および取り込みに関わる様々な酵素の発現を制御しており、脂質生合成の司令塔の役割を担っている。
2)リン脂質
構造中にリン酸エステル部位をもつ脂質の総称。両親媒性を持ち、脂質二重層を形成して細胞膜や小胞体膜など生体膜の主要な構成成分となるほか、生体内でのシグナル伝達にも関わる。2本の脂肪酸が結合しており、その組み合わせによって多くの分子種が存在し、中でも多価不飽和脂肪酸を含むリン脂質は生体膜の流動性に重要な役割を果たす。
3)SCAP (SREBP cleavage-activating protein)
SREBPに結合するタンパク質で、SREBPが活性化される際に、小胞体からゴルジ体へ輸送されるのに必要な分子。SCAPが欠損すると、SREBPがほとんど機能しなくなる。
4)小胞体
細胞小器官の一つで、タンパク質の合成、折り畳み、輸送などの役割を担っている。これらの小胞体の機能を維持するには小胞体膜の流動性が必要となるが、流動性の低下によって異常なタンパク質が小胞体に蓄積すると、小胞体ストレスを引き起こす。
5)小胞体ストレス
小胞体内腔に高次構造の異常なタンパク質や正常な修飾を受けていないタンパク質が蓄積した状態のこと。過剰な小胞体ストレスは細胞死の原因となる。
6) LPCAT3 (lysophosphatidylcholine acyltransferase 3)
脂肪酸が1分子結合した状態のリン脂質(リゾリン脂質)に脂肪酸を導入する酵素群の一つで、特に多価不飽和脂肪酸を導入する作用を持つ。
論文情報
掲載誌
The Journal of Clinical Investigation
掲載日
2022年4月5日(現地時間)
URL
https://www.jci.org/articles/view/151895
論文タイトル
Inhibiting SCAP/SREBP exacerbates liver injury and carcinogenesis in murine nonalcoholic steatohepatitis
著者
川村聡、松下祐紀、黒崎滋之、丹下瑞季、藤原直人、早田有希、早河翼、鈴木伸三、畑昌宏、坪井真代、岸川孝弘、木下裕人、中塚拓馬、佐藤雅哉、工藤洋太郎、星田有人、楳村敦詩、江口暁子、池上恒雄、平田喜裕、上杉志成、建石良介、立石敬介、藤城光弘、小池和彦、中川勇人
お問い合わせ先

研究に関すること
三重大学大学院医学系研究科 消化器内科学 教授 中川勇人

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構(AMED)
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
肝炎等克服実用化研究事業担当

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